第2話 魔法少女と再戦
「キリキリキリッ! 魔法少女たちよ、今日で決着をつけてやるわぁ!」
「「「イッー!!」」」
よく晴れた平日の昼下がり。
例の如く、公園にてこの町の平穏を脅かす存在が現れた。悪の組織の者たちである。法人名では秘密結社<ジョーカーズ>だ。
本日は、その秘密結社から四名の怪人がこの地に派遣された。
一人は幹部クラスの実力者。人と同じくらい大きいカマキリの見た目で、両手の先にある鋭い鎌は陽の光でその刃を輝かせていた。
もう三人は下っ端戦闘員。全身真っ黒なタイツで覆われており、真っ白な仮面を着けている下っ端たちだ。本日も地味極まりない。
「出たわね! 怪人カマキリ女帝!」
「この町は私たち、魔法少女マジカラーズが守る!」
「マジカルブルー! マジカルピンク! 私たちの絆の力を見せてあげよう! マジカル~」
「マジカル~」
「ちょ! ストップ!」
なにやらマジカルイエローとマジカルブルーが必殺技のマジカルビームのモーションに入ろうとしていたが、慌ててマジカルピンクが止めに入った。
「え、なによ?」
「“なによ”、じゃないよ! この前の忘れたの?!」
「この前のって......あのザコタイツに説教されたこと?」
「ざ、ザコタイツって......。全然弱くなかったじゃん。ほら、いきなり必殺技使ったらまた怒られるよ」
「怒られるって......」
魔法少女たちは再び敵陣営を見やった。
彼女らの視界には、幹部クラスの怪人カマキリ女帝は入っていない。三人の全身タイツ姿の戦闘員を見ていた。
「......居る? あのおじさん」
「わからないわね。見分けがつかない......」
「あの全身タイツども、せめて仮面に番号くらい書いてくれないかな」
そんな会話をしていると、怪人カマキリ女帝から声を掛けられてしまった。
「ねぇ、なにしているのかしら? 戦闘中に」
「え、あ、いや、その、はは......」
マジカルピンクは苦笑して誤魔化そうとしたが、怪人カマキリ女帝は額に青筋を立てるばかりである。
マジカルピンクは声を張って、再び怪人たちと対峙した。
「じゃあ、正攻法で行くよ!」
「え、正攻法って、あのプロレス的な? 相手の攻撃を受けて、こっちも反撃して、を繰り返すアレ?」
いざ勝負、というところで、マジカルイエローから待ったが入った。マジカルピンクは冷や汗を浮かべながら答えた。
「う、うん、そうだけど......」
「今回、絶対怪我したくないんだけど」
「え、なんで?」
「ほら見てよ、あの怪人カマキリ女帝の手。斬られたらめっちゃ痛そうじゃん」
「た、たしかに......。アレは嫌ね」
「ね? マジカルブルーもこう言ってるからさ」
「で、でもまたマジカルビームをすぐに撃ったら、あのおじさんに怒られちゃう......」
「魔法少女が下っ端戦闘員に怯えてどうすんの......」
と魔法少女たちが話し合っていると、そこに近づいてくる者が現れた。
全身黒タイツ姿の戦闘員である。
「おい」
「「「はいッ」」」
声を掛けられて、即座に姿勢を正す魔法少女たち。背筋を伸ばして応じる様はなんとも言えない虚しさがあった。
魔法少女たちは誰一人例外なく思い出す。
(((この声、あのおじさんだ......)))
そんな魔法少女たちの様子を見て、全身タイツ男は若干引き気味に問い質す。
「......やるの? やらないの?」
「え、えっと、やります。この町を守らないといけないので」
なんて義務感に満ちた言葉だろうか。
「ああそう、じゃあ続けるか」
「「「はい......」」」
全身タイツ男が持ち場へ戻る後ろ姿を見ながら、魔法少女たちは小声で会話した。
「居るじゃん! あのおじさん居るじゃん!」
「もう『イッー!』って言うのやめてくれないかな......。紛らわしいよ......」
「どうするのよ?! これじゃあ序盤だけでも真面目に戦わないといけないわよ?!」
ああだこうだ言い争う魔法少女マジカラーズたち。しかし定位置に戻った説教タイツ男が咳払いしたことで、この醜い争い事を中断させられる。
気を取り直して、戦闘は再開された。
「キリキリキリッ! 魔法少女たちよ、今日で決着をつけてやるわぁ!」
「「「イッー!!」」」
セリフは一言一句同じである。意気込みも同じと来た。
これぞプロの矜持である。
「で、出たわね! 怪人カマキリ女帝!」
「この町は私たち、魔法少女マジカラーズが守りゅッ......る!!」
「正々堂々と戦いましょ! 五分くらいしたらマジカルビーム使うから!」
対するはアマチュアのような未熟な対応を晒す魔法少女たち。
そこに魔法少女の矜持など無い。あるのは全身タイツ男の説教タイムに怯える恐怖心のみ。
吃るマジカルブルーに、最後の一音を噛むマジカルピンク。マジカルイエローに至っては、何を血迷ったのか、悪の組織相手に正々堂々とか抜かしている始末である。
五分後にマジカルビームを放つ宣言とか、もはや余命宣告にしか聞こえない。
伊達に前回、説教タイムで気絶していないマジカルイエローであった。
しかしそんな魔法少女たちに対するのは大の大人、怪人だ。
普通に続けることにした。
「お前たち、やっておしまい!」
「「「イッー!!」」」
魔法少女たちに襲いかかる全身黒タイツども。
「「「ひぃッ?!」」」
年相応に悲鳴を上げて逃げ出す魔法少女たち。
「ちょ、何逃げてるのよ、そいつらザコよ......」
さすがに呆れた怪人カマキリ女帝が、魔法少女たちにそんなことを言う。
「だ、だったらあなたが戦いなさいよ!!」
「全身タイツたち(特に説教おじさん)を仕向けてくるなんて卑怯だよ!」
「そーだそーだ!」
「......。」
怪人カマキリ女帝は溜息を吐いてから、仕方なく応じた。時間も押してるし、致し方なく取った対応である。
大人とは、常に何かしら“理不尽”という足枷がくっついている生き物だ。某ニチアサのような綺麗なまとまり方は、そんな大人たちの努力の結晶の上で成り立っている。
「お前たち、下がりなさい!! この怪人カマキリ女帝が相手よ!!」
「「「よしッ!!」」」
何が“よし”なのだろうか。
カマキリ女帝が攻めに入った。
「ほらほら! そんなものかしら! 今の魔法少女たちは意気地無しねぇ!!」
「くッ!!」
「マジカルピンク! 下がって! そいつは一人じゃ倒せない!」
「三人で力を合わせて倒すのよ!」
やっと始まった特撮らしい展開。魔法少女たちの奮闘に導かれてか、この公園に人集りが出来始めていた。
「マジカラーズがんばれー!」
「頑張ってー!!」
周囲から浴びせられる声援に、魔法少女たちの胸に熱い何かが込み上がってくる。どんな窮地も乗り越えてきたのは、自分たちの絆の力だけではない。多くの人の声援が力の糧となってきたのだ。
故に魔法少女マジカラーズはその声援に応えるべく、必殺技のモーションに入ろうとした――その時だった。
「いたッ?!」
「あ」
怪人カマキリ女帝の鋭い刃が、魔法少女マジカルピンクの頬を掠めた。
マジカルピンクの患部から見ていて痛々しい血が頬を伝って流れ落ちる。場が静まり返ってしまう。怪人カマキリ女帝はピタリと動きを止めた。
その顔はカマキリ顔だが、やってしまった感に溢れるものであった。
「ま、まぁ、頬に傷ができたくらいで――」
と女帝が言いかけたところで、
「おい」
「「「「っ?!」」」」
地獄の底から煮え滾るような声がこの公園に響いた。
その声に驚く、三人の少女と一匹のカマキリ。
そーっと声のする方へ振り返れば、そこには仮面越しでもわかるくらいお怒りの全身タイツ男が立っていた。
そんな全身タイツ野郎が、ズカズカと魔法少女たちの方へ近づいてきたのである。
その歩む足の先は――
「謝れッ! このバカちんがぁ!!」
「いたッ?!」
「「「え゛」」」
――怪人カマキリ女帝の下であった。
全身タイツ男は怪人カマキリ女帝をどついたのである。
カマキリ女帝が涙目でタイツ野郎に訴える。
「せ、先輩、なんで殴るんですか?!」
「「「せんぱい????」」」
戸惑う魔法少女たち。どう見ても幹部クラスの怪人が下っ端戦闘員に使っていい言葉遣いではない。
「“なんで”だぁ?! おま、ちょ、ああー、もう。......お前、いくら悪の組織の戦闘員だからって、魔法少女の顔に傷つけちゃいけないだろ。こう、せめて肩とか足にしろよ。お顔はダメだよ」
「そんな決まり......」
「あるよ。十五年くらい前から。ウチもコンプラ意識してんの」
「「「......。」」」
「で、でもぉ」
「“でも”じゃない。それになんだ、さっきの“今の魔法少女たちは意気地無し”って。アウトだぞ、ああいうこと言うの。昔の子と今の子は違うんだから」
「......すみません」
「謝るのは“俺に”じゃないよね? “魔法少女たちに”だよね? ったく、何年この仕事やってんだよ」
「「「............。」」」
その言葉もアウト寄りのアウトではなかろうか。魔法少女たちの胸中にそんな疑念が湧く。
これは善と悪の戦いを記す物語。
時として、悪の組織がコンプラを意識していることも記す物語であった。
「ほら!」
「す、すみません......でした」
「あ、いえ、大丈夫です。掠り傷ですので......」
続く。
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