お題 肩たたき券 輪投げ ちまき


「ばあちゃん」


病院とは違う匂いがする。


「あぁ、ひなこ、また来てくれたん?」

「ばあちゃん、私、みずほ」

「あれ、そうだった?」


ばあちゃんのしわしわな手には、少し歪な鶴がいた。

それは、私の好きな紫色だった。


「ばあちゃん、それ好きだねぇ」

「うん、孫がね、これすると喜ぶんよ」

「そう」


ばあちゃんはいわゆる認知症ってやつだった。


「ねぇばあちゃん、私な、ちまき作ってん。ばあちゃんのレシピ通りに作ったけど、なんかしょっぱいんよ」

「嫌やわぁ、あのレシピはひなこにしか教えんて決めとるからなぁ」

「そのひなこから教わっとんよ」


ばあちゃんは私と目を合わせない。

ずっと折り紙を見ている。


「…帰るわ」


私が立ち上がってもばあちゃんは顔すら上げなかった。

それがどうしようもなく、嫌だった。

知らん人みたいで、ばあちゃんが。




そんなばあちゃん、ホームに入って2ヶ月でぽっくり。


「大往生やったなぁ」

「98やもんね、ボケてからあっという間やったわ」


葬式も終え、ばあちゃんの着物とか整理するってなった時、正直面倒やと思った。

私の事、どうでもいいから忘れてしまった人なんてと。


「みずほ、これ捨てるけん、ゴミ袋取ってきて」

「…はーい」


台所の棚から60㍑のゴミ袋を3枚ほど取り出す。

ふと顔を上げると、もう使わないから捨てるんだろうと思われるでっかい蒸し器があった。


ばあちゃんのだ。


「母さん、せいろ捨ててしまうん?」

「ほうよ、使わんやろ」

「…それもそうやねぇ」


ゴミ袋を母さんに渡す。

母さんはばあちゃんのかび臭いパジャマとか下着とかをどんどん片付けていく。

手持ち無沙汰になってばあちゃんの部屋を見渡すと、鏡台が目に止まった。


「母さん、鏡台の中見てもええ?」

「嫌って人、もうおらんけんね、見や」


手をかける。ぎぎ、と少し木が軋む音がして、すーっと開いた。

木材特有の酸っぱい臭いに顔をしかめる。

なんたってばあちゃんのものって古くて臭いのだろ?


中身は1つのクッキー缶が入ってる。


「なんやろこれ」

「それ、ばあちゃんのラブレター入れ」

「うえ、なんそれ」

「じいちゃんとラブラブやったからねぇ」

「ふうん」


ちょっとも見たくない。

興味を失って引き出しに戻そうとした時、缶からかるく音がした。

なんか、硬いものみたいな。


手紙以外も入れとる。


それに気がついて蓋を外しにかかった。

少し錆び付いたそれは、ばあちゃんに似て頑固だった。

四隅を少しずつ持ち上げていって、格闘すること15分。

突然がぱりと蓋が開いた。


中に少しサビの欠片が散らばる。


色あせた封筒。

若い男の写真。

あと、もう茶色くなってぼろぼろのクリップでとめた紙束がでてきた。


「あー、懐かしいなぁ」


後ろから母さんが覗き込む。


「若い頃の父さん…じいちゃんや。なかなか男前やな」


なるほど。これがじいちゃんか。

会ったことないから知らんけど。


紙の束を見てみる。

歪な文字で、かたたたたきけん、と書いてあった。


「たが1個多い…」

「あんた昔から連続する文字苦手やったもんね。ふつつつか者とかラララバイとか」

「うるさいなぁ、小学生までの話やろ」


そん時、不意にばあちゃんの言葉を思い出した。


「みずほの字は多くてお得やなぁ」


思い出した。

これ、私がばあちゃんにあげた景品だ。


私が…夏休みの工作で作った輪投げセット。

ばあちゃんに試してもらって、ばあちゃんが棒に引っ掛けるまで何度もせがんで、やっと引っ掛けた時に渡したくてしょうがなかった肩たたき券。


渡して存在忘れてた。

ばあちゃん、使わんかったんか。


「ラブレターと一緒に入れるなんて、相当嬉しかったんやねぇ」


母さんがしみじみと呟く。


「使うときっとみずほ捨ててしまうと思って使わんかったんと違う?」


錆びたクリップの色、よく見ると紫だ。


「ばあちゃん…」


ばあちゃん、ごめん。


ほんま、ごめんな


折り鶴、貰いたかった。

誰にも渡さんと、箱いっぱい折ってたってな。

それ、もう捨てられてしまって。


ちまき、食べたかった。

ちょっと甘じょっぱい、鶏肉入りのやつ。

せいろ、捨てられんねんて。


ごめんばあちゃん。



ごめんな。


だいすき、ばあちゃん。


「なぁ」

「ん?」

「せいろ、私にちょうだい」

「あんたんちIHやん」

「あほ、IHでも使えるわ」

「ほな持ってき、カビるで気をつけや」

「うん」



おしまい




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秋缶詰 秋缶詰 @akikandume

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