ラブラブ裁判②

 突然の告白に一同は驚愕した。


 ここでそれを言うとはね、と藤井は肝を冷やしたが、誤解が生じぬようフォローしてあげることにする。


「今矢島が言ったことは本当よ。私は夏祭りのときに言われた。でもちゃんと理由も話してくれたから、今はその……怒らないであげて」


 翔太が戸惑いながらも言葉を返した。


「別に怒りはしないけどさ……」


 宇田川の方は、矢島も藤井が好きという話自体を今まで知らなかった。しかし、彼女は変人だがバカではない。口を挟むことなく、話の流れで状況を概ね理解することができた。


 藤井は脱線した話を戻そうとする。


「とにかく! 宇田川さんの証拠だけじゃ、私が黒田のことを好きだとは限らないわ。どうやら勝負あったようね」


 既に勝ち誇った表情をしている。


「なるほど、ではそろそろ裁判長に判決を言ってもらいましょう」


 矢島がそう言うと、藤井は心配そうに教卓の方を見た。


「山田、大丈夫? 話についてきてる?」


「お、おう……」


 翔太はあまり自信がなさそうだ。


「翔太、難しく考える必要はないですよ」


 矢島が優しく諭すような口調で声をかける。


「クロと藤井さんのチームが正しくて勝ちと言うなら、二人は両想いということにはなりません。しかし、僕と宇田川さんのチームの言うことが正しいなら、ラブラブ罪の罰により、クロと藤井さんをんです」


 とても聞き捨てならない発言、藤井は堪えきれずに叫んだ。


「山田がそんなことするわけないでしょ!」


「それは、裁判長が決めることです」


 様々な要素が絡んできて、翔太はますます混乱の渦に飲み込まれていく。


「引き離す? 藤井はクロが好きなのか? そうじゃないのか? 一体どっちなんだ?」


 だが矢島は更なる追い打ちをかける。


「ふっ、三人で告白? 藤井さんの悩みが解決すればそれでいい? もう、そんなバカな考えは捨てましょう」


 矢島は一体どうしちゃったんだろうかと藤井も困惑した。あの三バカの一人とは思えない。


「矢島……アンタ本当にあの矢島なの?」


 矢島は何も答えず、鋭い視線を翔太に向けている。


「藤井」


 静観していたクロもようやく口を開く。彼もいつになく真剣な表情になっていた。


「これはもう藤井と宇田川の勝負じゃねぇ。これは、なんだ……!」


「……これが矢島の本性ってわけね」


 そして藤井も、一対の大きな瞳に闘志を宿す。


「私、覚悟を決めたわ。黒田は私の好きな人ではないけど、大切な友達よ! 友達と引き離される可能性があるなら、私はここで全部を明らかにさせる!」


 結局のところ宇田川はクロの彼女ではないし、藤井もラブラブ罪になったところでクロと関わるなという要求に従う必要なんてない。こんなのはただのお遊び、あるいは初めてのケンカのようなものなのかもしれない。だがしかし……遊びとケンカは全力でやるのが小学生の矜持!


 矢島が藤井の方に向き直る。


「裁判続行、というわけですね。でも、これ以上証明できることなんてあるんですか?」


「あるわ。これがきっと、みんなにとってのハッピーエンドよ」


 今思えば、この裁判で証明するべきことは最初からだったのだ。告発した宇田川の望みも、本当はこれだけだったのだ。


「つまり、黒田の好きな人は私ではなく宇田川さんなの!」


 藤井の発言に、他の四人は驚き目を見開いた。


 すぐさま矢島が反論する。


「何言ってるんですか。クロ本人が、藤井さんが好きだって言ってるじゃないですか」


「そうね」


 矢島の言う通りだが、藤井には一つ気になることがあった。クロと宇田川が、一度も直接会話をしていないのだ。知り合いではあるようだが、何かあるのではないかと思い始めていた。


「宇田川さん、黒田とはいつ知り合ったの?」


「幼稚園だよ。この学校でも四年生までは同じクラスだった」


「ふーん。幼稚園の頃から知り合ってたんだ」


「それが何?」


「いや、別に……」


 藤井には幼稚園という言葉がなぜか引っ掛かった。


「クロ君はそのときから運命の人。ファーストラブにしてファイナルラブなの」


「ファーストラブって、初恋ってことだよね……ん?」


 幼稚園で初恋。そんな話を最近どこかで聞いた覚えがある。


「……宇田川さん。あなたもしかして、下の名前はしおりだったりする?」


「そうだけど、よく知ってるね。マイネームイズ宇田川しおり」


 藤井の中で一つの事実が浮かび上がる。突破口になり得るかは分からないが、とりあえず言ってやることにした。


「間違いない、黒田の初恋の相手も宇田川さんよ!」


「えっ!?」


 宇田川が顔を赤くした。自分では運命の人だとか言っているが、他人から言われるのは恥ずかしいようだ。藤井は間髪入れずに喋り続ける。


「私、物覚えはいいの。黒田が言ってたのよ。初恋は幼稚園のしおりちゃんだって」


 三バカに告白されたときの話だということは面倒なので伏せておく。クロも顔が真っ赤になった。


「し、しまった! 下の名前なら分かんないと思って、つい言ってしまった……」


「クロ君、バカなの?」


「バカなのよ」


「バカですね」


「バカだな」


「うるせー!」


 矢島が仕切り直すように口を挟んだ。


「で、それがどうしたんですか? 初恋なんて昔のこと。今の話とは関係ないです」


「そうね。問題は、今でも宇田川さんのことが好きなのかどうかってことよ」


「結局その話になるんですね。クロ、どうなんです? 今も宇田川さんのことが好きなんですか?」


「俺は……俺は……」


 固唾を吞んで答えを待つ面々。そして、クロは絞り出すような声で言った。


「分からねぇ……」


 クロ以外の全員がずっこけそうになった。


「クロ君、それは男らしくないわ。はっきりして」


 宇田川もさすがに呆れている。するとクロの代わりに藤井が答えた。


「さっきも話に出たけど、私も運動会のとき黒田に訊いたの。結局私のこと好きなのかどうか。そしたら黒田は、季節や天気や体調によって変わると言ってた」


「クロ君、バカなの?」


「バカよね」


「バカです」


「バカだなぁ」


「うるせー!」


 仕方がないので、藤井はまたフォローしてあげることにした。


「私もよく分かっていなかったけど、要するに黒田は迷っていたんだと思う。なんでか知らないけど、黒田は私と宇田川さん、どっちが好きなのか分からなくなっちゃったのよ」


「そ、そんなことが……」


 宇田川は困惑している。


「宇田川さん。ラブラブ罪とは何なのか、もう一度教えてくれるかな?」


「うっ……クロ君と藤井さんが両想いであること……」


「そう。だから、黒田が私のこと好きなのかどうか自分でも分かってないなら、ラブラブ罪にはならないのよ!」


 今度こそ決まった、藤井はそう確信した。しかし、矢島は藤井の隙を見逃さない。


「藤井さん。いつの間にか話をすり替えています」


「えっ」


「藤井さんはこう言ってました。クロが好きなのは藤井さんではなく宇田川さんであることを証明する、と」


「あっ……」


 必死に考えているうちに、藤井もそろそろ頭がこんがらがってきた。矢島はここぞとばかりに攻勢に転じる。


「それに……ラブラブ罪は、成立します!」


「な、何でよ……!」


「つまり、こういうことです。クロは藤井さんと宇田川さん、両方とも好きなのです!」


「な、何ですってー!?」


「クロ君のふしだら! 美人局! 結婚詐欺!」


「黒田、もうはっきりしてよ! 私と宇田川さんどっちが好きなの!?」


 大騒ぎする女子たち。クロは白目を剝き、翔太は恐れおののいて言った。


「おぉ、これが小学生の修羅場ってやつか……」


「そんな面白ワードは初めて聞きました。さて、収拾がつかなくなっちゃいましたね」


 矢島はそう言って咳払いを一つした。


「藤井さん、そろそろ判決にしてもいいですか?」


 翔太がクロと藤井の仲を引き裂くとは思えないと藤井も信じているが、素直だからラブラブ罪とは関係なく正しいと思った方を勝者にしてしまう可能性も否定はできない。藤井がクロのことを好きではないという話はもう説明し尽くした。他にできることは、クロが藤井のことを好きである可能性を完全に否定するしかない。あと一歩のところまでは来ているのだ。


 黒田が宇田川さんのことを好きって言い切っちゃえば決着が着くのに――。


 そう思いながら、藤井は教卓の方に目をやる。そしてふと、奇策を思い付いた。それって黒田じゃなくて私でもいいのでは、と。


 もしここで、「私は山田のことが好き」って言ってみたらどうなるんだろう――。


 藤井は目を閉じて、その状況について考えてみた。


 宇田川さんはきっとそれで納得する。黒田もまた宇田川さんと仲良くできるかもしれない。山田だって喜ぶはずだ。それで、裁判が終わったあとは? 山田と付き合う? 私が? ていうか、付き合うってどうすればいいんだろう。


 やがて藤井は瞼を開き、静かな口調で答えた。


「最後にもう一度、私に話をさせて」

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