初恋のはじめかた ~三バカ、恋を知らない女子を好きになる~

広瀬翔之介

第1節 夏のはじめかた

卒業までに

 三人寄れば文殊の知恵、という言葉がある。だがとある小学校に、三人寄ると知能が低下する少年たちがいた。休み時間にはよく三階の廊下から外階段に出て、踊り場で他愛のない話をしている。時は平成、空は快晴、彼ら小学六年生。今日も今日とて翔太は二人の親友といつもの場所にやって来て座り込んだ。


 親友のうちの一人はクロと呼ばれている。背が低くマッシュルームヘアー、遠目に見れば可愛らしいが、毒舌で目付きが悪いので、毒キノコともたまに言われる。


 もう一人は矢島やじま。クロとは対照的に背高ノッポ、爽やかなメガネ男子のように見える。爽やかなのは見た目だけだが。同級生にも丁寧語で話し、それは漫画の影響だと本人は言っているが、真相は闇の中である。


 学校はもうすぐ夏休み。三人で何をしようかという話をひとしきりしたあと、翔太は青い空と白い入道雲を眺めながら呟いた。


「これが最後の夏休みかぁ」


 普段は能天気な翔太が意味深な様子で言ったので、クロは不思議そうな顔をした。


「それがどうした?」


「実は好きな女子がいてさ、その子は学区が違うから別の中学になっちゃうんだよ」


「マジかよ。やべーな」


 この小学校の六年生は、私立を希望しなければ九割の子が同じ中学校に進むが、残りの一割は別の中学校に通うことになる。三人は九割の方で、翔太の好きな子は一割の方というわけだ。


 矢島も楽しそうに話に加わる。


「クロは好きな女子はいるんですか?」


「俺もいるぜ。お前は?」


「僕もいますよ」


 翔太とクロは顔を見合わせ、驚きの声を上げた。


「マジかよ」


「全然知らなかった」


 思わぬ新事実に三人は口をつぐむ。すると、クロが出し抜けに言った。


「誰が好きなのか一人ずつ言おうぜ」


「そうだな。僕たち友達だもんな」


「じゃあ翔太から順番に」


「藤井」


「藤井」


「藤井さん」


 翔太は頭を抱えた。


「おいおい、三人とも同じかよ。一体どうすればいいんだ」


 しかしすぐに顔を上げ、きりっとした表情で提案した。


「とりあえず今日三人で告白しに行くか」


 クロと矢島は無表情になり数秒間目を合わせる。そして頷き合った。


「まあ、三人で告白すれば一人くらい当選するだろ」


「そうですね」


 それから翔太も元気よく頷いた。


「おう、確率三倍だしな」


「そうしましょう」


 三人は立ち上がる。しかし、翔太が遮るように言った。


「ちょっと待て」


 三人は一旦腰を下ろした。


「どうした」


「告白してOKされたらどうなるんだ?」


「そりゃ彼女になって付き合うんだろ」


「付き合うって、一体何をするんだ?」


 矢島がメガネのフレームに触れながら言った。


「聞いた話だと、デートで男が奢るべきかどうかで揉めたり、駅の改札前でケンカして女が座り込んだりするらしいです」


「おおう……。付き合うのって大変なんだな」


 クロが思わずツッコミを入れる。


「いや、そこは普通にチューとかだろ。とりあえず行こうぜ」


「そうだな」


 三人は立ち上がる。しかし、またしても翔太が止めた。


「ちょっと待て」


 三人はまた腰を下ろす。


「どうした」


「もし三人ともOKされたらどうなるんだ?」


「その可能性は考えてなかった、さすがだな」


 矢島がメガネのフレームに触れながら、


「その場合は三人とも付き合うんですよ」


 と爽やかに言った。


「やはりそうなるのか」


「となると、チューは誰にするんだ?」とクロ。


「どんだけチューしたいんですか。焦んなくても全員にしてくれますよ」


「ならいいか」


 翔太も納得し、三人は立ち上がった。しかし、三度翔太が遮った。


「ちょっと待て」


 三人は三度腰を下ろす。


「どうした」


「三人ともチューしたら、お前らと間接キスになるじゃないか。いくらお前らでもそれはちょっと……」


「知らねーよ! てか何度も立たせたり座らせたりするんじゃねー! スクワット大好きクラブか!」


 激昂するクロを矢島がまあまあと宥めてから言った。


「まあ、三人ともOKされるなんて有り得ないですよ」


 すると翔太も同意した。


「せいぜい二人までだよな」


 ようやく納得した三人は教室へ向かう。翔太と矢島は既に何かをやり遂げたような満足した表情になっている。踊り場から廊下へ戻る前にクロはふと我に返り、広大な青空を見上げながらしみじみと思った。


「何なんだ、この会話は……」



 教室へ戻ると、窓際の席にいる藤井が翔太の目に映った。彼女は次の授業が始まるのを待っているようだ。好きなところは毎日違う。今日は、肩まで伸びた綺麗な髪が好きだと思った。


 掃除の時間、翔太は放課後に藤井と会う約束をすることにした。二人は掃除の班が一緒で、三階の渡り廊下の担当だ。箒で廊下を掃いている藤井の周りに人がいなくなった瞬間を見計らって、雑巾がけをしながら駆け寄る。


 立ち上がると、二人の目線の高さが同じになった。藤井は不思議そうな顔をしている。


「どうしたの?」


「なあ、藤井。放課後に体育館裏に来てくれないか? 大事な話があるんだ」


「えっ、それってまさか……」


 息を吞む藤井。しかし翔太はそれ以上は何も言わず、また雑巾がけをしながら素早く去った。突然の呼び出しに、藤井の胸はとくんとくんと大きな音を立てていた。



 放課後、藤井はそわそわしながら体育館裏へ行った。しかし、そこに待ち受けていたものを見て少し萎えた。翔太から呼び出されたはずなのに、両サイドにクロと矢島もいたからだ。しかも、三人ともなぜか真顔で仁王立ちをしていた。


 翔太が先陣を切って言った。


「悪いな、急に呼び出しちゃって」


「はぁ、まあいいけど。それで、大事な話って?」


 肩をすくめる藤井に、三人は頭を下げて右手を差し出した。


「好きです」


「好きです」


「好きです」


「はぁっ!?」


 いきなり全員から告白され、さすがに動揺を隠せないようだ。


「いや、確かにそういうシチュエーションではあるけれど!」


 どうすればいいのか分からず、うろたえている。三人は右手を出して頭を下げたまま動かない。しかし、藤井はすぐに思い当たった。


「分かった! ドッキリでしょ! 三人で私のことバカにしてるんでしょ!」


 すると翔太は心外と言わんばかりに顔を上げた。


「バカになんかしてねえよ。バカは僕たちだけで充分だ」


「自分で言うな!」


「それで、どうなんだ? OKなんだろ?」


「このリアクションなのに、その可能性があると思っていることに驚きだわ」


 早くも無残な敗北が決定してしまった。だがへこたれず、今度はクロが口を挟んだ。


「なんだよ、他に好きな男子でもいるのか?」


 藤井は話すべきかどうか迷っているような様子を見せたが、やがておずおずと口を開いた。


「……私、好きな人ができたことが一度もないの。そういう気持ちがよく分からない。それで、そういう話についていけなかったり、友達とケンカになっちゃったこともあって……」


「ケンカ? それはそいつがクソなだけだろ」


 矢島が「よしなさい、毒キノコ」と制し、「クロは初めて好きな人ができたのはいつですか?」と訊いた。


「幼稚園のしおりちゃんだ」


「いや、名前はどうでもいいです。僕は三年生のときでした。翔太は?」


「僕? 僕は藤井が初めてだよ」


「えっ!?」と、またしても藤井が驚く。


「じゃあ五年生からですね。藤井さん、僕たちでさえ、こんなにバラバラなんです。まだ好きな人ができたことなくたって、全然気にしなくていいですよ」


「な、なに急にまともなこと言ってんのよ。でも……」


 疎外感があるのか、やはり藤井は思い悩んでいるようだ。すると、翔太が靄を吹き飛ばすように明るい調子で言った。


「じゃあさ、卒業までに僕たちの誰かを好きになればいいじゃん」


「はぁっ!?」


 クロと矢島も続けて畳み掛ける。


「そうそう、俺たちはみんな藤井のことが好きだし、そのことでケンカなんかしねーよ」


「絶賛初恋中の翔太を研究すれば、初恋の始め方が分かるかもしれません」


「僕は珍しい生き物かよ」


 盛り上がるバカ三人にげんなりする藤井。


「私はこの三バカから選ぶしかないの……?」


 翔太がダメ押しするかのようにニカッと笑う。


「そうだよ」


「そうだよじゃないわよ!」

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