第3話 突きつけられる現実

「今回のデータ移行の結果についてご報告いたします」

「よろしくお願いします」


 アルナを別室で待機させた後、作業モニター室で今回の結果を聞く事になった。

 作業完了が予定より遅れていた時点で嫌な予感していたが、実際に彼女の第一声を聞いた時、目の前が真っ暗になってしまった。


 僕に”様”をつけるのは、最初に会った時以来だ。

 むしろアルナに最初にお願いしたのが『様付けしなくていいよ』だった。

 それでも今回つけてきたという事は、そういう事なのだろう。 


「結論から申し上げますと、オプション領域の一部にデータ圧縮をかけさせていただきました」

「圧縮、ですか……?」

「はい」


 今までの4年間の記憶を保持したまま、更にこれから数年間の記憶が入ってくるのだから、その為のデータ整理が必要なのは理解出来る。

 しかし、アルナの耐久年数は通常10年。それならまだ容量は十分余ってる筈で、大規模な圧縮までかけるのはおかしいのではないか。


 そう技術者に質問すると。意外な答えが返ってきた。


「おっしゃる通り、本来は圧縮までは必要ありません。しかし彼女の脳はほぼデータで埋まっており圧縮作業が必要になりました」


「……」

「更に問題は……」


 技術者は話を続けるが、それは更に僕を苦しめるものだった。

 アルナは人間に近いコミュニケーション能力を特徴にしており、その為に生体パーツ、生体CPUも多数使用されているが、それも今回の原因の1つになっているらしい。


 生体CPUや生体パーツの取り扱いは通常の機械とは異なり、柔軟性は極めて高いものの不安定で、中の完全コピーは非常に困難である。

 そして、生体CPUは、オプションデータのほぼ全ての領域に関わっており、それらが今回の圧縮の影響を受けてしまい、不完全なデータ移行になってしまったという事だ。


「……つまり、失敗という事でしょうか」


 胸が張り裂けそうになりながら、言葉を振り絞る。


「……圧縮を行った事で、データ消去を最小限に抑えられたのが、不幸中の幸いでした」

「…………」


 その言葉に僕は呆然としつつ、一つの疑問をもった。


「しかし、何でアルナは大量のデータを保存していたんだ……?」

「それなんですが」


 技術者の一人が1枚の画像をモニターに表示しながら、僕に問いかけてきた。


「プライバシー保護データの為、中身までは確認しておりませんが、記録ログを確認したら2年前の11月より、急激に保存データが増えております」


「2年前の11月、ですか……」

「はい。キャッシュメモリから上の階層に移動保存をしたのでしょう。おそらく通常なら消去するレベルの、何かしらのデータを保存し続けてこうなった」


「そうなんですか……」

「何か、心当たりはありますか?」


「……」


 僕は首を横に振る事しか出来なかった。


……

………


 * * *


 そして、そのまま彼らとの話が終わる。

 色んな事が頭の中をグルグルしながらも、アルナが待っている部屋に向かう。

 扉を開けると、アルナは椅子から立ち上がり、嬉しそうな顔でこちらにやってきた。


「おかえりなさい聡一郎様。メーカーの人達のお話はどうでしたか?」

「……」


 その嬉しそうな表情からは、心配とか不安は一切感じない。

 おそらく自分の”頭の中の変化”には気づいていないのだろう。人間と同じだ。


「うん。問題無し。その新しい身体なら8年は一緒にいれるそうだよ」

「そんなに長く一緒にいれるんですね。とても嬉しいです」


 アルナはとても幸せそうな笑顔を見せる。

 僕はその表情を見て複雑な気持ちになるが、当然彼女に罪は無い。

 だから、僕はこの笑顔を守りたいと思った。


「さて、そろそろ家に帰ろうか」

「はい。早く私達の家に帰りたいです」


「……あと」

「はい?」


「僕に様付けしなくていいからね」

「……はい!」


――こうして、僕達の新しい生活がスタートした。

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