記憶の媒体

森凪 

ドクダミ

ーーこのペンは、立憲君主制。

黒板に書かれた「振り返り」の文字は、オームの法則。

教師の柔軟剤の香りは、係り結びの法則。


そうやっていくうちに。

私が一年使った教室は、言葉に溢れていった。


私は「素」のままで言葉を記憶することが苦手だった。

人の名前も。

その人の服の香りと目のなんというかこう、潤い度?

のようなもので記憶した。

私は記憶するのに媒体が必要だった。

だから学校のテストの時に、本当に困ってしまう。

私はひらがなを記憶の媒体にできても、

漢字や、カタカナはほとほと無理だったから。

大体五十文字のひらがなに。

10教科ほどの単語を詰め込むのには無理があった。

文房具に手を出しても。

テストの時に置けるのは数本だけ。

教師が黒板に書いた時間帯の表示を媒体にすることもあった。

ひらがなは最高で二つ。

言葉の媒体にすることができた。







数字は七つ。

媒体にできた。







私は窓側の席が好きだった。

全学年、窓際は中庭に面していたから。

植物の匂いと。

鳥の鳴き声を媒体にできた。


ずっと言葉を留めておくほど私には力がなかったので。

私は言葉を捨てることを覚えた。

人の名前も、一夜づけをして覚えた言葉も。

意図的に捨てることができた。

私は人との会話を憶えておくことができない。

小学校低学年の時にはもう。

友人を作ることを諦めた。

だから、あまり会話を憶えていないことに不都合はなかった。

ただひとり、名前すら覚えられないのに。

私に強烈な記憶を残そうとした人がいた。

いつもいつも、事あるごとに私に話しかけてくるの


私は彼を覚える媒体をドクダミにした。

強烈な香りが。

彼にそっくりだったから。


彼が何処かへ消えて、ドクダミを媒体にした記憶は捨てた。


私の帰り道には、ドクダミの花畑のようなものがあったから。

毎日、彼を思い出すのは。

何故か癪だった。






「はじめ!!!」


一斉にペンを動かす音が聞こえる。

開けられた窓から光が入ってきて。

私の髪を撫でた風に目を閉じた。








ドクダミが。

今日も私の記憶の邪魔をする。

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