第17話
「朝子さんにはウチの母が視えたことってあるのかな?何か聞いてたりする?」
翌日、十夜は大阪に戻る前にもう一度榛名に会いに病院に寄った。
昨日気になったように喋るのも辛いかもと心配だったが、榛名曰く喋るのはこのくらいなら大丈夫になったのと、十夜と話すのは楽しいとのことだったので少し安心した。
そうしたら、榛名からまさかのそんな台詞が出てきたのだ。
「えっ!?」
十夜は一瞬ギクっとしたのを隠せなかった。
「あっ、やっぱり視えてたんだ」
榛名は、やっぱりねーと頷いた。
「あー……」
(どうしようか、自分の判断で話していいのだろうか)
十夜が迷っていると、
「我々の間で視えるとか言ったらどう思われるか、なんて今さらでしょー。本音で話そうじゃないか十夜くん」
榛名がビシッとそう言った。
「……そうですね。でもその前に、姉さんはお母さんが視えてたんですか?」
十夜は心を決めてそう聞いた。
「そうだね。たまーに視えてたよ。でもよく視るようになったのはこの3、4年くらい。多分、お父さんと朝子さんが付き合い始めてた頃になるのかな。その辺はよくわからんけど」
榛名は真面目な顔でそう言った。
十夜は榛名の言う内容にも驚いたが、榛名の感情も気になった。榛名もやはり親の再婚は面白くなかったのだろうか。
「いや、別に親の再婚が嫌とかじゃないんだよ。大学入学したら家を出て行くつもりだったし。現に高校まで祖父母の家にいたし」
榛名はケロッとしながら言うが、十夜は心を読まれたかと焦った。
「心は読んでないから安心してよ」
「……っス」
十夜は大人しく返事をした。
「そもそも私が祖父母の所で暮らしてたのも、それが原因ってのもちょっと有るんだよね。あぁ、それって言うのは母が視えるってことね」
榛名曰く、生前の母の時任への執着はかなり強かったということだ。
また、榛名の母方の祖父母も何かと時任を気遣っていた。
「私にはそうでもなくてアッサリしてたから助かったけど、お父さんには何か凄かったね」
榛名が中学生の時、母は病気で亡くなってしまったが、その死後ごくまれに時任の背後に母の姿が視えることがあった。
母は榛名の方には見向きもせず、時任の方をじっと見ていた。
我が母ながら薄気味悪くて、また父と2人で暮らすのも微妙にイヤなお年頃だったので、祖父母に一緒に暮らして良いか打診したところ大歓迎だったので驚いた。
「これでお父さんとの縁が切れなくて済むと思ったのかもしれないね」
榛名は母方の祖父母の家で暮らし、時任は1人暮らしをしていた。
たまに時任が祖父母の家を訪れた際などは、2人ともそりゃもう大歓迎の様子だった。
そして、その時にも時任の後ろには母の姿があった。
そして榛名が大学受験の諸々の相談等で自宅に寄った際に、家の中がどんよりと湿っぽいのを感じた。居間に入って榛名はギョッとした。
亡き母は当然の様に一緒にいた。
父は気づいていないのか、気づかないフリをしているのか。
母の亡霊は今は背後ではなく父のそばに佇んでいる。すごい形相で。
榛名はこれは何かあったに違いないと思ったが、怖くて聞けなかった。
ただ1つ思ったのは、自分はここから逃げたいということだけだった。
受験の相談と諸々の了承を父から得た後は急いで自宅を後にした。
少しすると、祖父母が最近時任が来ないと沈みがちに言った。
その目は真っ暗で、なんだか生きている人間の目ではない様な不気味さを感じた。
榛名はお世話になった父にも祖父母にも申し訳ないが、もうここに居たくないと強く思うようになった。
高校卒業後は大学の女子寮に入った。祖父母の家にも、自宅にも、自分の荷物は何も残さなかった。もう帰らなくてもいいように。
十夜は、状況こそ違えど榛名も自分と同じような気持ちだったんだと知り、驚いた。
そして大学に入った榛名は、きっとそうなんだろうなと思っていた母の亡霊の形相の理由を知ることになった。
「あの時――、初めて会った食事会の時ね。十夜くんにも視えてるんじゃないかと思ってたんだ」
榛名は十夜をまっすぐに見つめた。
「視えては、いなかったです」
「そうだったんだ。気を悪くしたらゴメンね。十夜くんはお父さんを最初に見た時、なんだかイヤだなって感じたんじゃないかなと、ずっと考えてたの」
(うっ……。やっぱりバレてたか。そりゃわざわざ大阪まで逃げたくらいだからな)
十夜が黙っていると、
「最初は朝子さんを取られるのがイヤだからかな、って思ってた。それかやっぱり母がついてることで何か嫌な雰囲気を感じてるんじゃないかって」
そう言うと、榛名は十夜を見てニコッと笑った。
「でもそうじゃなくて、十夜くんは人に気を遣う子だから色々しんどかったんだろうな、って思うようになったの」
榛名にそう言われ、十夜は驚きで目を開いた。
病室の開けていた窓から、少し涼しい風が入ってくるのを感じた。
「いきなり新しいお父さんです、とか言われてもねぇ」
榛名は苦笑しながら納得行かない風に頷く。
「なんか似てるよね私たち」
笑ってそう問いかけてくる榛名に、十夜は気恥ずかしさを感じながらも、
「そうかも」
と目を細めた。
十夜は、母・朝子が見た例の女性について話した。
榛名の祖父母の家で、時任と祖父母と共に居た長い黒髪の女性。
また時任と祖父母が朝子のことなど眼中にもない様子で、仲睦まじく家に入って行ったこと。
あの後、朝子はその女性だけ何だか不思議な雰囲気だったのよね、とぼそりと呟いていた。
「それは母の霊の可能性が高いね。お父さんはあの家に絡め取られちゃったんだよ、きっと」
想像がつくから心配はしなくても大丈夫だと榛名は言った。
時任は亡き妻とその両親に囚われてしまったのだ、と。だがそれが本人も幸せなのかもしれないとも。
「でも、こんな事故の時に……」
来ないなんて、と言いかけそうになって止めた。
いくら状況を理解しているとは言え、口に出せば榛名を傷つけることになる。
「うん、まあ困ったけど。でも執着されるよりマシだわ」
榛名は予定通り、退院したらしばらくの間は十夜の家で暮らすことになった。
病室を出た後、母には先程の経緯を話し、十夜は新大阪行きの新幹線に乗った。
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