第33話 シエナの回想
「そんな……一体どんな願いを?」
「シエナちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちに教えて上げなさい。自分がどんなお願いを僕に叶えてもらったのか」
「シエナがかなえてもらったお願いはね…………」
<シエナの回想>
自分が生まれてから両親に抱いてもらった記憶はなかった。
もしかしたら赤ん坊の時は抱いてもらったのかもしれない。
だけど、記憶にあるのは両親からの自分に対する罵倒と暴力の記憶だけだった。
「うるさい! ぎゃーぎゃー泣くんじゃないわよ!」
「なんであんたは言ったことができないの! 私は疲れてるんだから掃除と洗濯は全部終わらせときなさいよ!」
「もう今日はご飯抜きよ! ……昨日も食べてない? うるさい! じゃあ、明日の何も食べなくていいわ!」
「ちょろちょろするんじゃねえよ! てめえは部屋の隅でじっとしてろ!」
「くそが外で反省してろ。……寒い? 確かに雪降ってるな。じゃあ毛布一枚だけやるよ。明日まで外で反省な」
私が良い子にできないから。
お母さんとお父さんの言いつけを守れないから、怒られるし、ぶたれるんだ。
だから、シエナは一生懸命、お母さんとお父さんの言いつけを守った。
だけど、ご飯食べれてないから力でなかったり、夜ちゃんと寝れてないから集中できなかったりでうまくできないこともあった。
そうして、頑張っていたけど、それはシエナが5歳になったときの事だった。
「いやだぁあああああ! シエナ、もっと頑張るからぁあ! シエナ、良い子にするがらぁああ! お父さん、お母さん、シエナを捨てないでぇええええ!!」
「ぎゃーぎゃーうるさいねえ、この子は最後まで。あんたみたいな出来損ないはうちの子じゃないんだよ!」
「金持ちの子を養子にできてな。おめえがいると邪魔なんだわ」
「シエア、良い子にするかぁあああ! ご飯食べられなくても我慢するし、邪魔にならないように部屋の隅でじっとするし、お掃除と洗濯頑張るし……」
「うるさい! あんたみたい子を産むんじゃなかったわよ! なんの得にもならなかったわ!」
「じゃあな、シエナ。あばよ」
「いやぁああああああああ!!!!」
その後、いくら泣き叫んでも両親が戻ることはなかった。
涙が枯れるほど泣き、声がつぶれるほど叫んだ。
それから先は捨てられたスラムで泥水を
捨てられたゴミの中から残飯を探し出して食べた。
服や靴もゴミの中から見つけ、郊外の廃墟でひっそりと身を潜めて眠りについた。
両親に捨てられてから分かったことがある。
シエナは捨てられる前は外へのお出かけに、連れて行ってもらえたことがなかったからだ。
だから分からなかった。自分が普通の子と違う扱いを両親から受けていたということを。
普通の子は自分くらいの歳はまだ両親に抱っこしてもらえていた。
甘えて、だたをこねて両親を困らせていた。
どの子もお腹はいつもは減っていなさそうだった。
頭をなでてもらえ、抱きしめてもらえ、キスをしてもらえていた。
手をつないでもらえ、一緒に散歩したり、遊んだりしてもらえていた。
どれも自分が一度も両親にしてもらえなかったことだった。
祭りの日。
両親におねだりをして買ってもらっている綺麗なお菓子。
肩車をしてもらって、楽しそうに屋台をまわっている姿。
心底、羨ましいと思った。
日が落ちると、家々の中から灯りがもれてくる。
その灯りとともに家族の談笑や笑い声が聞こえてきた。
幸せな家族の団らん。
心底、羨ましいと思った。
ある日、空腹に耐えかねて、店先にあったパンを無意識に口にしてしまった。
「クソガキがぁ、ぶち殺すぞう!」
店主は烈火の如く怒り、包丁を持って追いかけてきた。
恐ろしくて必死に逃げた。逃げた。逃げて逃げて、気がつくと街を大きく離れ、森の中に自分はいた。
無我夢中で走ったからどの方向から逃げてきたのかわからない。
もう街に戻ることはできなかった。
空腹で力がでない。
時折聞こえる、獣の咆哮が恐怖を倍増させた。
スラムではなんとか生き残ることはできたが、むき出しの自然の中ではすぐに死んでしまうだろうということはわかった。
涙が頬を伝う。
両親に捨てられたあの日に枯れるほど泣き、喉がつぶれるほどに叫んだ。
思えばそれからまともに泣けていなかった気がする。
ここで死ぬんだ、と思ったその時のことだった。
「どうしたの、お嬢ちゃん?」
黒色の肌をし、頭に角を生やした男が話しかけてきた。
人外なるものを目にして普段なら逃げ出しただろうが、今はそんな気力もなかった。
人間には見えなかったが、シエラでも男に敵意がなさそうというのはわかった。
「……逃げてきたの」
「逃げて? 何から?」
「パン屋のおじさん」
「どうして?」
「シエナがパンを盗んじゃったから」
「それはシエナが悪いね」
「うん」
男の傍らには女性もいた。
優しそうな女性だ。もしかしたら助かるかもしれない、と一抹の希望を感じる。
「お兄さんはね、いろんな人に願いを聞いて回ってるんだ。人の強い願いを僕は検知できてね。移動してたら森の中だけど強い願いを感じて、来てみたっていう訳なんだ。シエナ、君には強い願いがあるね」
「……ある」
「君の魂と引き換えにその願い叶えてあげられるけど。ああ、一応言っとくけど、僕は悪魔だよ」
悪魔だと言われても特に驚きはなかった。
死を前にして心が麻痺しているのかもしれない。
願いはある。切に願っている願いだった。
その願いが叶うならこの命すら惜しくなかった。
シエナは躊躇せずに答える。
「シエナのお願いをかなえてほしいです」
「じゃあ、その願いを聞かせてくれるかな?」
「シエナのお願いは…………」
その言葉を口にすることに戸惑いが生まれる。
私はそれに相応しい人間なのだろうか?
お父さんとお母さんは自分が良い子じゃないから捨てたんじゃないんだろうか?
だが、願いへの欲求は他の何よりも強い。
自分が生まれてきた理由が欲しい。
拒絶されてきた世界に許されたい。
……不安と葛藤の末、シエナは遂に勇気を振り絞ってその言葉を口にする。
「…………愛されたいです」
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