第27話 悪い虫
「これはひどい……」
「シエナ見ちゃだめです」
フェリシアに抱かれるシエナはその目を塞がれる。
村の中央には丸焦げになった人間の死体が積まれている。
周囲には人間が焼けた時の匂いが漂っていた。
その独特な匂いは俺に強烈な嫌悪感を抱かせた。
「まるで戦場だ……」
人だけでなく家屋も焼き払われていた。
村は最早廃墟の様相を呈している。
「戦場でもここまでひどくはありません。これはまるで……」
「地獄のようね。兵士は皆殺しにされることはあっても、非戦闘員が皆殺しされることは稀よ。それをやると憎しみの連鎖が止まらなくなるから……」
フェリシアとアデルは呆然とその場に立ち尽くしている。
「……他に何か手がかりになるようなものはないかな?」
「馬の足跡はあるようだけど……どこまで追跡できるかは不明だわ」
「馬の足跡……あちらの方角か……」
そこでアデルが杖を掲げて魔法詠唱をはじめる。
「大地の精霊よ、殺戮者を見つけ出し、我に示し給え。報われない御霊たちの、声なき声の導きによって、その場所を明らかにしたまえ」
詠唱を終えるとアデルのそばに光の粒子が多く現れる。
「……そう…………ええ……なるほど」
アデルは一人で何かと対話しているようであった。
「怠け者のめんどくさがり屋だけど、アデルの魔術の腕は一級よ。ほとんど勉強せずに才能だけで宮廷魔術師になったようなものなんだから。彼女の
フェリシアはアデルに聞かれたくないのか、対話を邪魔したくないのか小声で俺に囁く。
「魔術だけって他は?」
「悪い人間じゃないけど、気分屋だから約束も平気で破ることもあるわ。まあ、いい所もあるんだけど」
「へぇー、じゃあいい所を教えなさいよ」
「ひゃっ!」
アデルは精霊のとの対話を終え、いつの間にか俺たちの近くに来ていた。
「……で、どうだったの精霊との対話は? 犯人たちは見つかりそうなの?」
「潜伏してる場所は分かったわ。早速候爵に伝えましょう。掃討戦のはじまりよ!」
曇天だった空からはいつの間にか小雨が降り出していた。
俺たちは馬を走らせて候爵の元へと向かう。
「なによ……」
「いや、別に」
眠そうにあくびをしていたアデルと目が合っただけだった。
それでこの反応だ。
「あのさ、俺に君になんか嫌なことしたかな?」
「……フェリシアをたぶらかした」
「たぶらかした?」
俺たちは今、候爵とその私兵たちとともに盗賊たちのアジトと思われる場所に向かっている。
フェリシアはシエナを抱きながら少し距離を取って馬を歩かせていた。
シエナは今生の別れのように泣かれた為、根負けして連れてきたのだ。
彼女は戦闘時には候爵に預ける予定だった。
「どういうことだ、たぶらかしたって?」
するとキッとアデルはこちらに鋭い視線を向ける。
「色恋でフェリシアに取り入ったんでしょ? 今回フェリシアから支払われる報酬は金貨20枚ですって? うまいことやったわね」
金貨は1枚で10万くらいの価値がある。
「帝国の特別報酬の一部を回してもらってるだけだ」
「私とフェリシアとあなたで3等分でしょ? フェリシアが私と折半するのは分かるわ。でもなんの実績もないようなあなたが私と同じ報酬? ありえないわ」
「どうしたの?」
追いついてきたフェリシアが問いかける。
「あんたの男に文句言ってたの。雑魚の癖に私と同じ報酬なんて身の程知らずだねってね!」
「なによ私の男って。ユウと私はそんなんじゃ……」
「じゃあ、なんでこんな雑魚が私と同じ報酬なの?」
フェリシアは小さくため息を一つ吐く。
「あのね、言っとくけど私はユウには今よりもっと多い配分の報酬を申し出たのよ。だけどユウは折半でいいって」
「はあ? あんた馬鹿ぁ! 純真であることは利点だけどさあ、男にいいように使われてんじゃん! 女は男を使ってなんぼなのよ?」
その考えもどうなんだとは思うけど。
フェリシアは俺に少し視線を向けた後にアデルに続ける。
「ユウは私より強いわよ」
「……なによそれ」
「だから私より――」
「天穹騎士団のあんたより強いわけないじゃん!」
「実際強いから仕方ないでしょ!」
「ふんっ、どうせ幻影魔法でもかけられて騙されたんでしょ?」
「そんなのかけられてません!」
「フェリシアすぐにひっかかるじゃん。ユウに教えて上げましょうか? 私が昔フェリシアに幻影魔法をかけて晒した醜態のことを」
「ちょっ、止めなさい! 絶対駄目よ!」
「詳しく教えてほしい」
「ユウは黙ってて! 絶対駄目! 駄目駄目駄目!!」
「ぜったいだめ!」
シエナがフェリシアの真似をして繰り返す。
好奇心は強くそそられたが、俺はシエナに免じてそれ以上の追求は止めた。
「それにユウは魔法使えないから幻影魔法なんて……」
「いや使えるぞ、俺」
「えっ、聞いてないんだけど……」
「聞かれなかったし、魔法を使う機会もなかったから」
「ふん、どうせ初級魔法かよくて中級魔法が使えるくらいでしょ。いい機会だから、今回の戦闘で宮廷魔術師筆頭の私が、節穴のフェリシアに変わってあんたの実力を見極めてあげるわよ」
初級どころか、たぶん幻想級とか神級以上の魔法を使えるんだけど。
口で言っても信じてもらえそうになかったので、俺は黙ってる。
それにしても――
「宮廷魔術師の筆頭なのか?」
「ええ、私の眼鏡に叶わなかったら、筆頭魔術師権限でフェリシアに手を出すの止めてもらうから」
そんな権限あるのかよと思うが口には出さない。
「なによ私に手を出すって」
「フェリシアは手を出されたいわけ?」
「そ、そんなこと言ってるわけじゃ……」
「それとももう手を出されてるってわけ?」
「出されてるわけないでしょ!」
「おにいちゃん、おねえちゃんに手をだしたの?」
たぶん内容を理解していないであろうシエナから問いかけられる。
「これから手を出す予定」
俺は親指を立ててシエラに返す。
よく分かってないシエラを俺の真似をして親指を立てる。
「ちょっ、ユウ!」
フェリシアはもう顔を赤くしている。
「絶対に許さない! 私のフェリシアにつく悪い虫は駆除する!」
いつからお前のフェリシアになったんだとアデルには思うが、めんどくさくなりそうなので口に出しては突っ込まない。
そうこう話しているうちに俺たちの目の前には、洞窟の入口がその大きな口を開いて待っていた。
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