第26話 願い

「お願いします! なんでもしますから、この子の命だけは助けてください!!」

「じゃあ、お前たち二人、どちらかの命もらってもいいか?」

「えっ!?」


 夫婦は二人顔を見合わせる。

 すると少し躊躇した後に旦那の方が頷いた。


「だめ、あなた……」

「ユーリにはお前が必要だ……」


 男は震えながらその場で立ち上がる。


「じゃあ、俺と向こうで遊ぼうか」


 男は寄道よりみちに連れられていく。


「ほら、それでガキの手を後ろ手に縛れ」


 大迫おおさこは女にロープを投げる。

 女はロープで子どもの手を縛ろうとするが、震えてうまく縛れない。


 その時、明らかに先程の夫と分かる悲鳴が聞こえてきた。


「ゔ、うゔゔゔーーーー」

「泣くな、さっさと縛れ。くずくずするなら二人共殺すぞ」


 大迫おおさこは血糊がついた槍の先で女の頬を撫でる。

 女はしゃくり上げながら子供を縛り上げた。


「ったくめんどくせえ。お互いに大切に思う同士をペアで攫ってこいってなんだよその依頼は」


 女も後手で縛り上げると――


「ほら、自分たちで荷台に乗っとけ。逃げようとしたら殺すからな」


 女たちは荷台に自ら向かっていく。

 その時、寄道よりみちは屍となった男の足首を持って引きずってきた。

 

「もう、終わったのか」

「この野郎、途中で気絶しやがった。興ざめしたから首ちょんぱだ」


 近づいてみると、男の頭部が失われているのが分かった。

 寄道よりみちは無造作に男の死体を村の中央で燃え上がる巨大な火柱へと投げ入れる。

 村民たちは燃えるものをかき集め、火柱を育てていた。そこへ次々と死体が積み上げられていたのだ。

 山積みになった死体は、まるで2階建ての家のような高さにまで達していた。


「荷台にはもう20人はいるよな」

「ああ十分殺ったし、もう行くか」


 馬に引かせた荷台には、村人たちが詰め込まれている。

 燃え上がる炎は、深夜の闇を焦がし、火の粉を高く舞い上げていた。

 その光景は、まるで地獄の業火を思わせた。




 

「お疲れ様でした。随分と一度に集めたねえ」

「ああ、村一つ潰したからな」

「へえ、村を丸ごとかぁ。じゃあ、連れてこなかった村人は……」

「皆殺しだ」


 人間に化けたエルドナは口笛を吹く。

 

「怖い怖い。血も涙もないとはこのことだね」

「うるせぇ、御託はいいんだよ。それで……ちゃんと報酬は払うんだろうなあ」


 大迫おおさこは凄む。

 

「シルヴィア」


 シルヴィアは頷くと一つの小袋を大迫おおさこに手渡す。

 大迫おおさこは小袋の中をあらため、ニヤリと笑う。


「確かに」

「おーほんとに白金貨10あんじゃん」

「5枚ずつで山分けだ」

「いや、黒崎にも取り分、渡さないとだろ」

「ちっ、斡旋しただけの奴に渡すのかよ。現地にも来てねえのによ」

「しょうがねえだろ……まあ、気持ちは分かるが」

「俺ら一生あの野郎に使われんのか? ちきしょう……」

「色々とあるみたいだね」 

 

 エルドナは大迫おおさこ寄道よりみちに愛想よく微笑みかける。


「もし、よかったらこの後の儀式を見ていかない?」

「儀式?」

「うん、儀式」


 大迫おおさこ寄道よりみちは顔を見合わせる。


「まあ、いいんじゃね。急いでないし」

「まあ、そうだな」

「それじゃちょっと待ってね」


 部屋にペアの母親と子供が連れられきた。


「じゃあ、二人の願いを僕に聞かせてくれるかな? 願いの内容は自身の命に変えても叶えて欲しいってことで」

「…………この子の命を助けてください! この子だけは……私はどうなってもいいですから!」

「お母さん、嫌だ!」

「言うことを聞きなさい!」


 エルドナは少年に歩み寄り、目線の位置を合わせる為、中腰になる。

 

「坊や、君の願いはなに?」

「お母さんと一緒に住みたいです! お母さんと一緒にいたいです! お母さんを殺さないでください!」

「ユーリぃ!」


 母親は絶叫と共に息子を抱きしめる。


「ふーん、それでは双方の願いを叶えよう! 但し、それぞれの魂は僕が必要になった時に自由に使えるとする」


 その宣言の後、エルドナは変化を解く。

 二本の角と黒色の肌。悪魔本来の姿が顕になり、契約魔法を発動する。


「あ……あ……悪魔」


 母親は驚きで腰が抜けたようだった。


「契約は完了した。僕がその魂を必要とするまで君たちの願いは完全に叶えられる」


 エルドナは大迫おおさこたちに向き直ると、二人は戦闘態勢を取る。


「そんなに警戒しなくていい。僕は君たちに敵意はもっていないから。今の契約のように悪魔と人間の契約では、人間が真に願っている願いが必要になる。君たちにお互いを大切に思っているパートナーと連れてきてっていったのはそういうことだよ。人と人とのつながりがある時は必ず強い願いが生まれるからね」

「とは言っておりますが、複数人の人間と契約ができる悪魔は悪魔王のエルドナ様だけです。王の御前ということをわきまえて発言をお願いします」


 シルヴィアもいつの間にか人間の変装を解き、悪魔の姿へと戻っていた。

 

「良いんだよシルヴィア、僕は人間とはフランクに付き合いたいんだ。で君たち先程はなんか不満を言ってたみたいだけど、何か願いでもあるのかな? よかったら僕にその願いを聞かせてもらえないだろうか」


 そう述べている時のエルドナの瞳は妖しい光を発していた。

 

 大迫おおさこ寄道よりみちはお互い顔を見合わせる。そして――


「「実は……」」


 二人ともエルドナに願いについて相談をはじめたのだった。

 

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