第4話 奈落へ追放

 スキルが『無能』という事実にクラスメイトたちからだけでなく、兵士たちからもどよめきが起こる。

 俺は何もできずにその場に無言で突っ立っていた。


「ほんとに無能じゃん」

「え、そんなことあんの?」

「ちょ、笑っちゃ悪いって」

「でも無能だぜ、無能!」


 好奇と馬鹿にした視線が俺に集まる。


「お前にぴったりな外れスキルじゃんか、よかったな! なあ、セリーナさんよ。無能なんてスキル授かることあんの?」

「聞いたことありません。ステータスも低めのようですね」


 セリーナは俺に冷たい目を向けて吐き捨てるように応える。

 先程の風間や美月に向けていた、期待の視線とは明らかに違っていた。


「じゃあ、逆にレアスキルなんじゃね?」

「ポジティブに考えるとそういう見方もできるかもしれません。ただそういう見方をしたところで外れスキルは外れスキルで現実は覆せませんが」

「おい! 小日向、よかったなレアスキル授かったってよ! 最高じゃん、お前にぴったりなレアスキル授かってよ!」


 黒崎は馴れ馴れしく俺の肩を組み背中をバンバンと叩く。

 クスクスと笑い声があちらこちらから起こる。


 俺は肩を組んできている黒崎の手を強引に振り払う。


「なんだよてめぇ!」

「うるさいんだよ、クソ野郎が」

「ああ!…………」


 黒崎は俺の顔を見ると、驚いた顔をして引き下がった。


 もうどうでもいいという気持ちだった。

 現実世界でも何をやっても人並み以下で、才能には恵まれなかった。

 酷いいじめまで受けて異世界でもこれだ。

 気力ややる気といったものがマイナスまで下がっていた。

 あるのは理不尽な現実への強烈な怒りだけだ。

 

 しばらくするとパンパンと、セリーナが柏手かしわでを打つ音が部屋に響く。

 

「はい、皆さんよろしいですか! ステータス確認どうもありがとうございました。おかげさまで全員のステータスを確認することができました。今回はなんとレアスキルとして勇者と剣聖、賢者に聖女を授かった方がおられます。皆さん盛大な拍手で祝福をお願いします!」


 部屋に拍手の音が響く。

 俺はその音をまるで他人事にように聞いていた。


「残念ながらレアスキルを授かれなかった方々もいらっしゃいますが、平均に比べれば有用なスキルにステータスも高めで、十分な戦力になります。ご安心ください。ただ一人を除けばになりますが……」


 そこでみんなの視線が俺に集まる。

 だからなんだっていうんだという気持ちだった。


「残念ながら無能スキルを授かった小日向さんは戦力外という扱いになります」

「じゃあ、元の世界に帰らせてくれるとでもいうのですか?」

「先ほども申し上げた通り、残念ながら召喚は一方通行で元の世界に帰ることはできません」


 そこで他の生徒たちからも落胆の声が上がる。


「もうしわけありませんが、これはどうしようもありません。ですが、皆さんはこの後の戦いで、活躍していただければ英雄として貴族に叙せられます。身分も今後の生活も保証されます!」


 セリーナの言葉に対する反論はなかったものの、納得している様子の者は誰一人としていなかった。

 それもそのはず、突如異世界へ召喚され、元の世界への帰還が叶わないという現実は、まるで生きたままこの世を去ったかのような衝撃だ。

 元の生活に対し、一抹の未練や後悔すら抱かない者はほとんどいないだろう。

 ある女生徒は直面した事実に衝撃を受けて、涙を流している。

 一方で、怒りと反発心を抑えきれずに顔を歪める生徒もいる。


 しかし、兵士に囲まれたこの状況。

 生徒たちは無力だった。


 部屋内はしばらくの間、沈鬱な雰囲気が漂う。


「この後の戦いというのは何か訓練などは受けられるのでしょうか?」


 その空気を打破しようしたのかどうなのか、風間から質問が飛ぶ。

 

「もちろんです。専用の教官がつき、理論から実践まで訓練いただくことになります」

「そこに俺は参加できないっていうわけですか」

「ええ、そうなりますね」

「じゃあ、どうなるんですか? 俺は」

「奈落へ追放という扱いになります」

「奈落に追放?」

「ああ、少し説明が足りませんでしたかね。みなさん少し小日向さんから離れていただいていいですか?」


 セリーナのその言葉でクラスメイトたちは潮が引くように俺から離れていく。

 それによって自然に俺を中心に円が出来上がるような構図になっていた。

 なんだよ俺から離れろって。


「奈落というのはダンジョンになります。特殊なダンジョンでして……そうですね、正確に言えばゴミ捨て場ですかね」

「……はっ、そのゴミ捨て場に俺を追放すると?」

「ええ、その通りです。ゴミ捨て場に廃棄処分ですね」


 貼り付けたような笑顔でセリーナは応える。


「ふざけないでください! いきなりそちらの都合で異世界に召喚した挙げ句、ゴミ捨て場のダンジョンに追放ですか!?」

「ふざけてなんかいませんし、冗談でもありません。あのね無能にも分かるように教えてあげますが、我々の召喚、他国に知られるわけにはいけないんですよ。ここはエスペリア王国でも辺境の秘密の場所になります。だから役立たずの無能だからといってこのまま解放するわけにはいかないんです。戦争が終わるまで飼うという手はありますが、戦争も長引く可能性があります。なら、それまで無能の役立たずのためにコストをかけるのか? いえ、我が国の財政は余裕があるわけではありません。無能の役立たずにお金をかけるくらいなら他の有望な国民にお金をかけるほうが余程、有用です」

「あなたたちが呼び出したんじゃないですか! 呼び出した側が責任を持つのは当然のことじゃないんですか!」

「もちろん我々は責任は負っていますよ。国民に対して、適切に国を導き、判断するという責任を。だからこその決断になります。陛下、この判断でよろしいか念のためご確認をお願いいたします」

「その判断で問題ない」


 国王は間髪入れずにそう断じた。すると、重苦しい空気が部屋に流れる。


 おそらくだが、これは見せしめの意味も含まれているのだろう。

 国の役に立たなければ容赦はしないという。


「そ、その追放というのはなんとかならないんですか? 小日向君はこの世界に来てそんな時間も立ってないんだからいきなりダンジョンなんて飛ばされたら……その……最悪死んでしまうなんてことも。私頑張りますんで! なんなら私の分の食事の量を減らしてもらってもかまいません!」


 春日部が声を上げる。

 空気が少し変わり、「俺も、私も」と他にもぽつぽつと、声が上がりはじめたときだった。


「無能はゴミ箱行きで全然問題ねぇだろ。俺は少なくとも役立たずのために、俺の何かを少しでも分け与えるのはごめんだぜ」

「別に黒崎君に何かをお願いするつもりは……」

「不本意ながら今回は僕も黒崎君に同意だね」


 春日部の言葉を遮るように風間が言葉を挟んだ。


「みんなここは俺たちが住んでいた平和な日本ではないんだ。戦争が行われ、実際に俺たちも戦力として駆り立てられる世界なんだ。つまりは適者生存。それがより強く反映された世界だ。元の世界にいたときとは考え方を変えなければいけない。小日向くんのことは残念だが諦めよう。それが陛下のご意思だ」

「なんだよ諦めようって。俺死ぬかもしれないんだぞ! わかってるのか!?」


 風間は俺を見下したように一瞥だけすると、それ以上、こちらに視線を向けてくることはなかった。

 元々いけ好かない奴ではあったけど、こいつの本性はこんな奴なのか?


「適者生存といっても助け合いや協力は大切ですわ。ただ施しを与えるにしても最低限度というものがあります。小日向くんは残念ながら、その最低限度すら満たせないということでしょう。私も陛下のご意思に従いますわ」


 風間に黒崎、そして美月。

 クラスヒエラルキーの上位に君臨するものたちの意見は一致した。

 これは追放判断の大勢は決したということを意味していた。

 詭弁だろうがなんだろうが、この世界は力あるもの。

 結局は声が大きいものの声が通るのだ。


「追放するということは俺を殺すということ。それと同意義と見なすぞ!」

「しつけぇんだよ。じゃあさっさと死ねや!」

「男なら男らしく奈落のダンジョンとやらに、さっさと飛び込んでは如何ですか?」


 その時、セリーナが満足げな笑みを浮かべながら拍手を送り、言葉を続けた。

 

「大変素晴らしい決断力と適応力ですね。今回は本当に優秀な人材が集まったようです。少し不安に思いながら静観していましたが、皆さん大丈夫そうで安心しました。それではこの場にふさわしくない無能を奈落へ送りましょう!」


 俺の足元にうっすらと光り輝く魔法陣が描かれはじめる。 

 おそらく転移魔法陣だろう。


「ころ……し……や」

「ああー、なんだって? 別れの言葉ならはっきり言えよな無能野郎!」


 憤怒の炎が心の底から湧き出る。

 こんなに強い怒りも、純粋な殺意も人生ではじめてのことだった。

 

「お前ら、殺してやるぅ!!」

「あはははは、まさか無能が勇者に剣聖、賢者に太刀打ちできるとでも! あなたはこの世界のスキルシステムの厳然たる力、その絶対性をまだ理解していないようですね!」

「やれるもんならやってみろや無能! 楽しみに待ってるぜ!!」

「負け犬の遠吠えは見苦しいですわよ!」


 その時、地面に描かれた魔法陣から眩い光が溢れ出す。

 周囲を吹き抜ける強風が、髪を乱す。


「絶対に、絶対にお前ら殺してやるぞぉーー!!!」


 やがて、その光は圧倒的な輝きを放ち、目を開いておくことさえ叶わなくなる。

 まばゆい閃光が全てを覆い尽くす中、俺の意識はゆっくりと深い闇の中へと沈んでいった。

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