第22話 スカウト一人目
「アンタが、朝倉宗滴だね? アタシはキサラ。幕府に仕える者だ」
相対するのは、総白髪で立派な髭も真っ白な老齢の武将。
その名を朝倉宗滴。
越前朝倉氏にその人ありと言わしめ、近隣諸国に名を轟かせ畏敬される人物である。
朝倉家の柱石中の柱石で、彼が朝倉の全てとまで言われるほどであった。
なるほどな、とキサラは納得した。
これは一代の巨人だと。
菊幢丸が欲しがるのも十分頷ける相手だ。
さて、どう誘いをかけるか。
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僅かな供回りのみを連れて、鷹狩りにやってきた宗滴は、獲物を獲りに飛び立った鷹が飛んでる雉に向かわずに明後日の方角に向かったのに驚いていた。
このような事は、鷹を躾けている間ですら無かった経験である。
しばし待っても鷹は戻らず、仕方なく供の者と一緒に鷹が飛んで行った方角へと馬で移動していると、遠くに人影が2つ見えた。
あの者達が鷹を見ていないか聞いてみようと近づくと、これもまた驚いた。
そこにいたのは、人は人でも日ノ本の者とは思えない連中であったからだ。
二人とも
衣服も方や裸同然で方や重厚な雰囲気の白黒の奇妙な着物姿。
宗滴の知識によれば、最近は堺にも来るとかいう南蛮人であろうか、と思いながらも訝しむ。
仮に推測通りだとして、その南蛮人の、それも女性がたった二人で何故、この様な場所に居る?
宗滴は直ぐに周囲を深く観察したが、他に人が隠れられる場所も無し、遠くに林など伏兵を置く場所もない。
全く持って予測がつかない状況に、注意しながら近づいた。
迷ったが馬からは下りた。相手が何者か分からぬが、老いたと言えど武器も持たぬ女に遅れは取らぬという自負と異人故に立場が分からぬ相手、馬上からの誰何は失礼かと考えた次第である。
近づきながら、言葉は通じるであろうかと思っていたが、そこで驚かされた。
「アンタが、朝倉宗滴だね? アタシはキサラ。幕府に仕える者だ」
流暢な本朝の言葉であるが、それよりもこの女は何と申した?
「幕府の使者だと!?」
供の者が驚き、声を上げおった。
「さて、お主が幕府の使者だという証はあるのか?」
半ば直感でこの者は嘘はついていないと悟ったが、確かめずにはおられぬ。
「では、これを見るといい」
裸の様な女が僅かに胸を隠す衣服から、一振りの刀剣を取り出して見せた。
思わずギョッとしたのは宗滴主従一緒である。
「お主、それを何処に隠しておったのじゃ?」
「それは今は気にしないでくれ。それより、ほら」
女は無造作に手にした刀を鞘の真ん中を持って、柄を宗滴に向けて手渡してきた。
害意はないと示したか。
ならばと、受け取ってみる。
鞘の設えからして名刀だろうと思われたそれを「ごめん」と抜き放つ。
まろび出た刀身が日の光を奇麗に照り返す。
「こ、これは……」
余りに美しい刀に息を呑む。
喉がごくりと動きを見せた。
「み、三日月宗近」
かつて将軍家の命で上洛した際に見せてもらった、その名刀に他ならなかった。
足利家累代の重宝である刀を見せられて幕府の使者だと名乗られれば、認めざるをえまい。
「ご使者殿、されば何故、この様な場所にて居られるのか? 城に参るなり、先触れをお出しになるなりなされないのか?」
「アンタ個人に話があるんだ。それも他の人間にはなるべく聞かれたくない話がね」
女、キサラと名乗った使者は宗滴の供を目でチラリと見た。
ふむ。人払いを望むか。
良かろう。
幕府の者と知られた上で、その人物を遠ざけるであれば、仮に宗滴を害しても幕府に利は何もない。
「皆、離れて居れ」
「しかし、宗滴様」
「良い、下がっておれ」
一度は諫言してきた供だが、二度宗滴に言われれば、頭を垂れて下知に従い声が届かぬほどに離れてこちらを目だけで窺う姿勢を取った。
それを確認できたと思われると直ぐにキサラが話し出す。
「さてと、こんな場所で長話は失礼だろう。用件を言うぞ」
「うむ」
「朝倉宗滴、アンタを幕臣に誘いに来た」
「何と申される? 儂は朝倉家の一門、それも筆頭じゃぞ。それをいかに幕府とは言えど、仕えぬかとは聞いたこともない話じゃぞ」
69の年月を生きて初めて聞く話であった。
だが、キサラは何も言わずに宗滴の目だけを力強く見つめてくるだけである。
「…… 冗談の類ではないのじゃな。理由を伺っても宜しいか?」
「幕府を強くする為だな。その目的のために有意な人材に声を掛けて回る予定だ。アンタが一番だよ」
「幕府を強く、か。確かに今の幕府には力がないのは認めるが、儂や他の著名人を集められたとして、それは叶うのか?」
暗に無理であると言っているのだ。
人は大事であるが、人だけで国は強くはなれない。
故にこれまで、幕府は他国に敵対勢力の征伐を命じてきたのだ。
「叶うだろう。今の幕府は準備段階ではあるが、富国強兵の道を歩みだしているからな」
「ほう?」
「銭を貯め、食料の生産を促し、産物を開発している」
それだけを聞いて、宗滴は大体を把握した。
どうやって、それを成してるのかは知らないが、本当に幕府を強くするのだと。
いや、強くする下地が出来つつあるのだと。
「確かに不足してるのは、人じゃな。将と兵か」
「そのとおりだ。兵は銭で雇うそうだ。その思想の礎は一年中戦争に繰り出せる兵士を持つ為だな」
「魅力的な兵士に思えるが、銭雇いの者は戦況次第で直ぐに逃げ出すが?」
勝ち戦は良い。だが、一度劣勢になれば真っ先に崩れるのはこの連中である。住む場所、土地が掛かってない者は命を懸けてまで守る物がないのだ。
「そうならないように、兵を鍛え、忠誠心を植え、戦争に常に負けないようにする将が必要なんだ」
「それを儂に期待するか。それは何とも心躍る提案じゃな。これを頼まれ、喜ばぬ武士はおるまい。いたとして、余程の偏屈ものじゃ」
「だろう? ならば……」
「だが、それでも儂は朝倉を離れるわけにはいかんのだ」
キサラの誘いを断ち切る一言が宗滴から振るわれる。
しかし、その言葉にも動じもしないキサラ。
「理由は聞かなくても分かるがな、それでいいのか?」
「良いも悪いも仕方がなかろう」
宗滴は目の前の異人の娘が年相応の者ではないと薄々感じ取っていた。
今も、宗滴の胸の内を覗き込んできている。
朝倉家から宗滴が居なくなれば、加賀の一向宗が見逃しはしないだろう。
そして、それを撃退できる者が宗滴しかいないのだ。
「どうせ、朝倉は滅ぶ。早いか遅いかの違いだけだぞ?」
「お主、幕府の使者と言えど口が過ぎようぞ!」
流石に勘気に触れた宗滴が声を張り上げる。
が、やはり小動もしないキサラ。
それを見た宗滴は更なる怒気が募るどころか羨ましく思う。
朝倉家で宗滴を怒らせて委縮しない者などいない。
なのに、この目の前の娘は……
「宗滴翁、アンタは大きすぎた。朝倉という土台では宗滴という大石が上に乗ったままだと下から芽が生えてこれないぞ」
そしてやはり見抜いておった。
朝倉に人材が育っていない事を。
「だがな、キサラ殿。儂とて人。せめてこの生あるうちにお家の滅亡を目にはしたくはないのだ」
らしくもなく、宗滴はそう弱音を吐いてしまった。
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朝倉宗滴。
逃すには勿体ない人物であり、失っては余りに惜しい大物であった。
宗滴の話は菊幢丸から粗方聞いていた。
その死後、朝倉家は著しく衰退し、一代で滅ぶと。
ならば、どうするか。
「ふむ。生きているうちは、か。ディネ、お前、どう見えた?」
これまで不動無言で控えていたメイドに問う。
意図が伝わっていないとは微塵も考えていない。
「このお方はあと20年程の寿命を有しておりますが、死の因果が絡まっておりますので、そうですね……あと10年といったところでございましょう」
ディネの見立ては奇しくもキサラが菊幢丸から聞いた結果と同じだった。
故に、キサラは特に思う事もなく、逆に宗滴は吃驚した。
「そちらの使者殿は人の命数が占えるのか!?」
「いえ、占いではなく、知覚するのでございます」
思わず詰め寄る宗滴に、やんわりと訂正するディネ。
「その様な些末なことはどうでもよい! それより、儂は10年後に死ぬのか!?」
「恐らくは、と言ったところでございましょう。死因はそうですね……戦死、いえ違いますね……これは……戦争には関係するかと思われますが、病死でございましょう」
多分、元より患っていた小さな病が戦争に出て疲労が蓄積し大きく悪化してしまうのだろう。
「な、なれば、戦に出ねばお主が初めに言うておった20年を生きられるのか?」
食い気味に問いかける宗滴にゆるゆると首を振って応じるディネ。
「死の因果はそれほど簡単に逃れられません。ただ、戦争に出ないようにとしても状況が貴方様を戦場へと誘うでしょう」
「そうなのか……」
明らかに肩を落とす宗滴。
常から死を恐れる事はないが、未練はあるというのが先ほどからの言動で見て取れた。それが、何に対する未練からかはさておき。
「宗滴翁、残された10年で、アンタは何を成す?」
キサラが問いを投げかける。
「何を成すにも……朝倉の家を残したいが、人を育てるには些か、いや、かなり厳しいであろう」
覇気が欠けた声で答える宗滴にキサラは不敵に笑む。
「そうか。病が死因であるのなら、病に罹らないか、病を治せるものがあればその因果、覆るかもしれないな」
「何? そのような物があると言うのか!?」
予想通りに食いついた。
尤も、このエサに食いつかない人間の方が圧倒的に少ないかもしれないが。
「もちろんだ。アタシやこのディネはどんな病も治せるし、アタシは宗滴翁を病に罹らないか、相当罹り難くする事ができる。なんなら寿命さえ伸ばせる」
「真か! もしそれが本当であれば、儂は何でもしようぞ!」
宗滴はキサラを疑う事など微塵もない。
長年の勘がキサラが信用できる人物であると訴えかけている。
戦場でも外交でも宗滴はそれを信じて幾つもの修羅場を越えてきたのだ。
今更、ただの勘だからと捨てるような事はしなかった。
もし、余命が20年、あるいはそれ以上あれば、朝倉を再生できるかもしれないという強い思いが更に後押しをする。
その結果、朝倉を離れる事になろうとも命があるのであれば、何とか足掻くことは可能ではないのかという考えが頭を埋め尽くしていた。
「よし。決まりだな。朝倉宗滴、アンタは幕府に仕える。代わりにアタシはアンタに不老長寿を与えよう」
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