第21話 キサラの日常5

 ゴーレムの動作確認? を終えたキサラらは、キサラが案山子ゴーレムを作り、菊幢丸が耐火魔法を掛けるという作業を夕刻の剣術稽古前まで続けた。

 その結果合計10体の案山子ゴーレムが完成した。


「そういえば、名前をつけないといけないかな」


「番号でいいだろう。アンタらにゴーレムの識別ができるとは思えないからな」


 キサラは識別できるんだと、全く同じにしか見えない案山子を順繰り眺めて菊幢丸は思った。


「個体の名前は番号でもいいか。何処かの嘔吐物博士も番号で名前つけてたし」


「何故、そんな名前を付けたのか親をとことん問い詰めてやりたいな。さぞ虐められたことだろう……」


 キサラは生真面目だった。


「あ、漫画の話なんで気にしないで……」


 キサラと居るとつい現代人の感覚に戻ってしまうと苦笑するしかない菊幢丸であった。

 そして漫画とは何かを説明しなければならなくなり、興味を持った彼女に7つの玉を巡って巻き起こる冒険と戦闘の物語を夜寝る前に少しずつ語らなければいけなくなった。

 とんだ千夜一夜物語の始まりであった。


 案山子ゴーレムの名前は結局、一般の兵にも分かりやすいようにと「案山子隊」と名付けられた。

 そうして夕刻の卜伝の稽古の時間、今日のキサラは道場の見える中庭にその姿を見せていた。


「ようし、打ち込み止め! 今から重しを解除してやるから息が整った者からアタシに挑んでくるといい!」


 菊幢丸の近習を鍛えているのである。

 今は、添え物の藁束に木刀を好きなように打ち込ませるのを見ていた。加重は1.4倍である。

 大分足腰が強くなり、腕の振りが良くなってきていた。

 まだ子供である連中が多いが、今の時点で大人の武士と対等に戦える下地は出来上がったと言っていいだろうとキサラは判断する。


「お願いします!」


「新三郎か。よし、来い!」


 新三郎、後の柳沢元政である。もっとも今は柳原新三郎であり、柳沢に変えたのは義輝の命だったそうなので、それを知らない今の菊幢丸が改姓を命じることはない気がする。

 まだ9歳と体躯が小さい新三郎は、自分を大きく見せようというのか、大上段に木刀を構え、大声を上げて叩き斬りに出た。


「あれ?」


 そう、叩き斬る為には振り下ろさなければならない。

 しかし、新三郎がどんなに力を込めても木刀はピクリともしない。

 何故なら、彼の振り上げ切った木刀にいつの間にかキサラの木刀の先端がピッタリと添えられて力を相殺してしまっていたからだ。


「気合はいいが、その技は相手を確実に倒せると思ったときにだけ繰り出せ。そら」


 キサラの手首が少し動いたかと思えば、くるくると新三郎の木刀が宙を舞う。

 面白いくらいに回転する木刀に周囲から感嘆の声が上がった。

 しかし、それを良く思わない者がいた。

 してやられた、新三郎本人である。

 彼はまだ精神が子供故か、その声が自分を卑しめる者に聞こえたようだ。

 慌てて転がった木刀を拾い上げると、キサラに向かって一声上げる。


「もう一本!」


 そして腰を下げて突きを繰り出していく。

 相手の了承も得ずに挑みかかるのは褒められたものではないが、キサラは敢えてそれを褒める。


「いいぞ。その気概や良し!」


 今度は受けないで避ける。

 一撃で決める気がないのは踏み込みの弱さから分かる。

 どう繋げてくるのかを見守る腹積もりだ。

 そのつもりであったのだが、新三郎は蹈鞴を踏んだ。

 どうやら避けられると思っていなかったようである。

 まあ、そういう事もあるかと態勢が整うのを待ってやる。

 そこからの攻めは子供らしく一途でありながらも、何がしかの意図を持った攻撃が数号に一度程度の割合で混ざっていた。


「ふむ。新三郎、お前は筋がいい。このまま鍛えていけば一廉の武士になれそうだぞ」


「真ですか!」


「ああ、アタシは嘘とおべっかが嫌いなんだ」


 加重訓練のお陰で体力的にはまだもちそうだったが、後が詰まっている。

 もう少し相手をしてやりたい気もあるが、頃合いだろう。

 そして、新三郎の木刀は再度、宙を舞った。


_____________________________________


 夕方の稽古が終われば、あとは夕餉を待つことになる。

 この間の時間の使い方も特に決まってはいない。

 必要があれば菊幢丸と話すこともあるし、近習達とのんべんだらりと過ごすこともある。

 稀に幕臣が顔を見せに来る事もあった。

 雇われている側だが、キサラは現在の幕府の財源を握ってるのと同じである。

 銭の使い道について報告があるのだ。

 その度に、キサラは好きにすればいい、と言っているのだが、やはり、機嫌を損ねられるわけには行かない幕府側としては、転ばぬ先の杖を突かねばならないらしい。

 それと、使い道を言っておかねば無駄になる可能性も捨てられない。

 城の防備に使用するかと検討していたら、いつの間にか城が強固なものになっていたりするのだから。

 そう言った事情等もあり、この時間帯は割と雑多な事柄を行っているのが現状である。

 そんなキサラの今日の行動はというと。


「主様、お風呂のご用意が出来てございます」


 というディネの配慮に従って入浴を楽しむことにした。

 この時代の日本は蒸し風呂が主体で、湯に浸かるのは一部の富裕層の贅沢か、温泉が近場にある者達くらいである。

 自称完璧メイドであるディネが態々、風呂に入れると言ってる以上、湯船に湯を張ったのだろう。


「そうか。では、すぐに入ろう」


 庭で稽古をつけていた以上土埃は舞うし、それが付着するのも当然だ。

 食事前に汚れているのはいただけない。

 時間がないときは、魔法の清浄でさっと済ませるが、余裕あるときにゆったりと風呂に浸かるのもいいだろう。


「あれ? キサラ、何処に行くの?」


 途中で菊幢丸と出会った。

 風呂に入りに行くというと、首を傾げて、今日はお風呂の日じゃなかったよね?と尋ねられた。

 通常この時代の城に入浴可能な風呂はない。転生者の菊幢丸が色々と難癖付けて朽木谷城には、湯船の風呂も小さいながらあるが、菊幢丸が言うように毎日湯を張ってるわけではなかった。


「また、魔法使った?」


「アタシは知らんが、ディネの奴が使ったかもしれないな」


 多分、魔石は使ってないだろう。あれは商売品だ。

 

「風呂わかすくらいなら、魔法は簡単か。いいなぁ」


 菊幢丸が羨ましがった。

 菊幢丸には沢山の魔法を覚えさせてあるが、基本は攻撃、防御、補助系の魔法がメインで生活に役立つ程度の魔法など必要ないだろうとあまり覚えさせていなかったからの発言だ。

 また、まだまだ、未熟者故に緻密な制御が必要な魔法は扱いが難しくて使えない。例としてお湯を魔法で用意するなら、今の菊幢丸だと。

 敵を押し流す流水の魔法、火を起こす火炎の魔法をうまく使えばできるだろうが、両方とも攻撃魔法に分類するため、それを生活魔法に落とし込むのは困難きわまる。

 

「入りたければ、入ってもいいぞ」


 キサラしか入ってはいけないとか、ディネでもそんな狭量ではないはずだ。


「え、いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 と、キサラの後に続く菊幢丸。

 菊幢丸10歳。数えなので実際は9歳、キサラ見た目18歳くらい。

 まあ、セーフだろうと考える。

 それにキサラなら、特に何も問題ないだろう。

 今の菊幢丸は、疲れた体を休めることと、汗と汚れを落とすことに専心していた。


「なあ、何でアンタまで脱いでるんだ?」


 脱衣所で一言、キサラに問われた。

 そういうキサラもタンクトップを脱いで奇麗な胸を晒しているが羞恥心は皆無である。


「え? 風呂に入るんだから当たり前じゃないか」


「一緒に入るつもりか? アタシはのんびりとゆったりと湯に浸かりたいんだけどな」


 ここの風呂は狭いが大人2人くらいは入れる。

 しかし。大人が身体を伸ばしてだら~んとしながら入るのなら無理だ。

 菊幢丸はキサラがそうしたいのだと察するといそいそと服を着直した。


「あ、ああ、じゃあ僕は夕飯の後に入るよ。ごめんね、邪魔をして」


「別に謝る事でもないとは思うが、まあいいさ」


 菊幢丸が脱衣所を出るタイミングと時を同じくして、美の女神が申し訳なく退場するしかない裸身を晒すキサラが浴場へと入っていく。


「そういえば、ラプシャはないんだったな……あれぐらい作れそうな気はするんだが、後で菊幢丸に尋ねてみるか」


 身体に湯を掛けて軽く洗い流してから湯にゆっくりと浸かり、ぐーっと手足を伸ばす。

 木製の湯船は石のそれと違った温かみがある。

 それに絆されるかのように優しい気持ちになれるのがキサラのお気に入りに入るポイントだった。

 この空気はのんびりするのに邪魔はされたくない。

 それが菊幢丸との入浴を拒んだ。

 身体も心も休まるとき、それがキサラにとっては入浴の時間だった。


_____________________________________


 キサラが建前として菊幢丸に仕える際に出した数少ない条件の一つ。

 それが日に三度の飯がある。

 そして、本日最後のそれがキサラの前にディネによって運ばれて来た。

 白米、味噌汁、漬物、おかず。

 一汁一菜が基本となる粗食がこの時代の日本では武将でも当たり前であった。

 ご飯も、赤米であるため、キサラの前にある、白米(コシヒカリ)はそれだけでご馳走である。

 漬物が毎回ついてくるのはせめてもの贅沢か。

 おかずは川エビを塩茹でしたものらしい。

 そして味噌汁である。

 キサラそのメニューに少しだけほっとしていた。

 流石に日に三度もご飯で驚かされる事はなかったようだと。

 ただ、少し期待してた分も本音にはあり、些か残念でもあった。


「まあ、アタシは味噌汁さえ飲めれば文句など……」


 と言いつつ、椀を一啜り。

 そして言葉を失った。

 固まる事しばし。

 再起動したキサラは更に椀を傾けて味噌汁を口に送り込む。


「……なんだ? この身体にじわっと広がって染みわたる優しい味は?」


 本日三度目の衝撃である。

 それを微笑んで見ていたディネが行儀よく腰を折りながら受け応える。


「近淡海にて採れましたシジミと申します貝の味噌汁にございます」


 近淡海、現代の琵琶湖にはマシジミが採れる。これは日本在来種である為に戦国時代でも当然の様に採取できた。


「シジミ……か」


 そういえば、書物にもその名はあったと記憶を掘り返す。

 確か二枚貝だったはず。

 箸で椀の底を浚ってみると確かに蝶番状に開いた小さな貝が沈んでいた。

 試しに箸で摘まんで身の部分を食べてみると味の大部分は汁に流れ出たのか旨味は薄いが確かに味噌汁に感じた味があった。

 

「この世界、存外に未知にして美味い物が多いな。これからも楽しみだ」


 珍しく。

 本当に珍しく、キサラは自然と心の底から微笑んでいた。

 その美しさは写真機を用いてさえもこの世に留めておけるのかと思える程に美しかった。

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