第15話 魔法産業と新しい仲間

「まあ、お嫁さんの話は今はいいんだ。もっと先の事だし……」


 心のモヤモヤを務めて無視して話題を変えようとする菊幢丸。


「そうか。アタシも気は長いからな、結婚したくなったら言え。これでも家事全般は得意だ」


「魔法で?」


「勿論可能だが、スキルとしてちゃんと習熟している。一人暮らしが長いんでな。実は大概の事はやれるんだぞ」


 さてその言葉をどこまで信じていいのか。

 金儲けはそのスキルに入ってないのだろうが、他はどうなのか?

 と、考え出して暫し、すぐに無駄だなと考えることを諦めた。

 可能性を上げればキリがないし、その可能性があたってる保証もない。

 仮に本人に聞いた場合、菊幢丸へのキサラの信頼が失われてしまったら大変だ。


「そうなんだ。ところで話は変わるんだけど……昨日の講義で聞いた魔石だけど」


「どうした? 何か分からないところがあったのか?」


「いや、そうじゃなくて。むしろ理解できたからこそなんだけど、アレを産業に出来ないかなと思ったんだけど、どうかな?」


 魔石とは何か。

 ぶっちゃければ、その辺に落ちてる石ころである。

 ただし、それはこの世界の人間にとってはの話であり、アランフォード出身のキサラでは事情が違ってくる。

 キサラ曰く、万物に魔元素は宿っているという。

 つまり、石ころにも魔元素は宿っている。

 これから、魔法使い等、魔力を扱う者達が魔元素を吸収し空になった物を空元素と呼ぶ。

 この空元素だが、放置しておくとまた魔元素を溜め込みもとにもどるのだが、その際にちょっとした加工を施して元素の強い場所に置くとその元素を吸収するのである。これが魔石だ。

 前にキサラが錬金鍋に水を張った石も魔石である。

 火の中に置けば、火を起こしたり、熱を発したりするし、風通しの良いところに置けば風を発生させ。日当たりの良い場所で太陽光を集め、明かりや熱源にできるのである。


「上手い手だ。アランフォード人では気づきもしないだろう。微々たる量だが魔力生成の助けにもなる」


「でしょう!」


 キサラの賛同を得られたとばかりに喜色を浮かべる菊幢丸。

 されど問屋はそう簡単に卸してはくれなかった。


「だが売り物とするには数が用意出来まい。作れるのはアタシと菊幢丸、アンタの二人……いや、少し手間がかかるが3人で作業はできるか……」


 少しばかり渋面を作ったキサラの言葉に閃くものがあった菊幢丸は聞いてみた。


「それって、前にシャロンが言ってた、ディネさんって人?」


「そうだ。どうせ何もしてないんだ、奴に永遠と作業させれば多少は売り物が出来るか……」


 無慈悲な言葉を吐くキサラにちょっぴり引く菊幢丸。


「それは、ちょっと可哀そうなんじゃないのかな~?」


「奴はメイドだ。それも隷属契約した絶対服従メイドだぞ。主人の意向に喜んで奉仕するのが仕事なんだ」


 隷属契約。絶対服従。何とも不穏な単語が飛び出た。

 しかし、そんなメイドをシャロンは家族じゃないのか? とキサラに聞いていたというのは、そんなに扱いは悪くないのかもしれない。


「どういう経緯でそうなったか、聞いてもいい?」


「ん? 単に奴がアタシを殺しに来たからだな」


「あ、そうですか……」


 それなら、そんな待遇も仕方ないのかもしれないな、と菊幢丸。

 ただ、頭の隅に何かが引っ掛かったのだが、それが何かはその時は気づかなかった。


「数が多いに越したことはないんだけど、富裕層や贈答向けに高額商品として売りに出して注目度を集めようかなって目的があるんだ」


 販売戦略を語る菊幢丸は、どうかな? と伺いを立てているが、果たしてそれが正しい判断かは微妙かなと思ってる。シャロンからキサラの苦手な部分を聞いていたからだ。


「ふむ。良い考えだと思うぞ。確かにこの世界では珍品であるし、数の用意も楽ではない。価値を高くして売るという案は悪くないな」


 菊幢丸の心配を他所にキサラはしっかりとした考察で応答してきた。

 どうやら、ゼロから何かを始めるのではなく、指定された条件下で物事を考える上では問題なく頭が正常に回るようだ。


「価値をどうするかは菊幢丸が良く考えろよ」


 どうやら、物の価値は分からないようである。

 菊幢丸は、魔石の価値なんて自分にも分からないんだけどと思いながらも


「ああ、わかってるよ」


 と答えた。

 これは義晴の重臣や、出入りの商人なんかと相談しないとダメかな、そう考える菊幢丸であった。


_____________________________________ 


 ちくちくちく。

 一針、一針丹念に縫い進めていく。

 キサラが今作っているのは布製の人形だ。大きさは30センチくらいだろうか。

 因みにこの布はこの世界の物ではない。

 異世界アランフォード製で、まるでゴムの様に良く伸びる。菊幢丸が引っ張ったところ2メートル近くも伸びて大層驚いていた。それでいて質感が伸びたという感触がないのだ。

 そうなると使ってる糸も異世界製で同じ性能をもつらしい。

 

「裁縫もできたんだな、キサラって」


「言っただろう。大概何でもできるってな」


「じゃあ、料理も?」


「ああ」


「ふぅん……それなのにあんな味噌汁くらいであそこまで喜ぶんだ?」


 ぴたりとキサラの会話しながらもスムーズに動いていた手が止まる。

 グリンと言わんばかりに、菊幢丸に振り向くと目尻を吊り上げた。


「お前の舌は腐ってるのか? 味噌汁こそ至上の汁物料理だぞ。どの様な具材を入れても受け止める味噌のコクと深みが分からないのか?」


「え、いやだって、出汁も入ってない味噌汁だよ?」


 キサラの迫力に後退しながら抗弁する菊幢丸。


「何? 出汁だと? 出汁とは何だ?」


「料理得意で出汁を知らないの?」


「いや、単に単語を知らぬだけかもしれないし、文化の違いもあるかもしれないな」


「ああ、そうか、出汁っていうのは……」


 菊幢丸も前世は高校生。そこまで料理に詳しい訳ではなかったが出来る限り、鰹節、昆布、煮干し、干し椎茸、はては、鶏がらや豚骨なんてものまで例に出して説明した。


「ふむ。味の基礎と言う奴か。それなら、故郷にも勿論あるぞ。だが、そうか……てっきり味噌がそれにあたるものかと思っていたが、違うんだな」


 キサラは味噌が調味料である事はわかっていたが、出汁は味噌の原料の大豆がその役割を担っているものだと考えていたのだ。

 まさか、宴会料理で出汁も使われてないスープが出されるとは予想の範疇になかった。


「しかし、そうなると菊幢丸の言う、鰹節やら昆布の出汁を入れた味噌汁が飲みたくなってきたぞ。あれで、未完成品だったとはな」


 上唇をペロリと一舐めする。

 まだ知らぬ味を想像しているようだ。


「あ~でも、昆布はともかく、鰹節は難しいかもしれないよ」


「ん? 何故だ? この国の産物なのだろう」


「今の時代だと製造技術が何処までいってるのかわからないんだよ。僕もまだ、この時代で鰹節にはお目にかかってない」


「そうなのか……未完成品でも手に入れば、菊幢丸の記憶の物を再現できるようにアタシが試行錯誤してもいいがな」


 諦めるどころか、そこまでして食べたいのかと感心してしまう菊幢丸。

 しかし、もし鰹節が本当に手に入ったらキサラに頼んでもいいかもしれないと思った。

 山城に海はないから鰹節を作れないけど、製法が魔法なしで完成するならそれを鰹の取れる所に売りつけて技術料を取るというのもいいかもしれない。


「で、昆布とやらの方は手に入るのか?」


「昆布は蝦夷で取れて、敦賀の港に運ばれてくるから、お金さえあれば比較的簡単に手に入ると思う」


「金は増やしてる最中だしな。ま、そう遠からずに手に入るか?」


「多分ね。それより、早く作業したらどうかな?」


 出汁の話をしだして以来、止まってるキサラの手を指さす。


「そうだな。さっさと依り代を作って、奴に作業させて金を作らないといけないな。昆布の為に」


 ディネというメイドさんは、キサラの位置づけでは昆布の下になるらしい。

 昆布が偉大なのか、メイドがその程度なのかは不明である。

 とにかくである。

 昆布出汁の味噌汁がそんなに飲みたいのか!?

 今までの作業速度は何だったの!?

 と言いたくなる目にも止まらぬスピードで人形を縫い上げていくキサラに突っ込むべきか否かを逡巡している間に。


「出来た」


 完成してしまった。

 見た目はのっぺらぼうで、目も鼻も口もないし耳もない。

 ただ人型をしてるだけだ。

 そう見てみれば、簡単に出来るのも当然かとは思ったが、いや、手元が残像でブレる動きは普通じゃないぞと菊幢丸は首を振った。


「おい、菊幢丸。こっちに来い」


 呼ばれるままにキサラの隣に来るとキサラも立ち上がった。

 そして、出来上がった人形を僕が居た場所に放り投げる。

 何となく扱いが雑だなと思う菊幢丸。


「おい、ディネ! 出番をやるぞ、出てこい!」


 少し大きめの声でキサラが命じると、シャロンが僕の身体から出てくるのと同じように、キサラの身体が俄かに光ると、そこから一部分が分離して転がった人形に飛び込んだ。

 そして人形が光るまでは同じであったが、今回はその続きがまだあった。

 光る人形が大きくなっていったのだ。

 徐々に膨れ上がっていき、大体170センチくらいの大きさで止まって、輝きが一層増した。

 その眩さに目を閉じ、瞼越しに光が治まったのを感じた菊幢丸が目を開ける。

 そこにあったのは無機質なのっぺらぼうな人形でなく、白磁の如く白い肌に紫水晶を思わせる瞳、恐らくは長いのであろうプラチナブロンドの髪を後頭部で丸めて纏めた、白と黒のゴシック調のエプロンドレスを気品よくまとった淑女であった。


「貴女の忠実な完璧メイド、ディネ・アーベンヘル。お召しにより参上いたしました。なんなりとご下命を、我が最高の主様」


 奇麗な礼を披露してディネはキサラに命令を乞う。


「はぁぁ……これまでに何度言ったか分からないが、アタシはお前のそういう固いところが好きじゃないと言ってるよな?」


「ですが、主様。隷属魔法で支配された主従は、ご主人様と奴隷の関係、この態度を崩すのは如何かと存じますが?」


「そんなお前の様式美など知らん! そもそも隷属魔法も、種族の本能からまたアタシを襲ってしまうかもしれないから、万一に備えて掛けてくれと願ったのはお前だろうが! アタシは奴隷を飼う趣味も他人を痛めつけて喜ぶ志向もない!」


「そんな、主様! 私をあれだけいたぶりましたのに……無かった事にいたすのでございますか!?」


「いたぶるって、ただの尻叩きだろう!」


「世では、それをスパンキングと呼ぶそうですわ」


「お仕置きだ! 子供の躾けにだってするだろう!?」


「何にしても、それで私は痛みに目覚めたのです。その責任は取ってくだされますよね、主様」


「誰がとるか!」


 聞きたいことは山ほどある。

 だが、感情豊かに吠えるキサラの姿を見ながら、菊幢丸は、面白い仲間が増えたな、としみじみと思うのであった。

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