第4話ひとごみ

 周りからの視線も集まってくる中、顔に手を当てて考える。

 人間なんて生き物は大抵メリットとデメリットで動いている。

 それなら彼女が年上だけでは無く、俺たちを先輩と呼んでいることにもメリットがあるはず。

 それも俺という個人ではなく、大多数を狙ったもの。


「いや……どうでもいいか」

 

 色々な考えが頭をよぎるが、所詮は想像でしかない。

 あまり興味もあるわけでもないし、今は他の人たちに挨拶しているみたいだし、このまま立ち去ろう。




 

「はい、入学式はこちらでございます」


 Dランクの校門を通り、警備員から誘導される人混みの流れにそったまま歩き続ける。


「うぉ…………でっけぇ」

 

 思わず漏れ出る声に、上を見上げてしまう。

 サッカーワールドカップを開催する、そう言われたら信じてしまいそうになる程。

 大きく、綺麗な白色に光沢された楕円のドームが鎮座する。


「宇宙船って言われたら信じちゃいそうだ」

 

 伸縮式なステンレスの棒からテープが伸びる柵が人の流れを制限し、ネットでしか見たことないライブやコミケのようなイベント会場と思うぐらい人がごった返す。


「はいはい、押さないで、押さないで」


 そう大声が聞こえた瞬間、後ろから押され、立ち止まる暇もなく人混みに流され。

 転んだら死ぬ、この人混みに抗ってはいけないと流れに身を任せてドームの中まで歩き続ける。


「うぉーー、来たのか?! 見えっか?」

「押すなって!! まだ誰も来てねぇって!!」

 

 そして気がつけば。

 沸き立つほどの歓声が聞こえ、まるでお祭りのように人がぎゅうぎゅうとなっている場所へ辿り着いた。

 警備員が手を広げ、その場にいた新入生たちは誰もが空港で出待ちをしている人たちのようにソワソワしていた。


「——っゔ」


 フッ、と枝分かれし、ベタベタした長い黒髪が顔に張り付き。

 汗と皮脂が混ざり合ったような……腐った卵、長年放置された屋敷のカビ、とにかく形容する事も難しいゴミ処理場を顔の上に建てられたような匂いだ。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさいッ!」


 髪をどかし、鼻を押さえる。

 周囲を確認すると同じように鼻を押さえ、臭いの原因を探す人々に溢れているから俺の鼻がおかしい訳でもない。


「す、すみません、すぐに行きますから」

 

 他でもない、退かした髪の持ち主である女の子はボサボサな頭をパッと申し訳なさそうに抱え。

 そして俺の顔をチラリと見ると「ごめんなさい」と小声をかけ、半ば無理矢理人混みをどかして消えていった。


「一体、何ヶ月洗ってないんだろ……髪が長いとお風呂も面倒って聞くもんな」


 少しだけしか顔は見えなかったけど、メイクもしてなかったようだし面倒がり屋か?

 俺と同じように人混みの中に入るつもりはなく、流されて来てしまったって感じだろうな。


「それにしても一体、なんの人混みなんだ?」

「生徒会長がちょうど来るらしいですよ、先輩」


 ふぅ〜ん、生徒会長、ねぇ。

 確か、今をときめくネットでも引っ張りだこな清楚系なマルチタレントだっけ。

 自然と脳裏に浮かぶストレートで綺麗な黒髪に、その影響力を嫌という程感じる。

 万人に好かれ、嫌われている人を探す方が難しいんだよな。

 まぁ…………俺は嫌いだけど。

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