第13話 後編
「浅田を呼び出しておいたから、今から来い。例の
朝一の電話口で、宮永さんからそう告げられた。
昨日、警察署で和住は隠し持ったスマホを通話モードにしたまま、浅田と話していた。俺はそこで奴らの会話を聞いた。
すると、浅田は相棒の刑事を追い払って、警備という名目で幸希と二人きりになろうとした。
俺はその瞬間、浅田が幸希に何かしようと企んでいると確信した。
俺は和住に、浅田をどこかで撒いて、あの場所で落ち合おうと指示した。
――凛からの頼み事なんて珍しいからな。むしろ、もっと言ってほしいもんだね。
俺はあの時の言葉を思い出し、ダメもとで宮永さんを頼った。
ほとぼりが冷めるまでの間、幸希を宮永さんの元で匿ってほしい、と。
その間に、俺は「幸希に手を出すな」と浅田に直接頼むつもりだった。つまり、「幸希の代わりに、石井殺しの実行犯を始末してくれ」ということだ。
金で解決するのならば、いくらだって出すつもりだった。
万が一、浅田が俺の交渉に応じないようならば、あいつを殺すくらいの覚悟はあった。
宮永さんは意外にも、俺の頼みをあっさり了承してくれた。
その上、次の日には「浅田を呼び出しておいたから、今から来い」と、浅田との交渉の場を勝手に用意した。この部分に関しては、正直有難迷惑だ。
浅田とはいずれ直接話すつもりだったが、こちらにも心の準備というものがある。
なんせ、下手すれば俺は浅田を殺すことになるかもしれない。
流石の俺でも、次の日の朝いきなり腹を
宮永さんはそれを分かっていながら、俺の困った顔が見たいがために、浅田との話し合いの場を用意したのだろう。
本当に悪趣味な人だ。
宮永さんに呼び出された駐車場で浅田と対峙した。
「いやぁ、酒々井さん、お久りぶりですねー」
浅田はヘラヘラと張り付けたような笑みをこちらに向けてくる。
「大方の話は宮永さんから窺っていますよ。いやだなー、私が一般市民を傷つけたりするわけないじゃないですかー」
浅田は俺の肩を掴むと、口を俺の耳元に寄せる。
「……まあ、お前が上手いこと俺に口裏を合わせてくれるなら、の話だがな」
浅田は突然物腰柔らかな口調を崩し、どすの利いた低い声で俺を脅してきた。
これがこの男の本性だ。
「やっぱり石井を殺させたのはお前か」
「何のことだろうなぁ?」
浅田はこの期に及んで、とぼけたように首を傾げる。
「まあ、仮にお前の
浅田はケタケタと笑う。
「……お前、昨日彼女に何しようとした?」
「何って、何も?」
「とぼけんじゃねぇよ。テメェの相棒と和住追い払って彼女と二人きりになろうとしただろ」
俺の言葉に、浅田は吹き出した。
「あはははっ!俺は結構寛容な人間でねぇ。人間、一度くらいは失敗することがあるだろ?俺は一度の失敗は見逃してやるんだ。だから、あの半グレに『日付が変わるまでに女を殺せ。次しくじったらお前を始末するから』って言っておいたんだ。俺はその手助けをしてやろうと思っただけだよ」
俺が思った通り、浅田は幸希を実行犯に殺させるつもりだったようだ。
俺はヘラヘラとした軽い態度で話す浅田を見て、今にも殴りかかりたくなる。
右の拳がブルブルと震えるのを必死に抑えた。
「俺のことを殴るのは大いに結構だが、そしたら公務執行妨害でしょっぴいてやるよ。あと、俺が今話したこと他の奴らに喋ったら、あの女犯してその写真ばら撒いてやるから覚悟しろよ」
浅田はそう言ってニヤニヤと笑う。
俺ははらわたが煮えくり返りそうだった。
殺したい。
殺して、こいつの減らず口を塞いでやりたい。
浅田は怒りに震える俺を見て、嘲り笑う。
「でもまあ、いい収穫があったよ。なかなかしっぽ出さねぇ酒々井くんの
浅田はヘラヘラと笑いながら、俺の背中をバシッと叩いた。
浅田がいなくなり、幸希が車に戻った後、宮永さんと少し話した。
「いいんですか?石井を殺されたっていうのに、浅田をあのままにしておいて」
「うちだって、ポリ公なんかと揉めたくねぇんだよ。石井はどこでも揉め事を起こす奴だったから、オヤジも手を焼いてたんだ。遅かれ早かれ、奴はどっかのタイミングで誰かに
組員を殺されたというのに、あっけらかんとした態度の宮永さんを見て、「なるほど」と納得した。
「つまり、カシラは石井より浅田のほうを取ったってわけですね」
宮永さんはどうやら石井殺しの落とし前をつけるよりも、浅田を手駒として利用するほうを選んだようだ。
先ほどの口ぶりから察するに、宮永さんと浅田は陰で癒着していると考えて間違いないだろう。
だから、宮永さんはこんな短時間で浅田を呼び出せたのだ。
すると、取り巻きの組員の誰かが俺に向かって「口の利き方に気を付けろ、クソガキ」と言ってきた。
それに対して、宮永さんは「いーよ、いーよ」と手を振る。
「人聞き悪いなぁ。俺だって、あんなサイコ野郎と関わりたくねぇよ」
宮永さんは「それに」と付け加えて、俺の肩に腕を回した。
「――お前があいつを撃ち殺してくれても構わなかったんだぜ?」
宮永さんはそう耳打ちをした。
どうやら宮永さんには、俺の腰のベルトに挟んでいる
「つーか、さっきの子、あの弁当屋の子だよね!?いつの間に仲良くなったんだよー!お手手繋いじゃってさー!」
宮永さんは俺の肩から腕を下ろすと、先ほどとは打って変わって、おどけたような態度で茶化してきた。
先ほど幸希と手を繋いでいたのは、彼女が浅田を警戒しているようだったので、少しでも不安を和らげようと思っただけだ。
今思うと、宮永さんをはじめとした大勢の組員に、なかなか恥ずかしい姿を見られてしまった。
「ハァ……。今回はいろいろ迷惑をかけてしまってすみません」
俺は面倒だったので、宮永さんの茶化しを無視した。
「別に構わねぇよ。血相変えたお前の顔なんて何年ぶりに見ただろうな?それに、お前が女に入れ込むなんて意外だな」
「別に入れ込んでるわけじゃないですよ」
宮永さんは「照れるなよー」とゲラゲラ笑う。
「けど、気を付けろよ。あの子がお前の女って知れたら、いろんな奴らに目をつけられるかもな。お前を死ぬほど恨んでる人間なんてゴロゴロいるわけだし。浅田だって、あの子を使ってお前を脅すかもしれない。……あの子が大事なら、完全に縁を切るか、手元で囲っておくか決めろよ」
宮永さんは軽い調子で言ってきたが、内容自体はしっかりとしたアドバイスだった。
俺も初めは、ほとぼりが冷めたら幸希とは縁を切ろうと考えていた。
しかし、彼女の気持ちを受け入れた今、そう易々と手放せるほど、俺は利口じゃない。
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