赤い靴

菜の花のおしたし

第1話 回想

「ねぇ、そこのお嬢さん、私そろそろ家に帰らなきゃ。夕食の支度があるの。」


「ナミコさん、もう、晩御飯の支度は済みましたよ。心配されなくても大丈夫ですよ。」


「あら?そうだったかしら。

嫌ねぇ。忘れっぽくなっちゃって。」


ナミコさんは83歳。

認知症でこの施設で生活しているの。

ひとり娘さんはちゃんと来てくれるんだけど

それもわからなくなってる。

お孫さんを娘さんだと思ってるみたい。


「あぁ、あの歌が聞こえるわ。」


そう、ここは港から近いから夕方になると

この曲が流れる。

ナミコさんは、窓から夕日を眺めながら

歌う。


「ナミコさん、この歌に何か思い出が

あるんですか?」


「、、。そうね。

あれは、戦争が終わったあとね。

父は戦死してね。母は結核になってね。

私は孤児院に入れられてね。」


ナミコさんが昔話をしてる?

しかも、いつもの辻褄のあわない様子じゃない。


「それで?」


「外国人の人がね、子供が欲しいってね。

私が選ばれたの。

私、絶対に嫌だったの。だってお母さんが

いたもの。

それでね、サヨコちゃんに頼んだの。

サヨコちゃんと私は歳格好が似てたから。

サヨコちゃんは、もう、空襲でみんないなくなったから、いいよって。」


「そうなんですね?それで?」


「シスターに頼んだの。シスターはわかったから安心しなさいと言ったわ。

その日、サヨコちゃんは私の代わりにね。

綺麗なフリルの襟のブラウスと赤いワンピース

赤い靴をね、履いてね。

去っていったのよ。」


「サヨコさん、孤児院より、外国人のご夫婦に

養子になった方が幸せだったんじゃないですか?」


「そうね。

しばらくして、サヨコちゃんから手紙が届いたの。毎日、楽しいって。食べ物やお菓子の事なんかが書いてあったかな。

ご夫婦も優しい方だったみたい。」


「それは、良かったですね。」


「そうね、、。

朝鮮戦争が始まってね。サヨコさんの養父さんは軍人だったから行ったのね。

そしてね、亡くなったの。」


「ええ?

それで、サヨコさんはどうなったんですか?」


「最後の手紙が荷物と一緒に届いたわ。

赤い靴が入っていた。

養母さんがね、精神的な病になられてね。

海の向こうの孤児院に入ることになったってね。」


「ナミコさん、、。」


ナミコさんは泣いていた。


「サヨコちゃん、どこにいるの?

あの赤い靴あるわ。取りにきて。」


あかいくつ

はいてた おんなのこ

いじんさんに

つれられていっちゃった



ナミコさんは一晩明けたら、昨日の事はすっかり忘れてしまったようだった。

ほんの一瞬の正気の時、あれは、そんな

時代だったのよと教える為だったのかも

知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る