純文学

『スティル・ライフ』by.池澤夏樹【★★】

私が文学というものに興味を持つキッカケとなった一冊です。

以下、学生時代に書いた感想になります。

今読んだら、また違った感想を持つかもしれませんが、私の中で池澤夏樹先生は、永遠に尊ぶ御方です。


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▼▼▼(※以下、作中から一部抜粋。)▼▼▼

彼は手に持った水のグラスの中をじっと見つめていた。

水の中の何かを見ていたのではなく、グラスの向こうを透かしてみていたのでもない。

透明な水そのものを見ているようだった。

「何を見ている?」とぼくは聞いた。

「ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って」

「何?」

「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると、光が出る。それが見えないかと思って」

「見えることがあるのかい?」

「水の量が少ないからね。たぶん一万年に一度くらいの確率。それに、この店の中は明るすぎる。光っても見えないだろう」

「それを待っているの?」

「このグラスの中にはその微粒子が毎秒一兆くらい降ってきているんだけど、原子核は小さいから、なかなかヒットが出ない」

彼の口調では真剣なのか冗談なのかわからなかった。


▲▲▲(※上記、本文から一部抜粋。)▲▲▲


上の文章から解る通り、かなり理系的な話が飛び交います。

これは、作者である池澤夏樹先生が理工学部物理学科に所属していた為でしょう。

そんな理系人による文学作品というのは珍しく、独特の内容だという話を予備校の現国の先生から聞いた事があります。

現国のセンター勉強をした人ならば、この文章を読んだ事があるかもしれませんね。

かくいう私も、現国の文章に抜粋されていたものを読んで、池澤先生の作品を知りました。

そして、その作品に惹かれたのです。


池澤先生の事は詳しく知りませんが、その文章の独特さは、読んでみれば解ります。

その代表的な文章を挙げてみましょう。


▼▼▼(※以下、作中から一部抜粋。)▼▼▼

雪が降るのではない。

雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。

静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。

ぼくはその世界の真中に置かれた岩に座っていた。

岩が登り、海の全部が、膨大な量の水のすべてが、波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。

雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。

▲▲▲(※上記、本文から一部抜粋。)▲▲▲


雪に対してこのような表現を使える作家が他にいるのでしょうか。

私は、あまり文学作品には疎いので、断定は出来ませんが、この文章だけで、池澤先生の文章がどうゆうものなのかを明確に伝える事が出来るでしょう。

読んでいて、納得してしまう。

あぁ、そう言えば、そんな感じがするな、と思わされる。

または、普段見慣れている景色に、そんな見方が出来るのか、と感嘆する。

私は、池澤先生の文章が大好きです。

書いてある事は複雑そうなのに、読みやすくて、その上すっと自分の感覚に置き換えられる。

違和感を感じない。

それは、私が池澤先生の感覚と似ているからなのかもしれませんが、きっと他の人も同じように感じる筈だと信じたい。


テーマ性については、ぶっちゃけ、結局何が言いたいのかが明確ではなく、私にはよく解らない作品でした。

特に『スティル・ライフ』に載せられた、もう一つの作品『ヤー・チャイカ』は不思議です。

現代の生活と、その合間に出てくる、恐竜を飼っている女の子。

普通に考えて恐竜なんていませんからね。

何かの比喩かな、とも思うのですが……何だろう。

文中で女の子は「新しい自分になる」と言っています。

他の登場人物たちが転職をしたり、新たな道を見付けている事から、そうゆうテーマ性を含んでいるのかな、と予測は出来ます。

作者が大学を中退している事からも、それが解る。


しかし、それ以上の事を考えるには、私のおつむが足りないのでしょう。

でも、池澤先生の作品は、私の中に易々と入ってきます。

読みやすいというのもあるけれど、それだけ内容に含みがあるものだと私は思います。

読み終わった後、自分も何か自由に人生を動き回ろう、と思わせる何かが、あるのかもしれません。

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