第22話ククルの交渉


 行商人の荷馬車に載せてもらい、次の町へ私たちは向かっていた。

 ほとんど空の荷馬車に残ったリンゴと梨を合わせて一〇個と乗車賃を合わせて銅貨二五枚。


 最初は銀貨一枚ならいいと言われ、私はそれなら、と握手をしようとしたとき、ククルが交渉してくれたのだ。


「僕たちは、おじさんが行く次の町に行くんだ。で、いいよね、アルベール?」

「え? ああ、はい」


 と、私が目を点にしていると、ククルは行商人に続けた。


「荷馬車はほぼ空で、なーんにも荷物ないじゃん。安くてもいいから僕たち載せたほうが得だと思うけどね。でも銀貨一枚はさすがに吹っ掛けすぎ。荷物の果物と次の町までの運賃、合わせて銅貨一五枚。それが無理なら、急ぐ旅でもないから他に乗せてくれる人を待とうかなー?」


 ぐぬぬ、と唸った行商人だったが、ククルの言に一理あることを認めて、交渉のすえ、銅貨二五枚で成立した。一五枚というのは、ククルも吹っ掛けた値段だったらしい。


「アルベールは、やっぱり身なりのせいで舐められるんだよ。貴族かお金持ちに見えるから、交渉するときの最初の金額が普通の人より高く吹っ掛けられるんだと思う」


 果物一個の値段や宿の価格などの相場は理解しているが、さっきのような物とサービスを合わせた価格になると、相場がわからなくなる。

 ククルは高いと思った額を、私は適正の範囲だと思った時点で、まだ貴族感覚が抜けきっていないようだ。


 利口な旅の供は、リンゴをしゃくっとかじった。


「ククルのおかげで半額になりました」

「へへへ。僕だって、ちょっとくらい役に立つんだよ」


 私はまったく気にしてなかったが、リオンは夜目が利いて空が飛べて、歩き旅のサポートをしてくれる。ミロは鼻が利くので、何かあるといち早く感知してくれる。


 そんな二匹と自分を比べて、役割がないことを気にしていたらしい。

 私としては、話しかけたら会話してくれるだけで十分ありがたいのだが。


「ねえねえ、次の町では、アルベールの服を買おうよ」

「そんなお金ありませんよ」

「その服、売ったらいいんだよ。上着だけ売っても一式そろうと思うけどね」


「これは、気に入っている上着で……」

「そのせいで勘違いされるんだよ?」


 たしかにその通りではある。

 身なりで私のことを誤解する人がこれまで多くいたので、手放してしまってもいいのかもしれないが、気に入っているので中々決心がつかない。


 人さらいを追い払って、一晩すごした私たちは、晴れた翌朝、リオンの助けもあり森を抜けることに成功した。


 そしてこの行商人が通りがかった。

 現在地はなんとなく把握しているが、行商人が目指している次の町がどこなのか、実ははっきりと聞いていなかった。


 退屈になったククルが寝ているミロを起こして吠えられている。

 私はミロを窘めて、行商人に尋ねた。


「どこを目指しているのですか?」

「なんだよ、兄さん。知らずに乗ってたのかい」


 よっぽど辺鄙な場所でなければ、どこに向かってくれてもいいのだ。


「明確に目指す目的地があるわけではなかったので」

「いいねえ、気ままな旅は。……オレも退屈してたところだ。どこに行くか当ててみなよ」

「いいでしょう」

「タダってのもつまらねえ。銅貨一枚賭けよう」

「わかりました。やりましょう」


 あの人さらいの森の位置を思い出し、周辺地図を思い浮かべる。

 行商人が通りそうな最寄りの街道。ほとんど空になりかけの荷馬車。よく見ると、荷馬車の隅に幌が畳んで置いてある。


「ベルベルの町」

「それでいいかい?」

「はい」


 チッ、と行商人は舌打ちをして、後ろに銅貨一枚を放った。


「っと」


 私はお金を両手で取った。


「正解だよ。よくわかったな」

「残っていた果物は、あまり状態がよくなかった。前の町での売れ残りでしょう。やってきた方角からして、前に訪れたのはオモレの町でしょうか。あそこは、町も大きく、果物の砂糖漬けやそれを使ったお菓子が有名です」


 ははは、と行商人は笑う。これも当たりらしい。


「オモレの町から行商人が向かうとすれば、ベルベル。とくにこの季節は」

「兄さん、詳しいねぇ」

「次に買いつけるのは、フジタケですか?」


「ご名答。ベルベルではこの季節、フジタケがよく採れる。これがまあ、よそじゃ高く売れるんだ」

「あの香り高いキノコは、貴族が好んで食べていますから」

「ああ。そういうことだ」


 本当に詳しいなあ、と私をまた褒めた。


「兄さんみたいな身なりがいい優男は、気ぃつけたほうがいい。このあたりは、人さらいがいるらしい。道ではぐれたら最後。次に再会するときは、死体か奴隷になってるって話だ」

「気をつけます」


 すでに体験したとは言わず、私は忠告を受け止めた。この人ともう一日出会うのが早ければ、あんなことにもならずに済んだのだろう。


 あの人さらいたちは、手慣れていたので常習犯だったのだろう。

 懲らしめておけばよかったな、と今にして思う。




 それから、馬車は道なりに進み続けた。

 私も退屈だったので御者を行商人から変わってもらったり、ククルに扱いを教えたり、のんびりとした時間が流れた。

 町の外郭が遠目に見え、ククルが快哉をあげた。


「やっと着くー!」


 じっとしていられない性質のククルには、荷台に乗りっぱなしというのは苦行だったに違いない。


「兄さん、通行証はあるかい?」

「ええ。ありますよ」


 ほら、と私はケインからもらった通行証を見せる。


「ククリシュラの……。あそこは、個人に持たせることはなかったはず」

「そうなんですか?」


 私が領主だったときは、何人にも通行証を発行したことがある。


「ああ。自分のとこが出した通行証を持ったヤツが、よその領地で大暴れしたら多少責任を問われる。オレたちは、通行証じゃなく通行料で町を行き交いしてるからな」


 行商人が私を見る目がすこし変わった。


「兄さん、ククリシュラの偉い人にずいぶん信用されてるんだな」

「どうでしょう」


 そう言って私は誤魔化した。私のことを慕ってくれる次期領主がいるので、当たらずとも遠からずといったところか。

 町の入口が近づいたところで、ククルがぴょん、と飛び降りて走り出した。


「わふわふ」


 ククルに誘われるようにミロも飛び出してあとを追いかける。


「いやはや。元気な子供とワン公だ」

「同意です」


 同じ姿勢を続けていたせいで、体が凝ってしまっていた。ククルのように急に動き出すことは難しく、うんと伸びをして首をぐりぐりと動かして準備を整える。


「ありがとうございました」

「こちらこそ。退屈しないですんだよ」

「商いの成功をお祈りします」

「ありがとよ。旅の無事を祈ってる」


 私と行商人は握手を交わし、荷物を手にして荷台を降りる。


「アルベール、早く早くー!」


 門の前で元気いっぱいにククルが手を振って、足元ではミロがゆっくり尻尾を振っていた。

 肩にリオンが止まり、私はまた新しい町に向かって一歩踏み出した。




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