第3話半獣の子

 日が沈む頃、キューレルの町に到着した。


 門兵に行商人が通行手形を見せることで滞りなく中に入ることができたから良かったが、私一人だったら入ることもできなかっただろう。


 普段なら問題なく入れるのだが、あいにく私はすでに貴族ではない。ここでも行商人に助けられた。

 まだアルベール・ドラストだと名乗れば通れるかもしれないが、今後を考えれば通行手形は持っておくにこしたことはないだろう。


「旦那様。またどこかで会いましょう!」

「ええ。親切にしていただいてありがとうございます」

「こちらこそ!」


 私を送ると、行商人は町をあとにした。


「まずは一晩の宿を探しましょう」


 会話はできないとわかっていながら、リオンについ話しかけてしまう。


「むー」


 キューレルの町は視察で何度か訪れたことがある。

 ここは、近隣地方では比較的大きな町であり、物資の経由地点でもあるため人も物もたくさん集まった。


 賑やかになりつつある大通りは、店先に吊るされたランタンに火が入れられ、それがぼんやりと道ゆく人々を照らし出していた。

 手持ちは銀貨一枚のみ。

 標準的な宿に一泊できるほどなので、今後を考えると宿の質は下げざるを得ない。

 屋根と床があり雑魚寝できる旅人用の宿にしよう。


「そんなぁ!」


 宿を探しながら歩いていると、少年の声が響いた。

 周囲の人も何事かと一度声がしたほうに目をやっている。

 歩を進めていると、半獣の男の子と露店商が何か言い合いをしていた。


「薄汚ぇ犬小僧に売る商品はねえんだよ」

「おっちゃん言ったじゃんか! お金があれば売ってやるって」

「おめえには売りたくねえ。それだけだ。わかったら帰んな。お客さんの邪魔になる」


 露天商は顔をしかめながら、シッシ、と男の子を手で払う仕草をする。


「僕だってお客さんでしょ!」


 往来を行く人たちは、足を止めて遠巻きから様子をうかがっている。

 この町で亜人種は珍しい。ただでさえ人目を引いているのにこの騒ぎだ。


 獣人と人間の間に生まれた子を半獣と呼ぶ。獣人は顔も獣により近く、身体能力や感覚器官も獣寄りだ。半獣は逆で、顔は人間に寄っており身体能力や感覚器官は獣人よりも劣るが、そのぶん獣人より知能が高い。


 私も周囲にならって足を止めると、リオンがふわふわの翼で抗議するように耳を撫でてくる。


「リオン、くすぐったいからやめなさい」

「むうー、むうー」


 私が余計なことに首を突っ込もうとしているのがわかるのか、普段無反応なのにぶんぶんと首を振っている。

 可愛いが、それでは私は止められない。


 その露天には、雑多な物が置いてあった。工芸品やアクセサリーや、一体誰が買うのか遠方の民族が使う悪魔の仮面がおいてあった。


「どうかしましたか?」


 私が尋ねると、露天商は表情をころっと変えた。


「いらっしゃいませ。ご旅行ですか?」


 愛想をふりまくその足元で、半獣の男の子は不満げに頬を膨らませている。


「いえ、さっきこの子と何か言い合いをしていたので、どうしたのだろうと」

「あはは……見られてしまいましたか。こいつが、このネックレスを買おうっていうんで、断ってたところなんです」


 ネックレスは、指先ほどの小さな青い宝石がついているもので、値段は銀貨二〇枚と書いてあった。


「お金はあるんですよね?」


 ぶんぶん、と少年は首を縦に振った。


「どうせ、どっかから盗んできた金なんでしょう」

「違うよ!」

「騒ぐんじゃねえ!」


 少年が大事に持っている革袋を見せてもらうと、たしかに銀貨二〇枚が入っていた。

 汚れているものもあるが、確かに銀貨だった。


「母さんが大事にしてたネックレスで、前に誰かが盗んだんだ。それを買おうと頑張って仕事したのに! 金は金だろ!?」

「ギャアギャアうるせえガキだな。んなこと知ったこっちゃねえんだよ。テメエが持つよりももっと価値がわかる人が買ったほうがいいに決まってんだろ」

「そんなぁ……」


「確かに良い品ですね」


「わかりますか?」

「ええ。石は小さいですが、綺麗にカットされています」


 手に取り、ランタンに宝石をすかして確認する。


「うん……銀貨二〇枚も妥当な代物ですね。石の中に不純物が何もないので持っているだけちょっとした財産になります」

「ははぁ、お目が高い」


 そうですとも、そうですとも、と揉み手で商人はニコニコと接した。

 そんな代物とは知らなかったのか、ネックレスを返すと、同じようにして商人もランタンの明かりにすかして石を確認していた。


 母親のネックレスが褒められたのが嬉しかったのか、少年は満足げで、私は彼の手にあった財布代わりの革袋をひょいと掴んだ。


「あ、ちょっと――」

「これは私が預かりましょう」

「えっ……!?」


 心配そうに表情を曇らせた少年をよそに、私は商人に革袋を渡した。


「これで私に買わせてください」

「うん? ええっと……ええ、ええ、いいですとも」


 一瞬わからなそうな顔をした商人だったが、すぐに了承した。


「それ、僕の金! 何勝手に買ってるんだよ! 泥棒!」


 少年に太ももを殴られ、足をゲシゲシと蹴られる。


「むうー!? むむむぅ!」


 ふわっ、ふわっ、とリオンが翼でまた抗議してくる。


「くすぐったいからやめなさい」

「まいどどうも」


 私はもらったネックレスを懐にしまった。

 大通りから歩き出すと、少年もついてきた。


「ちょっと! おい、泥棒! それ、母さんの――! 僕の金で――!」


 人けがなくなったところで、私は懐からネックレスを取り出した。


「どうぞ」

「え? あ、うん……」


 拍子抜けしたのか、少年が目を丸くしている。

 大事なお金を勝手に使って、母親のネックレスを買った泥棒を捕まえる気だったんだろう。


「な、なんだよ。最初からそうしろよな、おっさん」

「お、おっさ……ん」

「むーぅ……」


 おっさん呼ばわりにヘコんでいると、リオンが切なそうにうなずいた。

 自覚はしている。三五歳はもうお兄さんではないのだと。

 だが面と向かって言われると、衝撃はなかなか受け流せるものではない。

 仕切り直すように、私は咳払いした。


「預かったお金で私がネックレスを買って、そのあと誰にそれをあげようとも私の自由ですから」


 あの商人がこだわったのは、売る相手。

 幸いにも身なりは上等なので、あとは宝石の知識を少しだけ示してやれば、私に売らない理由はないだろう。


 お金はお金で、客は客。

 あの商人もそれは理解していたのだ。


 町や地方によっては、まだ亜人種に対して根強い差別感情が残っている。内陸地ではそういう場所が多く、町に入れないなんてザラにあるので、ここはまだマシといってもいい。


 人目がある場所で半獣の子供に商品を売ると、「そういう店」だと周囲に知られ敬遠されてしまうことも最悪ありえる。


「なんだよ、もう、びっくりしたなぁ」

「むっむー」


 ほっと胸をなでおろす少年とリオン。

 少年は空になった革袋にネックレスをしまった。


「本当は、キューレルには近寄るなって母さんからキツく言われてたんだ」

「でしょうね」


 中心的な商業都市なのに、亜人種はこの子以外いなかった。

 人間しかいない町は、亜人種にとって居心地がいいとは決して言えない。


「でもここにあのネックレスがあるってわかったから、どうしても取り戻したくて……」


 私は少年の頭をなでた。


「仕事、大変だったでしょう。よく頑張りましたね」

「えへへ」


 照れくさそうに少年は笑った。


「おっさん、貴族なのに良い人なんだね」

「おっさん……」

「むうむう……」


 リオン、悲しそうに同意するのはやめなさい。


「貴族ではもうないのですが」


 私はひとまず否定して続けた。


「余計なことに首を突っ込むのは性分なので」

「いいね、それ。僕も誰か困ってたら、おっさんみたいに力を貸せるくらいのオトコになるよ!」

「私はアルベールと言います。頑張ってください」


 もしかすると、私の名前を知らないからそう呼んでしまうのでは、と思い名乗っておいた。


「何にもお礼できないけど、これあげるよ。この町の何かの割引券みたいだけど」


 文字が読めなかったのか、キューレルの町にある宿屋のタダ券だった。

 私には、銀貨よりも宝石よりも何よりも輝いて見えた。


「ありがとうございます! 助かります」

「へへ。じゃあね、おっさん!」


 名乗ったのに、やはりそう呼ばれるのか。


「むぅぅ」


 リオンが慰めるように翼で私の肩を叩いた。




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