バカな意地だと笑ってよ

嬉野K

苦手です

第1話 片思い

「私はクズですし、これからもクズでありたいと思っています」


 彼は会話の途中で、突然そんな事を言い始めた。


 クズでありたい……そんな言葉を聞いたのははじめてだった。


「な、なに……? なにを、言っているの?」

「クラスの和を乱してケンカを売って、そんな人間が強い人間なわけがないですよ」それはそうかもしれない。「私は集団を壊すような人間です。相手を傷つけてもなんとも思わない……そんなクズみたいな人間なんですよ」


 クズだとは思わない。彼はきっと……優しい人間なのだと思う。


 いや……それはボクの幻想だろうか。思えばボクは彼とまともに会話をしていない。話したのだって今日がはじめてだ。


 ボクは彼のことを何も知らない。名前が珍しくて、かなりの変人で偏屈な人間であることしか知らない。そこそこ知っているような幻想に囚われていたが……おそらくそれは彼の表面でしかない。


「ですから、私みたいになりたいと小心こごころさんが願うのなら……それはオススメしません。見ての通り私は孤立していますし、わざわざそんな状況に足を踏み入れることもないですよ」


 ボクは……孤立したいのだろうか。それとも、まだ今の地位に固執しているのだろうか。


 集団の中にいるのは苦痛だ。だけれど孤独も怖い。


 彼のように孤独に耐えられる強さがないのだ。だから中途半端に集団に染まっている。


 そんな状況を打開したいと思う。同時に……今のままでも構わないと思ってしまう。


「とりあえず私が言えることは……今の自分を認めてあげてください、ってことですかね。それ以外にはないですよ」


 今のボクを認める。

 そんな事ができるのだろうか。ボクはこんなにも私が嫌いなのに。


「人生相談は、これで終わりでいいですか?」

「……うん……」これ以上は無意味だろう。「……ありがとう……」


 実際、少しだけ気が楽になった。今のボクを認めてくれる人にはじめて出会った。


「では」彼はカバンを背負い直して、また教室の外に向かって歩き始めた。「また明日」


 そういった彼の背中をボクは黙って見送る……はずだった。


 このまま彼が帰ってしまったら、もう彼との接点はなくなるだろう。競技大会まで彼とは敵対する可能性が高いのだから。


 それでいいのか、とボクは思う。今のボクは彼に興味がある。ならばここで関係が途切れることは望んでいないはずだ。


 いつもなら……ここでボクは逃げていたと思う。現状に甘んじて行動しなかったと思う。


 だけれど……


 行動して失敗したとしても……そんな自分を認めてあげたいと思った。


「ま、まって……!」また彼を呼び止めてしまった。「何度も呼び止めてゴメン……その……」

「……なんでしょうか」

「私は……」ボクは……「キミのことを、もっと知りたいの」


 そんな事を言ってしまった理由……本当はわかっている。


 もうボクは、彼のことが好きなのだと思う。ボクにはないものを持っている彼のことが気になっているのだと思う。片思い、しているのだと思う。


 とてもしょうもない片思いだ。ちょっと助けてもらっただけで、なんか勘違いして好きになってしまっている。


 そりゃ彼は顔だって悪くないし頭だって良い。クラスではちょっとばかり孤立していて変わり者で、クラス全員の敵になりかけている男の子だ。


 そんな彼のことがボクは……好きなんだと思う。恋をしてしまったのだと思う。


 ……


 場違いな恋をしてしまう自分のことも、できることなら認めてあげたい。そう思ったのだ。


 そんなこんなで彼を呼び止めて、ボクたちの関係は始まった。


 それは他の人には内緒の、秘密の恋だった。

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