あやかしい

晴れ時々雨

🦊

むかし縄跳びしていて、ちょっと怖いことがあったんです。その、昔といっても私は物心がついておりました。調べましたら、物心とは3歳前後らしいので、それよりはその数倍程度はいっていたようです。当時をなるべく克明に思い返すと、そのときの私は制服姿でした。確か部活帰りだったように思います。でもおかしいんです。制服を着用し、部活に所属している時期の私は活動中に体操着に着替えており、いちいち帰宅時に更衣するということがなかったんです。ですから下校時には体操着姿のはずなんです。それが何故かあの時の記憶の中の私は制服を着ている。どうしてそれがわかるかというと、縄跳びの際に裾のことが気にかかった記憶があるからなのです。しかも当時の部活の終了時刻は遅く、下校時はいつも辺りは真っ暗でした。もちろんその時だって。縄跳びを思い浮かべると、小学生が浮かびます。おそらく、私が飛び越える縄を携えていたのはそんなような子たちでした。時刻的には7時は回っている頃です。そんな時間まで子供たちが外で遊んでいるでしょうか。そうは思いましたが、各家庭の抱える事情を慮ってあえて尋ねたりはしませんでした。そういえば、私が縄跳びをしたのも、この子たちのせいでした。彼らは往く道を塞ぐように道路を占領して群れており、通りかかった私に自分たちの縄を越えていけと言うのでした。若干の面倒くささを感じながら、子供たちよりも年上の自分が、何がしかの理由でまだ帰ることのできない彼らに応えないのは可哀想な気がして、応じました。3人の子供がいました。縄の持ち手を含まずに3人です。逢魔が時、ほとんど暮れた暗闇の小路に5人もの子供たちが夜行性の動物のように目を光らせて私を見つめています。みんな誰も口をきいていないのに何故か辺りはざわめいていました。ざらざらと耳障りな耳鳴りのように私の聴こえを妨げるのでそれを振り切って彼らの要求どおりに縄跳びに加わりました。縄の持ち手が両手に1本ずつ持った縄を交互に上下にしならせると歌を歌い始めました。聞いたことがありませんでしたが、何となく懐かしい響きのわらべ歌のようでした。私がこの子らと同じ歳のころに、実は縄跳びで遊んだことがありませんでしたので知らないのも仕方のないことでしょう。独特な節回しの歌に合わせ、縄がひゅんひゅんと唸ります。上に上がったり下がったりする縄を見ながら、その中に入るタイミングをはかるのですが、やったことがないので全然掴めません。他の子が一人、また一人と縄に入っていきます。3人全部入ると、彼らは飛びあぐねている私の方に手招きをします。その間もずっと歌は続いている。見れば見るほど、タイミングをはかればはかるほど私には無理でした。縄の中にいる子たちはまるでダンスをしているかのように軽やかに飛んでいます。小さい歌声と縄のしなる音、縄が地面を擦る音、歌声はもう歌詞なんか聴こえないくらい小さくて早くて、まるで念仏のようでした。そうして訳の分からなくなっているうちに気づいたら縄の中でみんなと一緒に飛んでいました。飛べた!と思った瞬間、自宅の前にいました。いきなり目覚めたような気がしました。しばらく呆然としたあと、そのまま玄関から家に入りました。すると母がおかえりと出迎えてくれました。

「どうしたの、走ってきた?」

言われてはっとすると、自分が汗だくで息も上がっていることに気づきました。

「うんちょっと」

とかなんとか言いながら慌てて部屋にいきました。着替えようとボタンに手を掛けようとしてドキッとしました。制服が裏返しでした。ブレザーの下のシャツも靴下も下着も全部です。そして、あまり思い出したくなかったのですが、パンツを履いておりませんでした。帰宅してすぐにうちは夕食の時間になるので、しばらく硬直していた体をなんとか動かして身繕いをしました。母に気づかれたかどうか非常に気になりましたが、大丈夫だったようで特に何も言われませんでしたし、私もどう説明していいか全くわからなくて、そもそも不思議な話かどうかも怪しくなり、自分不信に陥りそうでした。

どうしてしまったんでしょうか。私どこかおかしいのでしょうか。あのあと、脱いだパンツの行方を人知れず探してみたりもしましたが一向に出てくる気配もないまま今までずっと忘れておりました。どこかでポツネンと萎びれてつくね置かれた私のパンツ。そのことを考えると凄まじい恥ずかしさに死んでしまいそうになったあの頃ですが、よくも今まで忘れていたなと、大人のふてぶてしさにも感謝のしどころがある、などと思うのでした。あれ一回こっきりでございます、あの子たちに出くわしたのは。きつねか。そうであってくれ。

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