高校生男女4人恋物語

仲瀬 充

高校生男女4人恋物語

市川真理と関根莉緒、滝沢隼人と井上浩二は高校に入学してからそれぞれ仲よくなった。

休日に遊ぶ時も校内でも、男どうし、女どうしでいつも一緒にいて何の不足も不満もなかった。

この二組が接点を持つようになったのは3年生になっての9月のことだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


9月の体育祭が終わると3年生は受験モードに入る。

10月には担任との個別面談が始まり、真理も進路指導室に呼ばれた。

「大学は行きません。看護学校志望です」

「それもよいですねぇ」

担任の野見山は語尾に小さな「ぇ」を付けるくせがある。

「お母さんも同じ考えですかぇ?」

真理は思わず「そうどすえ」と答えそうになった。


進路指導室を出ると莉緒がいた。

「梨緒ちゃん、待ってたの?」

「うん。ちょっと真理に頼みがあって」

真理に対していつも高飛車な梨緒が今日は様子が違う。

それもそのはず、頼みごとは恋の橋渡しだった。

体育祭での応援合戦の練習を通して滝沢隼人に恋心を抱くようになったと言う。

滝沢隼人と関根莉緒、この二人は成績、容姿、家柄の3拍子が揃っている。

このプリンス、プリンセスのカップルが成立すれば学校の一大ニュースだ。

真理は俄然やる気を出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


真理がさっそく二人の仲を取り持ち、隼人は最初のデートに莉緒を郊外の湖水公園に誘った。

「梨緒ちゃんは進路、どうするの?」

「うち、ホテルを経営してるから観光か英語関係の学科にするつもり。隼人くんは?」

「僕も父さんの会社を継がなきゃならないから経済に定評のある一橋かなあ。でもあそこ難易度高いんだよね」

翌日の月曜日、昼休みに真理は隼人を人目に付かない所に呼び出した。

「隼人、あんたバカじゃない? 梨緒ちゃんから聞いたよ。デートで志望校の偏差値や受験対策の話ばかりするってどういうこと?」

「まずかったかなあ」

「秀才ってそういうとこ分かんないんだよね。デートは楽しく遊ばなきゃ」


次の日曜日、隼人は再び莉緒と湖水公園で待ち合わせた。

その翌日、真理も再び昼休みに隼人を呼び出した。

「何でまた湖水公園なのよ!」

「だって真理ちゃんが楽しく遊べって言ったから、ボートに乗ったりして……」

真理は隼人の頬をつねった。

「いてっ!」

「バッカじゃないの? もう10月も末でおまけに昨日は風が強かったじゃない。きめていった髪型が風でバッサバサになって肌寒さに震えてる梨緒ちゃんの姿が目に浮かぶよ」

隼人は女生徒たちが自分を憧れの目で遠巻きに見ているのをふだんから自覚している。

そんな自分に真理はざっくばらんに接してくる。

梨緒とは違った魅力を隼人は真理に感じ出した。


11月のある日、隼人が浮かない顔をしているのを見て真理は声をかけた。

「元気ないね、梨緒ちゃんとその後どう?」

「公園と違って天気に左右されないところに行ったけど、あんまり盛り上がらなかった」

「どこ?」

「県立美術館。その後、美術館の横のレストランで食事」

「はしゃぐ場面なんか1個もないシチュエーションだね。それに美術館の横って、あの高級レストラン? むっちゃ高かったんじゃない?」

「分からない。父さんの行きつけの店だからお店の人が父さんに請求するって」

はあ……と真理はため息をついて頭を抱えた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


真理は次の日曜日、隼人と梨緒をショッピングセンターに連れ出した。

男女のバランスをとるために井上浩二にも声をかけた。

浩二とは中学校が同じで気心が知れている。

真理は隼人にこっそりと耳打ちした。

「ね、ここならお店以外にゲーセンや映画館や食べるとこもあるでしょ? 梨緒ちゃんを楽しませてね」

4人は二組に分かれて後で落ち合うことにし、真理は浩二を連れて隼人たちの側を離れた。

「浩二、今日は付きあわせてごめんね。あの二人、ホントに世話が焼けるんだから」

「いいさ。おれもこんな外出、久しぶりだし楽しいよ」

一方、隼人は梨緒と並んで歩きながら真理と浩二を振り返った。


後日、隼人は浩二と連れ立って下校しながら話をした。

「浩二は真理ちゃんと中学からずっと仲がいいんだろ?」

「おれも真理ちゃんも母子家庭だから話は合うけどね」

「好きなのか?」

「おれ、恋愛とかは当分いいや。高校出たらすぐ働いて母さんを助けなきゃならないし」

隼人は内心では安心しながらも浩二の家庭状況に同情を示した。

「大変だな。でも浩二って名前からすると次男だろ? 兄さんは?」

「10歳で亡くなったよ。おれ今17だけど不思議なんだよな。生きてた頃の小学生の兄貴を思い出すと今でもやっぱり兄貴は兄貴なんだ」

浩二は遠くを見るように目を上げた。

その横顔が隼人には自分よりずっと大人びて見えた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


センター試験に備えて授業は受験モードに入った。

「今日から問題演習に入るだに。予習はしてきたかに?」

副担任の佐々木も担任同様に聞き慣れない言葉づかいをする。

出身地の方言らしいが、真理はダニと蟹のアレルギーになったような気分になる。

「滝沢、どうしたんだに?」

隼人は授業中ぼうっとしていることが増えてよく先生に注意されるようになった。


「真理ちゃん、一緒に帰ろうか」

隼人は下足室で真理に声をかけた。

しかし、校門を出て歩き出すと隼人は急に無口になった。

「何か話があったんじゃないの? 梨緒ちゃんのこと?」

その時、二人乗りのバイクが後ろから隼人と真理に急接近して来た。

並んで歩く二人をひやかすようにバイクはいきなりブオン、ブオンとスロットルをふかせた。

隼人は驚いて飛びのき、歩道に沿うコンクリート塀に左半身をぶつけた。

バイクのヤンキーたちは笑い声をあげながら走り去った。

「隼人、だいじょうぶ? あーあ、血が出てるよ」

真理は隼人の左手をとって擦りむいた手の側面に口を寄せた。

そして舌で傷口をめると横を向いて唾を吐いた。

それを二度繰り返した。

隼人は電流が体を走り抜けたように硬直した。


「とりあえず、消毒おわり」

真理は隼人の手を離してにこっと笑った。

「どうして……」

たんが絡んだような声になった。

「どうして、こんなことを……」

「たいていの怪我は唾をつけとけば治るもんよ、母さんが言ってた」

期待した返事ではなかったが隼人は勢いこんで言った。

「真理ちゃん、僕とつきあってくれ!」

真理は言葉の意味が分からないかのように復唱した。

「つきあう? 隼人と? 私が?」

隼人は真正面から真理を見つめて頷いた。

緊張した面持ちの隼人と対照的に真理はあっけらかんとした口調で言った。

「ムリムリ。住む世界が違う」

真理は隼人に手を振って自分の家の方角に歩き出した。

「バイバイ。梨緒ちゃん、いい子だよ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


それから数日後の日曜日、隼人は先日のショッピングセンターに梨緒を誘った。

「前は美術館とか博物館とかばっかりでごめん。退屈だったんじゃない?」

「ううん、私、ああいうとこ好きよ。レストランの食事もとっても美味しかった」

「そう? よかった。この間ここに来た時も楽しかったね、真理ちゃんたちとも一緒だったし」

梨緒は上目づかいに隼人を見た。

「真理のことが好きなの?」

「そんな意味じゃないよ」

自分で言い出しておきながら梨緒は隼人の返事にこだわるふうもなく言った。

「私ね、ずっと真理のこと自分より下に見てた。だけど最近思うんだ、真理のほうがうんとしっかりしてるって」

隼人も浩二との会話を思い出した。

「浩二もそうだよ。僕なんかが入り込めない大人の世界に住んでる感じだなあ」

「あの二人を見習わなきゃね。あ、そう言えば今日は真理も浩二くんと出かけるって」

「へえ、そうなんだ」

真理に告白してからそれほど経っていないというのに今ではもう懐かしい出来事に思える。

ちょっぴりほろ苦くはあるけれど。

今のこの時間、真理と浩二はどんな顔をしてどこを歩いているのだろう。

そんな想像をしても隼人は嫉妬を感じたりはしなかった。


「住む世界が違う、か……」

「え? 何?」

「いや、何でもない。お昼、どうしようか?」

「お母さんがね、お友だちとなら学生らしくフードコートにしときなさいって。美味しいステーキ屋さんがあってサーロインでも2千円くらいで食べられるみたい」

「じゃ、そこにしよう。けどちょっと早いから二人でプリクラを撮ろうよ」

微笑んで頷く梨緒に手を差し伸べて隼人は初めて梨緒と手をつないだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


隼人と梨緒が半時間ほど遊んだ頃、真理と浩二が同じショッピングセンターにやってきた。

「浩二、どうする?」

「おれ、腹減った。朝飯食ってないし」

フードコートに行くと高校生らしいカップルの後ろ姿が反対側の入り口付近に見えた。

浩二の目にはそれが隼人と梨緒のように思えた。

目で追っていると二人は最近オープンした立食スタイルのステーキ店に入った。

「浩二、どうしたの?」

「隼人たちがいたような気がして」

「まさか。あの二人ならフードコートじゃなくて1階のレストラン街に行くよ」

「それもそうだな。真理ちゃんは何食べる?」

えっとね、と真理は小銭入れのような形の財布を取り出してチャックを開けた。

そして四つに折りたたんだ千円札を取り出して中を覗き込んだ。

「1810円から帰りのバス代をのければ1500円かあ。ここであんまり遣うわけにいかないし」

真理は浩二の1歩前に出て各店の壁のメニューを見上げた。


浩二はそんな真理を見て母親の昔の姿に似ていると思った。

ただ、真理と違って母親が財布を覗く時はいつも寂しげな顔をしていた。

女手一つで苦労して子供を育てた母親だった。

浩二は高校卒業後すぐに働きに出るつもりでいる。

社会人になってもずっと母親と過ごしていく、そんなイメージが浩二の頭の中にある。


財布と壁面のメニューを見比べていた真理がクルっと半回転した。

制服のひだスカートがふわりとふくらんだ。

浩二と向き合った真理は2本の指で五百円玉を摘まんでいる。

「決定! たこ焼き、480円!」

屈託なく微笑む真理を見て浩二は思った。

自分と母親の二人きりの風景に真理なら入って来てくれるのではないかと。

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高校生男女4人恋物語 仲瀬 充 @imutake73

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