第3話 情報収集は村で行うのが一番です!

——ドラゴニウェウス襲撃まで、あと29日。




「さて、まずは情報収集だね」


 パーカーの前ポッケに手を突っ込みながら、アヴェオルノの大門へ歩いていくウツツ。

 気取りやがって。

 結局、例えドラゴニウェウスの事を知っている人間が二人居たところで、どうにもならない事実は変わらない。

 だったらこの街の人間に協力してもらおう、というウツツの提案。無論俺は反対した。

 裸で走り回って醜態を晒した挙句、今度は「ドラゴンが来て世界を滅ぼすから、協力してください!」なんて言っても誰一人とて信じてくれないはずだ。

 それをウツツに言った。すると今度は「なら、代わりに僕がこの近辺の資源収集の許可を取り付けて、君が自由に動けるようにする。だから、その証人として付いて来てくれ」なんて言いやがった。

 確かに、冷静に考えれば理にかなっている。と言っても、そんな悠長な事をしている場合ではないのだが。今持っている力を使って自由に動けるように街を制圧したところで、時間がかかり過ぎて世界の滅亡はどの道避けられない。

 その先がどうなっているかなんて知った事では無い。だが、たったあと29日で俺の転生ライフが終焉するのは嫌すぎる。

 だから、俺はウツツの提案を、誠に不本意ながら飲むことにした。


「……しかし、いつまでそうしているつもりなんだい?」

「仕方ないだろ!」

「はあ……まあ、止めはしないけどさ」


 草むらに隠れ、木の陰に隠れ、コソコソとヤツについて行く俺。

 あの後、周辺に生えている木々に生えている葉っぱを回収し服を作った。伐採は駄目でも、身を隠す葉っぱくらいよこせって言うものだ。

 その場しのぎの物だが、使えない事は無いはず。

 見た目に関しても、クラワル超技術によってしっかりと服——というか迷彩柄の葉っぱまみれの服。頭もすっぽり覆うフードと覆面付きで、外から見れば顔なんて分からない。

だが考えてみれば、この恰好は明らかに周りから浮いている。


「あんなのを晒した後なんだぞ! 正体がバレて見つかれば速攻で牢屋行きだ! アンタだってそれくらい分かるだろ!」

「……まあ、それはその通りだけど」


 (偉そうに言いやがって)


 しばらく歩いていくと、とうとう巨大な門の前に着いた。

 一体何メートル程あるのだろうか……あのジジイがあれだけ褒めちぎっていたのも理解できる。

 そこから見える人の群れ。少なくとも両手の指で数えられないほどは居そうだ。多すぎるだろ。


(いやこれ、まずくね?)


 こんな目立つ服でこれだけ人が多い往来を歩くなんて、やはり無理だ。

 ましてや、隣にいるコイツだって、真っ赤なパーカーにあの仮面。絶対二人で並んで歩けば目立つことは必至だ。


「どうした? 早く行かないと」


 そんな俺の心中も知らず平然と入るのを催促しやがる。


「いや……あのさ、やっぱ無理なんじゃね?」

「……どういう意味かな」

「だって、こんな俺目立つ格好なんだし」


 不満気に腕を組みだして、ちょっと目線を伏せて黙りこけるウツツ。

 しかし、ほんの少し経った後。ヤツはおもむろに仮面を外した。


「——もう一度、俺に『力づく』されたいか……?」


 三白眼になって、にっと白い歯を剥き出して笑う例の顔。

 パーカーの紐に手をかけて、これから脱ぐぞというジェスチャー。

 

「ヒ、ヒィイ‼ わ、分かった! 分かったから、な? 一旦落ち着こう、な?」


 両手を前に出してヤツを落ち着かせる。

 すると、また仮面を着け直して、前の雰囲気へ戻った。あの済ました感じに。

 全く、なんだこの暴力パワハラマンは……。


「……ふん。まあ、分かってくれればいいんだ。さて、行こうか」


(どの口が言いやがる……)


 何度このセリフを心の中で言わせるつもりだ、コイツは。

 などと考えていても仕方がない。いずれにせよ時間が無いのは事実だ。

しかし、やはり二人まとまって行動するのはあまりにも目立ちすぎる。


「だ、だけどなぁ……やっぱ目立つだろ? 俺ら」

「そうかなぁ? 君はともかく、僕はあんまり目立つようには思えないけど」


 自覚無いのかよ。真っ赤仮面野郎と草だらけ迷彩野郎の揃い踏み。目立たない訳がないだろ。


「ともかく。俺たちは固まって動くべきじゃないだろ。別行動だ、別行動」

「別行動、ねぇ……まあ、分かったよ。そしたら、日が暮れたらここにまた集合しよう」


 そう言うと背を向けながら手を振った。

 そのまま何の躊躇も無く街の通り、しかも大通りへ歩いていった。無論すれ違う人間は珍しそうな目でそれを見る。自覚無しが一番怖いな。多分あいつも速攻牢屋コースだ。


「はあ……」


 一息ついた。

 日が暮れたら集合。そんな時間の余裕などあるのか。だが、もはや初手をしくってしまった以上、ここの人たちの協力を取り付けられなければ本当に無理ゲーになってしまう。

 いっそのこと初期リスポーン地点に湧くまで待つというのも手ではあるが……。


「……」


 門の向こう側を見る。

街を歩く人々は皆活気にあふれている。忙しく物を運んで、それを店に並べて、行き交う人々に売りつける。子供たちは元気に走り回りながら遊んで、大人たちは優しくそれを見守る。


(しょうがねえなぁ……)


 もう少しだけ執着してみるか、この世界に。

 それにもしドラゴニウェウスを討伐できれば、ここへ来る前でも成しえなかった10時間切りの達成だ。RTAプレイヤーとして、これ程の名誉はないだろう。

 堂々と大通りを歩いていく背中を横目に、俺は門の右端から目立たないように入っていった。



◇◇◇◇



 もう正午過ぎているようだ。日の光が西の方から来ている。急がないと本当に日が暮れてしまう。

 色々な建物の陰に隠れた場所。大通りから外れているからだろうか、少し雰囲気が違う店が立ち並んでいる。おまけに道路も石畳で舗装もされておらず、足跡だらけの土になっている。


(これは……?)


 ポーション屋の看板を引っ提げる店には、色々な液体が入ったビンが並んでいる。だがなんというか、紫色が多くて正直かなり怪しい。

 薬屋と書かれた看板の下らへんには、細かい文字で「色々なモノ仕入れています」と書かれていて、これも凄く怪しい。

 あまつさえ「闇の鍛冶屋」なんて看板まで見えて、その店先にはどこか暗黒パワー的な何かを宿した斧やらナタやらが並べられている……。


(やべーところ来ちまったみたいだな……)


 くそ。本当にこの世界に来てからろくな事が起きてないな。とっととこんな所出て行って、別の場所——


「——おい! てめえは『魔女』だろうが! いい加減その服を脱ぎやがれ!」

「う、うう……」

「おい、お前……いつまでしらばっくれるつもりだぁ……?」

「アニキ! もうとっととやっちゃいましょうぜコイツ!」


 十代くらいの女だろうか。背丈はそのくらい。それがガタイの良い男数名に囲まれている様子だ。

 丁度そこら辺はここからしか見えないような死角になっている場所。どうみても普通の状況じゃない事は分かる。


(本当にろくでもないな……!)


 だが、あんなのも無視だ。いちいち構っていたら本当に時間の無駄だ。


「い、いや……です」

「てめえ……あんまり俺らを怒らせるなよなぁ⁉」

「そうだそうだ! お前が服を脱げば済む話だろうがよ!」

「……い、や……」

「もういい! 力づくで服脱がすぞお前ら!」

 

 真ん中の男がそう言う。すると男たちが一斉に女を羽交い締めにした。


(くそ……本当にしょうがねえなぁ)


 あんまり目立つわけには行かないが、こういう場合はしょうがないだろう。俺にだって人並の良心は残っている。


「おい! アンタらそいつから離れろ!」

「ああん?」


 本当に典型的な不良の睨みの効かせ方だ。

 男は全部で三人。どれも怪訝な顔をしながら俺を睨んでいる。しかし、何か見覚えのある格好だ。


(あれはもしや!)


 俺を追い掛け回していた自警団っぽい連中と同じ格好だ。しかも手には短い刃物っぽいモノまで持ち合わせている。

 後ろで顔を俯かせている女は黒い服を着ている。全部一枚の布で出来ているようだ。

 全く、ここの治安は一体どうなっているのだ。それこそ、俺をあれだけ追い回せる優秀な兵士が居ながら。


「その刃物、そんな物騒なモノぶら下げて、一体その女に何をしようとしていたんだ?」

「はっ、お前、この女が『魔女』だって知らねえのか?」

「知らないな。そんなの」

「なら説明はいらねえ。黙ってこれがひん剥かれるのを見てろ」


 淡々と真ん中の男が言うと、再び女に手をかけようとした。


 ガシッ‼


 俺はナイフを持つその男の腕を思い切り掴んだ。


「俺は今日大変な日でなぁ……そうやって目の前で女をキズモノにされるのを黙って見られるほど、気分が良くねえんだよ」

「は?」

「は?」

「は?」


 間の抜けた顔で驚く男たち。

 ああ、このセリフ。いつかこんなシチュエーションがあったら言って見たかったと思って、寝る前にこっそりと考えていた。まさかこんな時に言えるとは。

 だが、そんな俺の内心とは違って、しばらく気まずい沈黙が続いた。


(あれ? 俺なんか変な事言っちゃいました?)


 その上後ろの女ですら腑抜けた顔をしている。

 いや、表情が変わった? 笑っている? しかも俺の方を見ながら。


「はっはっは……馬鹿め!」


 急に深い紫色の光に女の身体が包まれた。


「おい馬鹿! もう少しであの魔女を無力化出来たってのに!」


(え? 何が起きているの⁉)


 状況が把握できない。

 後ろで女が光ったと思ったら、同じ場所に今度は背の高い緑色のババアが立っている。大きな黒い帽子にボロ切れの布の服。どう見ても魔女と言う見た目。

 だがあれを見て思い出す。どう見てもクラワルの敵モブだ。正確に言えば『ストレガ』と呼ばれる敵だが。

魔法を用いて遠距離攻撃してくる厄介な存在。とは言っても、バリエーション自体は火や水といった物を飛ばしてくるだけだが。

 

(いや、どうしてアイツがここに居る!)


「ヒェッヒェッ‼ 若い女の身体は便利よなぁ! こうやって馬鹿な男が騙されてくれるんじゃからのぉ!」


 いや話せたのかよお前、と突っ込んでもしょうがない。

 状況が全く把握できないが、とにかくまずはあのストレガから何とかしなければ。


「クソ! おいお前ら! その女を取り押さえろ!」

「ヒェッヒェッ‼ もう無駄じゃのぉ!」

「うわああ! コイツ、火を飛ばしてきやがりました!」


 魔女が火の玉を飛ばしてきた。光の軌跡を残しながら進む。

 唐突な攻撃に驚いたのか、真ん中の刃物持ちの男は尻餅をついてしまった。


「ふんっ!」


 軽やかな横ステップ。だが俺はすかさずそれを避けた。

 キーボード越しで操作するのとは全く違う感覚だ。凄く避けやすいな。


「ほう……ヒェッヒェッ。お前は避けられるのかい、この玉を」


 見れば見る程怖い顔しているな、コイツ。

 しかしこんな建物だらけの場所であんな火をまき散らされるのはまずい。

 男たちも困惑している様子だ。俺とストレガの方に首を振りながら。


「あいにく、お前の相手には慣れているんでね」


ストレガは他の敵共と比べて体力が多い敵モブ。故に真正面からやり合うのは愚の骨頂。

 そして今の俺の武器とはこの拳だけ。当然このまま殴りかかったとして、何度も殺されて日が暮れたとしても倒せない。


(しかしコイツ……)


「ヒェッヒェッ! 随分と慎重な人間だな、お前」


 動かない。そう、このストレガはなかなか動かないのだ。

 クラワルの世界であれば当然敵モブとして設定されている。だから、糸の切れた人形のように火や水の玉を見境なしに撃ってくるはずだ。


「……ヒェッヒェッ!」


 だがこいつは違う。まるで意志を持っているのかのように俺の動きを伺っている。

 おまけに、間合いを一定に保ちながらジリジリと睨み合いを続けている。まるでさっきのウツツのような動きだ。


(強いな、コイツ)


 本能で感じ取る、目の前の強者の存在。

 しかしこの時間が相手にとって命取りになっているとは思うまい。

 睨み合っている間、この魔女を倒す案が整った。


「うおおおおお‼」

「——何⁉」


 一気に走り込んでストレガの足元に正面から飛び込んだ。

 狼狽えるヤツには目もくれず、ひたすら地面を掘り尽くす。土がそこら中に飛び散り道を汚していく。


 シャッシャッシャッシャッ‼


 5メートル程掘りぬいた。当然自分の身体も土の中。

だが依然としてヤツは穴の前に立ってこちらを覗き込んでいる。気に食わない。なら引きずり下ろすまでだ。

 器用に手を使いながら壁を上っていった。

 こんな動きクラワルでは出来ない。だがこの世界では出来るはずだ、という算段は見事に的中した。


 ガシッ‼


「お、お前⁉」


 右手でガサガサの足を掴んだ。手の中でミシミシと音を立てている。

 見上げるとスカートの中身が見えた。くそ、気分悪いな。だが、あの奥にある紫色に光る何かはなんだろう。まあ、詮索してもしょうがないか。

 

「うおおおお!」

 

 左手で穴のフチに掴まりながら、力の限りストレガを穴の底へ叩き落した。


「ギャァァアアア‼」


 叫びながら底へ吸い込まれていった。そしてダメージの赤いエフェクトを出した。

 もうどうあがこうともヤツはここから這い上がって来られはしない。

 ジャンプ力が1・5メートル程にしか設定されていないストレガを完封するにはこの方法が最善で最速だ。

 と言っても、RTAではそもそも戦闘は最小限にしなきゃならなかったのでボツになった戦法だが。


「ふう……」


 穴の底でのたうち回る魔女を見て一息。

 すぐさまインベントリ画面を開いて、例の《土の足場》を一個だけ作った。ストレガの上にそれで蓋をする。

 手に付いた土を払い落とすためにパンパンと手を払った。


「……お、お前」


 後ろから男が声をかけてきた。振り返ればあの刃物男。何か驚いたような顔をしながら立ち尽くしていた。

 しかし、どう考えてもこれは本当の意味で俺が「何かやっちゃった」パターンだ。

しかも明らかに目立っている。うん、やばいね。


「あ、あはは……す、すみません」


 とりあえず謝罪の意を出しておかないとならない。

 当然、男は怪訝な顔で俺を睨んでくる。獲物を横取りされた猟師のしょうに。


「てんめえ……」


 ずかずかと刃物片手に男が近づいてくる。よく見るとなかなかの筋肉だな。今の俺と同じくらい。


(あれ、これ殺されるのか?)


 グイッっと胸倉を掴まれた。草の部分を持って掴み上げられる。


「あははは……ま、まあ、ね? とりあえず、魔女の方は、ね? や、やっつけたんだし、ね? ここは穏便に行けませんかね……?」


 ギロギロと睨みをきかせながら俺の顔を見下す男。

 濃い顔に濃い髭、そして毛のない頭。これまで見てきた男の中で「漢」という見た目だ。洋画に出てきそうな感じ。


「……てめえ、まさかあの魔女、殺してねえんだろうな?」

「はい?」


 意外な質問が飛んできた。


「もう一度聞く。殺してねえんだろうな?」

「い、いや……まあ、ただ落っことしただけだから……多分、大丈夫かと、思います」


 しばらく俺の瞳を覗き込むと、バッと突き放した。


「はあ……まあ、てめえの横やりであの魔女を仕留め損ねたのは事実だが、殺さずその穴に落としているんだったら、まあ問題ない」


 しかし、一体全体どうなっている。


「いや、あの」

「ああん?」


(ヒィ⁉)


「い、いや。その、よろしかったら、事情の程をお伺いしたいかなあ、と……」


 当然気になる疑問。何故『ストレガ』がこちらの『魔女』になっているのか。何故殺してしまったか否かを俺に聞いたのか。気になる点が多すぎる。


「部外者に言うのもアレだが、もはやてめえはそうじゃねえからな。教えてやる」

「は、はあ」

「あの魔女は、度々女の身体を乗っ取っては街中に出没し、人知れず人間を襲う悪魔だ」


 何それ。そんな設定クラワルには無かったぞ。


「そして、ヤツの魂は女の腹の部分に、結晶として宿りやがる。だから服ひん剥いて、手遅れになる前にそいつを取り出さなきゃならねえ」


 なるほど。だからわざわざ服を脱がそうとしていたのか。つくづく自分がしでかしてしまった事の重大さを痛感させられる。


「……それで、殺したかどうか、俺に聞いたんですか?」

「まあ、それでいい。問題はあの穴の中に居る魔女をどうやって取り出すか、だ」

「……おそらく蓋を開けても問題は無いと思います、けど……」

「何だ、それはどういう意味だ?」

「いや……アイツは多分、あの深さじゃ上ってこられないはずなので」


 クラワルの仕様がそのままであればの話だが。

「……なら、お前があそこ開けて確認しやがれ」

「ええ⁉」

「てめーの責任だろうが!」

「ヒ、ヒィ⁉ や、やります!」


 仕方なくトボトボと穴があった場所の前に歩いていく。何で俺の周りはこんな人使いの荒い連中ばかりなのだ。

 まあ、今回は完全に俺が悪いが。


 シャッシャッ


 足場を取るとそこでうずくまっている魔女が見えた。

 肩を揺らしているのが見えている辺り、ちゃんと生きているのだろう。


「お前……!」


 ビュンッ!


(危ねえ‼)


 目が合った途端に飛ばされるヤツの攻撃。だが間一髪で避けきれた。


「このっ! このっ!」


 必死にピョンピョンと穴の底から脱出しようともがくストレガ。

 だがどうやってもここから這い出る事は出来ない。


「……ほう。確かに、てめえの言った通りだな」

「そうですね……っていつの間に⁉」


 気が付くと例の刃物の男が俺の横で、同じようにそこを見ていた。


「まあ、しょうがねえ。今回はてめえの手柄って事にしてやる」

「は、はあ。ありがとう、ございます?」

「とりあえずそこで待っていろ」

「え? な、なんでですか?」

「そりゃあ、上に報告するためだろ」


 上? 上って、まさか上司の事か。

 確か、こいつらは俺を追いかけてきていた一団で、その上司がもし居るとなれば……。

 アイツだ。あのニコニコお兄さん。彼しかいない。


「い、いや! ねえ? ほら、今回は皆さんの手柄と言う事にしていただいて、俺みたいな怪しい人間に構っているのなんて、ほら、ね? 時間の無駄だというか——」

「——そんなことは無い」

「ええ……」

「てめえが居なければ今頃あのクソ魔女に燃やされていた。そんな命の恩人の手柄として『隊長』に報告するのは、あたりめえの礼儀ってモンだろ?」


 まずい。この状況はまずい。


「い、いや——」

「——まあ、大人しく待っていろ」


 野太い声で放たれた隊長という一言。それだけで分かる。その隊長とは彼しかいない。

 取り囲んでいたさっきの男二人が俺の脇へ寄ってきた。

そして前に居る刃物男が、腰から木の棒のようなものを取り出した。そして火打石をパチパチとして、火を点けた。どうやら狼煙のようだ——恐らく『隊長』を呼ぶための。

ああ、もうこれ抵抗しても無駄な奴だ。


「へへへ……あんさん、あんまりアニキを怒らせない方がいいですぜ……」

「ああ。我らが自警団団長のお言葉だ。大人しく従っておくんだな」


 まあ、どう見ても今の俺は怪しい。こうなるのは必然だったかもしれない。


(クソ……さっきイキらなければこんなことには……!)


 身の程も知らず考えなしに行動するとこうなる。たった今学習したあたりまえの事。

 対人関係なんて滅多に築いてこなかった俺に、こんな特殊な状況に対応しろと言うのはひどすぎる。まあ、本当に全部俺が悪いのだが。


「んで、てめえよ。すげえ珍しい魔法を使いやがるじゃねえか」


 例の刃物男が怪しそうに聞いた。

 魔法? 何のことを言っている。


「ま、魔法?」

「あんな勢いで地面掘り下げるたぁ、魔法しか無えじゃねえか」


 ああ、アレの事か。


「いやあ、まあアレは……」


 クソ。また言葉に詰まった。ていうかこの状況、まんまここへ飛ばされてきた時と同じじゃないか。

 まじまじと俺を見る強面。ああ、どうすれば……。


「その、バイトで! そう! バイトで道路舗装の工事をやっていまして、そこで身に着けたスキルというか、なんというか」

「ほう……」

「それで、たまたま機転が利きすぎたというかなんと言いますか……」


 しかしこの人の全く表情変わらない。どこかで見た光景。


「と、ともかく! あんまりお手を煩わせるのも恐縮なので、ここはあなた方のお手柄という事にして、ね?」


 何を言おうとも反応を示さない。

 しばらくこの状態で待っていると、俺が来た方から一人男が歩いてきた。重厚な鎧に身を包んだ兵士だ。ガシャガシャと金属が擦れる音を立てながら俺の方へ歩いてくる。

 どう見てもあの『隊長』だ。

 それを見て前に立つ男が振り返った。背筋を正して彼を迎え入れる。


「その狼煙を見てやって来たが、既に状況は終わっているようだな」

「はっ、ベルモンド隊長! しかしながら、魔女はあの中に」


(あの隊長、ベルモンドと言うのか)


刃物男が指を指した。無論、その方向には俺が掘った穴がある。

 ベルモンドとか言う隊長が近づいてくる。俺の恰好を一瞥した。特に表情を変えたりはしないが怖すぎる。


(まずいまずいまずい!)


 冷や汗が体中から噴き出してきやがる。バレたらまた牢屋行だ。まず過ぎる。

 俺の傍を通り過ぎると、穴の前に立ちそこを覗き込んだ。そして、その周りを見ながら顎を撫でている。何を考えているのだろうか。


「それで。お前たちがここまで高度な魔法を使えないと思うのだが」

「はっ。実は、今回の魔女捕縛については、こちらの民間人からの協力を」


 そう言って俺に手を向ける。まるで席を案内するように。すると『隊長』が俺の元へ寄ってきた。明らかに怪しんでいる表情だ。当然だけど。


「なるほど。その見た目、貴公は外から来たのか?」


 もう声は聞かれている。話したら一発でバレる。

 とりあえず首を縦に振った。もうこうなったらジェスチャーで会話するしかないだろう。


「なるほど。ならば名乗っておく必要があるな。私の名は『ベルモンド・オコーナー』。不肖ながら、このアヴェオルノ第二王都の警備隊長をしている」


 とりあえず愛想良い感じに首を縦に振った。もうこれしかない。


「魔女捕縛の件。この私からも礼を言う。誠に感謝する」


 もう振りすぎて首が痛くなってきた。だが、絶対に声を出してはならない。


「それで、貴公の名も伺いたいのだが……?」


 名前? なんでよりにもよってそんな事を気にする。

 名乗らなくてもおかしいが、名乗ればバレる。終わったかもしれない。どうすれば……。

 とりあえず首を横に振っておく。


「……ふむ。名乗れないという事か」


 首を縦に振る。ああ、本当に気まずい。


「まあ、旅人に余計な詮索はしない」


(はあ……)


 とりあえず何とかみたいだ。意外と聞き分けが良い——。


「——ところで、質問がある」


 なんだ。質問って。ようやくこの地獄から解放されそうだったというのに、雲行きがまた怪しくなってきやがった。


「この近辺で、変質者の死体を見なかったか?」


 この近辺で見られる変質者の死体。

 そんなものさっきの裸だった俺以外に何があると言うのだ。

 こんなもの当然知らないふりだ。首を全力で横に振る。


「まあ、旅人に聞くのもおかしな話だが、やはり貴公でも知らないか……」


 そんな言葉とは裏腹に、俺の顔をじっと見つめる。確かにこんな覆面姿でこんな場所をうろついている人間など怪し過ぎる。


「一応だが、その覆面を取る事は出来ないものか? 今日は変質者によってこの城下町が騒然としている。念のためだ」


 そんなもの全力で否定だ。首をブンブンと横に振る。

 しかしそれを見て、『隊長』は例の刃物男たちに目配せをした。


 ガシッ! ガシッ!


 また両腕を掴まれた。

 何度目だよ。完全に終わった。


「なら、少々手荒だがその顔、拝まさせてもらおう——」


(イヤァアアア‼)


 覆面をすっぽり脱がされ、『隊長』と目が合う。相変わらずニコニコとした顔だ。


「あ、あはははは……お久し、ぶり、です」


 しかし何も答えない『隊長』。

 このニコニコとした表情で見つめられるのが一番怖いのだが。

 しばらく俺の顔をじっくり見ると、急に真顔に戻った。


「久しぶりだな。《ステパノス・タカハシ》」


(何⁉)


 なんで、なんでこの人は俺の名前を知っている。


 ゴスッ!


 そんな疑問を抱く前に、俺は気絶させられた。

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クラフト・オブ・ザ・ワールド ~最強の炭鉱夫は無敵フィジカルで異世界を生き残る~ 川西郷授 @kawaumi_gouju

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