第40話 散髪
「カズ兄!」
鉄朗は、自分の部屋を案内する前に体育館へ向かった。カズ兄が来ているからだ。
体育館は子供たちの多目的スペースとして使われている。施設には就学前の小さな子も多い。体育館の隅には、雨の日でも遊べるようにマットやボールプール、プラスチック製の遊具などが置かれている。その他に、小学校だった時から使われている跳び箱なども置かれている。
入り口付近では美容ポンチョを被された5歳くらいの女の子が散髪されている最中だった。切っているのは、カズ兄だ。
散髪の終わった子供や順番待ちの子供たちは、跳び箱や遊具で各々自由に遊んでいた。
「おう、鉄朗。お前、先々月やってねえだろ。ボサボサだぞ」
「いいよ、俺は」
カズ兄は、女の子の髪を切る手を止め、鉄朗に向かって態と怖い顔を向けた。
「ダメだ。俺たちみてえのは身嗜みくらいしっかりしてねえと、世の中からナメられるからな」
カズ兄はそう言うや否や女の子の髪を仕上げに取り掛かった。毛先を揃えて、前髪を確認し、首の周りに付いた髪の毛をブラシで払った。
ポンチョを外すと、パイプ椅子に座った女の子の肩に手を置き「鉄朗の頭、ボサボサで汚いなぁ〜」と言った。
パイプ椅子からぴょこんと飛び降りた女の子は、鉄朗を指差した。
「テツ
鉄朗は小さい女の子には言い返さず、口をモゴモゴと動かすだけだった。カズ兄と女の子は、そんな鉄朗を見て笑っている。土方はダサいの単語がわからず首を傾げていた。笑っている2人の様子を見ると、どうやら褒めるような言葉ではなく、他人をバカにするような言葉だと理解した。
鉄朗が髪を伸ばしているのは、新選組のマネをしているからだ。
カズ兄の前のパイプ椅子には、また別の子供がちょこんと座った。手際よく美容ポンチョを被せた。
「この子で終わるから、次はお前な」
「いいんだよ、俺はこのままで」
「ダメだ」
カズ兄は霧吹きで目の前の子の髪を湿らせると、その時初めて土方たちの存在に気づいた。土方と目が合うと訝しげな目を向けつつ会釈した。
「こちらの方たちは?」
カズ兄にそう訊かれ、鉄朗は胸を張って言った。
「カズ兄、ビックリするなよ。こちらは土方さんと藤堂さんだ」
鉄朗は時代劇の岡っ引きのように腰を低く落とし、土方たちを紹介した。
カズ兄はキョトンとした顔をし、しばらく口を開けていたが、「ああ、そういうことね」とひとり納得して頷いた。この2人も鉄朗と同じ新選組ファンで、土方歳三推しと藤堂平助推しのコスプレだと解釈したようだ。
2人とも伸しっぱなしの髪を後ろで結いているだけだ。
「よろしかったら、貴方たちも髪、切りましょうか?お代はいただかないですよ」
今度は、土方と藤堂が顔を見合わせキョトンとした。
「カズ兄!いいよ、俺たちは」
土方は、ムキになって吠える鉄朗の肩に手を置いた。
「そうおっしゃるなら、せっかくだから散髪してもらおう」
「マジで!?」
「ま、まじ?そう、マジじゃ」
土方はマジでの意味を知らなかったが、なんとなくの流れで意味を解釈したようだ。
「じゃあ、さっぱりと現代の髪型にしてもらおう」
「じゃあ思い切って、俺みたいな髪型にします?」
カズ兄はそう言って自分の頭を指した。カズ兄の髪型は右サイドをツーブロックにし、左側の長い髪は軽くパーマをかけメッシュが入っている。
「おう。それにしてもらおう」
「いや。だったらあの肖像写真みたいにオールバックにしたらどうですか」
鉄朗は散々アニメでデフォルメされた土方歳三を見てきたのに、本物の土方歳三を崩されるのが嫌なようだ。
そんな鉄朗を宥めるように肩をポンポンと叩いた。
「あの写真の髪型は、なんか、そのー、あれだな。なんか、あれはダサい」
そう言って土方は高らかに笑った。
鉄朗は溜息を吐くしかなかった。
男の子の散髪はすぐに終わった。カズ兄に次だと言われたのに座る様子がない鉄朗を見かねて、土方は空いたパイプ椅子にポンと座った。
「では、たのもう」
鉄朗と藤堂は顔を見合わせた。
「すまぬ。土方さんは、ああ見えて結構新しもの好きなので」
藤堂は土方に聞こえないように鉄朗に耳打ちした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます