十七の夏と幽霊

増瀬司

その1

 17歳のとき、わたしは死んだ。交通事故だった。町中の交差点を渡ろうとしたときに、信号無視のトラックに撥ねられたのだ。

 自分が死んだことにすぐに気がついた。わたしの目の前には、路上に横たわった自分の身体があったからだ。自分の身体の周囲に、血がゆっくりと広がっていった。わたしは痛みを感じることはなかった。即死だったのだろう。

 自分の肉体が担架に乗せられ、救急車で運ばれていく様子を、わたしはぼんやりと眺めていた。もう急がなくてもいいのに、と思った。もうわたしは死んでいるのだから。「それ」はもう、二度と動かないのだから。


 わたしはその交差点の角に立ち尽くしていた。信号機のある電柱のそばに。いつまでもずっと。

 見知らぬ人々が、わたしの足元に花束を置いていった。彼らがわたしの姿に気づいた様子はなかった。親族や知人がここにやってくることはなかった。ただの一度も。あるいは彼女らはわたしが死んだことでスッとしてしまったのかもしれない。

 ある日、わたしは思った。いつまで自分は、ここに留まっているのだ?と。移動することはできた。たぶんどこへでも。だけど、どこに行く気にもなれなかった。どこへ行っても無意味だと思ったのだ。だれもわたしのことなど見えないし、だれもわたしの声など聞こえないのだから。


 どうすれば、つぎの世界に行けるのだろう?とわたしは考えた。どうすれば、成仏できるのだろう?と。

 この世に未練があるのだ、とわたしは思った。月並みだけれど。それを解消しなくてはならない。なにかが、わたしをこの世に引き留めているのだ。

 信号が青に変わり、クルマが数台、交差点を横切っていった。買い物袋を提げた初老の女性が、横断歩道を渡っていった。近くのスーパーで買い物をした帰りなのだろう。もちろん彼女はわたしには気づかなかった。

 初夏の風が、誰かが置いてくれた花束を微かに揺らした。そのそばには、缶ジュースが二つ置かれていた。オレンジジュースと炭酸飲料。

 わたしは自身の過去を振り返る。自身の心の蓋をこじ開ける。恐る恐る。まるでかさぶたでも剥がすかのように……。

 「あるいは——」わたしは小さく口にした。誰にも聞かれることのないその声を。

 ひとつだけ思い当たることがあった。まるで、パンドラの箱に残った「希望」のように。それは過去の記憶という、いくつかの苦痛体験のあとだった。

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