月には魔力とダンジョンがある
中川与夢
第一章 月での仕事
第1話 プロローグ
補給部に配属され受付の仕事をしていた私は、新品の腕輪をジョージ・デイル軍曹に届けるためにここにやってきたのだが、目の前の遺跡から巨大な狼のようなものが出てきた場面に居合わせてしまった。
その巨大な狼は、出口で待ち受けていた軍人たちを見回すと、威嚇の咆哮した。
「グァオーッ!」
狼というより、まるでライオンの様な咆哮だ。
「撃て!」
誰かが命令し銃撃が始まったが、その狼には大して効いていない様だ。
まさか、銃が効かないの? いったい、なんなの?
武器を持っていない私は、とりあえず後ろにあった荷物の陰に隠れる。
すると、先程補給部の上司がうっかり漏らした「魔物」という言葉が頭をよぎった。
それ以外にも上司は「ダンジョン」って言っていたし、同僚のスージーはあの腕輪のことを「魔法の腕輪」と言っていた。
私は、その時は何かの冗談か、あるいは隠語だと思っていたのだ。
おそらく、あれが魔物よね。
ということは、この月にはダンジョンも魔法も本当に存在するのね?
私は好奇心が勝り、荷物の間から頭を出してのぞいてみた。
すると、狼と目が合ってしまった。
わっ、やばい。
なんか武器。武器。
私はあたりを見回す。
私も剣道やボクシングをやってきたから、武器さえあれば戦うことは嫌じゃないけど。
せめて、刀でもあれば。
いや。銃でも大して効いてないみたいだから、刀なんかじゃ歯がたたないか。
するとどこからか、
「ファイヤー・ボール!」
という声。
え?
思わずその声の方を見ると、右前の方にいた一人の軍人が、魔法の腕輪を装着した腕を狼に向かって突き出している。
すると、本当に火の玉が現れて狼に向かっていく。二十センチ程の大きさだ。
それが狼に当たると、狼は苦しそうな声をあげた。
あの腕輪があれば本当に魔法が使えるの?
でも、あの狼には銃より効きそうね。
あの魔法の腕輪。ここにもあるけど。
もし狼がこっちに来そうなら、私もやってみる?
私はカバンから、届け物として持ってきた魔法の腕輪を出すと、先程の軍人の様に右腕にはめた。
新品じゃなくなっちゃうけど、緊急事態だからしょうがないわよね。
スイッチみたいのは無いし、さっきの人みたいに言えば魔法が使えるのかしら。
そしてもう一度頭を出して狼の方を見る。
すると狼は、先程のファイヤー・ボールを撃った軍人の近くまでジャンプして大きな口を開け、その軍人に噛みつこうとしていた。
どうやら怒らせてしまったようだ。
「ヒッ、ヒー!」
その軍人が情けない声を上げた。
危ない!
他に持っている人がいないなら、私がやらないと。
私は思わず立ち上がり、右腕を出す。
見様見真似だ。
とびきり大きいのを。
「ファイヤー・ボール!」
すると、先程の軍人が出した火球より大きい火球が現れて狼に向かっていく。八十センチ程の大きさだ。
私が撃った火球のスピードが速かったこともあるが、狼はその軍人に集中していたので、すぐに避けられなかったようだ。
火球が狼に命中すると、狼は吹き飛ばされて横倒しになり炎上し、そのまま動かなくなった。
やったの?
やっぱり銃より効果があるのね?
すると、そこかしこから、
「やったのか」「あのお嬢ちゃんが?」
という声。
お嬢ちゃん?
これでも私十八才なんだけど。
でも、今はそれより……。
私は荷物の後ろから出て、まだその狼が生きていた時に備えて、腕輪をはめた腕を前に伸ばしながらゆっくりと近寄ってみる。
すると、その狼の体が煙になって消えてしまった。
後には、こぶし大の緑色の石のようなものが残っている。
これってゲームみたい……。
「あんたがやったのか! すごいぞ!」
ジョージ・デイル軍曹がそう言って近づいてくる。
補給部の受付の私は、新品の腕輪を彼に届けるためにここにやってきたのだが、ダンジョンから魔物が出てきた現場に居合わせてしまい、成り行きでその腕輪を使って魔物を倒したわけだ。
「あっ、すいません。届けに来たのに、腕輪を勝手に使ってしまって」
私は腕から腕輪を外すと彼に渡した。
「それは別にいいんだが、ずいぶん威力のあるファイヤー・ボールだったな。さぞかし大きな魔石カートリッジでも出来たのか……おや?」
「何か?」
「さっき君はファイヤー・ボールを撃ったよな? 火の魔石が着いてないようだが……」
魔石って、たぶん今の狼が消えると残っていた物よね?
「火の魔石? そんなものは、始めから着いていませんでしたが」
「え?」
「え?」
(第七話より抜粋)
△▽△▽△▽△▽△▽
遡(さかのぼ)ること、九年ほど前。
「ヒューストン? こちらオリオン・スリー」
「こちらヒューストン」
「予定通り中継衛星を射出。これよりポイント030に向かいます」
「了解。成功を祈る」
月の南極上空を、アメリカの新型宇宙船が月の裏側に向かって飛行していた。
今回の主な探査目的は、三年ほど前のアルテミス計画による月面探査の際に、月の裏側で偶然にカメラに写った人工建造物らしき物を調査をすることだ。
しかし、月の裏側には電波が届かないので、まずは電波を中継する衛星を上空に配置してからの着陸になる。
この宇宙船はシャトル型だが、一昔前のスペースシャトルよりも一回り大きくなっている。
大きくなったことによって、操縦席の後ろにある貨物室には、コンテナに入った月面走行車と着陸船の二つを搭載する事ができていた。
さらに搭乗している五人の飛行士たちが着る宇宙服も、過去に行われたアポロ計画の時に比べるとだいぶスリムになっている。
「船長? 本当に月の裏側に人工建造物なんてあるんでしょうか」
後ろの席にいた三十代の女性飛行士が話しかけた。
彼女はインド系アメリカ人で、エンジニアだ。
「さあな。でも、行ってみればわかる事さ」
と、左の操縦席に座っている四十代の船長。
黒人で鼻の下にヒゲを生やしている。
操縦席の右に座る男性飛行士が話に割り込む。
「もし、宇宙人の基地だったらどうします?」
そう言った彼は、白人で二十代後半。パイロットだ。
「それは無いだろう。SF映画の見過ぎだ。それに、もしそうならとっくの昔に地球人にコンタクトを取っているさ」
「それなら賭けますか?」
「俺は、賭けはしない」
「じゃあ私が受けるわ」
と、後ろから先程の女性エンジニア。
「宇宙人の基地に百ドルだ」
「いいわ」
「さあ、そろそろ目標上空だ。上空で静止後、まずは走行車のコンテナを降ろす」
船長が、他の若手二人をおしゃべりから引き戻した。
「「イエッサー」」
シャトルには五名の飛行士たちが乗っているが、今回のミッションでは二人がシャトルとともに上空の静止軌道で待機し、三人が小型の着陸船で月面に降りる。
月面に降りた三人は、先に降ろした月面走行車に乗り換え、土壌サンプルの採取と建造物らしき物の調査を行う。
調査が終わったら、シャトルの搭載できる燃料の都合などで月面走行車はそのまま月面に置いてきて、飛行士だけが再び着陸船で上空で待機するシャトルに戻ることになっていた。
目標地点に到着すると、飛行士たちはまずは月面走行車の入ったコンテナを月面にリモートで投下した。
今回月面に降りるのは、先程の船長、パイロット、エンジニアの三人だ。
三人が宇宙服にヘルメットを着けるのを、シャトルに残る二人が手伝う。
「では、行ってくる。ヘインズ。シャトルの留守番を頼んだぞ」
船長がシャトルに残る副長にそう言って、貨物室に向かった。
「了解です。気をつけて行ってきてください」
月面に降りる三人が着陸船に乗り込むと、シャトル側に残る飛行士がマニュピレータを巧みに操作して、着陸船を貨物室から宇宙空間に出す。
これらの作業は地球にいるときに何回も訓練しているので、何の問題も無く行われた。
着陸船は最低限の噴射で月面に向かった。
着陸船は、調査対象があるポイントから五百メートルほど離れた地点に降りていく。
あまり近くに降りると、着陸の際にロケット噴射によって飛ばされた石などが調査対象にぶつかって、それを損傷させてしまう恐れもあるからだ。
三人の飛行士たちは、モニターの数値やメッセージを確認する。
「メインエンジンならびに姿勢制御装置に異常はありません」
と、エンジニアの女性。
「よろしい。コンピュータの自動制御により逆噴射を掛ける」
船長がパイロットに指示をした。
「準備完了。秒読みを開始します。逆噴射開始十秒前……三、二、一」
着陸船は逆噴射によって減速し、月面にわずかな振動とともに着陸した。
「着陸成功です」
男性パイロットは地球で練習してきた通りの報告を船長に行った。
「異常は?」
「全て異常ありません」
これには、女性エンジニアが答えた。
無事に着陸すると飛行士たちは外に出て、先に降ろした月面走行車をコンテナから出す。
どこかキャンピングカーを思わせる六輪のローバーだ。
三人は今度はそれに乗り換えて、目標地点に向かって走り出した。
前の席に船長と男性パイロットが座り、パイロットが運転を担当している。
女性エンジニアは、後ろの席でコンピュータの画面を確認していた。
「船長。目標地点は次の丘の向こう側になります。距離二百」
船長はそれを受けて、隣の男性パイロットに指示を出す。
「よろしい。そのまま、前進」
「了解」
月面走行車が低い丘を乗り越えると、前方の下方に目的の物が見えてきた。
「船長、あれは!」
女性エンジニアがそう言いながら、後ろの席から前方をよく見ようと身を乗り出す。
「あぁ。なんてこった」
そこには数本の四角柱が、地表から突き出ている。
おそらく地面の下にもまだ続いているに違いない。
地面から出ている部分だけでも、高さは三メートル近くはありそうだった。
そして見た感じでは黒い石で出来ているようだが、それらは正確に同じ形をしていて、しかも表面は磨かれたように滑らかだ。
明らかに人工的な物だった。
パイロットの男性飛行士は、その光景に釘付けになりながらも、賭けのことを忘れなかった。
「百ドル忘れるなよ」
「まだよ。これが宇宙人の基地だと決まったわけじゃないわ」
先程賭けを受けた女性エンジニアが応えた。
「ヒューストン。見えているか?」
船長が無線で呼びかけた。
「ああ。こちらでも大騒ぎだ。早速あらゆる専門家が集められ、今後の対処を検討することになる」
「俺たちは、何をすればいい?」
「まだ走行車からは出ずに、神殿にもそれ以上近づくな」
「神殿だって?」
「まるで、イエメンの月の神殿にそっくりじゃないか」
「あの遺跡と関連があると思うか?」
「まだなんとも。とりあえず計測器で離れた場所からの採寸と、放射線などの計測をしておいてくれ」
「了解」
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