第136話 想定外の動き

「それで、何をすれば良いのだ」

「それは簡単な事にございます」

 

 勘助は懐から文を取り出す。

 

「ここに、三郎の策が記されております。ここには織田秀信を羽柴秀吉にする、と書かれておりまする」

「羽柴……豊臣ではなく羽柴か」

 

 勘助は頷く。

 

「左様にございます。つまり、太閤殿下がまだ豊臣の姓を賜る前、天下人になる前と言うこと」

「……まさか」

 

 秀信は何かに気がついた。

 そして、勘助もそれに気が付き、頷く。

 

「かつて太閤殿下は、信長公を討ち取った明智光秀を凄まじい速度で京へ舞い戻り討ち果たしました。そしてそこから羽柴秀吉が豊臣秀吉……天下人へと成り上がっていった」

「……また大返しをするというのか? 大返しは最近、第二次関ヶ原で戦った三郎達が起こしたと聞いたが……そう何度も出来るのか?」

「出来まする」

 

 勘助は即答する。

 勘助が文を広げ、指を指す。

 

「ここに、真田に急いで大返しの支度を済ませるように指示を出してあるとありまする。既に真田殿が道中の全ての手筈を整えているはず。大返しの準備は出来ておりまする」

「……そうか」

「後は大阪へと舞い戻り、淀殿と秀頼公を伊達の手からお救いすれば、豊臣政権での立場は安泰。皆の忠誠は、易易と大阪城を奪われた豊臣から、反逆者伊達政宗を討ち果たした秀信様の下に徐々に集まるでしょうな」

 

 その言葉を聞き、秀信は頷く。

 秀信は立ち上がり、指示を飛ばす。

 

「綱家! すぐに兵を西へと進める! 支度を整えよ! 勘助、東は大丈夫なのだな?」

「はい。関東や奥州の情勢がまだ落ち着いてはおりませぬが、それを抑えるのが如水の役目。何があっても、如水ならば秀信様が伊達を討ち滅ぼすまでの間、抑えてくれまする」

 

 秀信は頷く。

 

「うむ。支度が整った者から順次西へ向かうぞ!」

 

 指導者としての風格が見え始めた秀信の背中を見つつ、勘助は思う。

 

(三郎は秀頼と淀殿の命は奪うなと言ったが……本来ならばどさくさに紛れて殺すべきだ。織田の天下には邪魔でしかない……しかし……北政所様の願いとあっては仕方がないか……)

 

 三郎は決して政所との約束を忘れたわけでは無かった。

 淀殿と秀頼の命は決して奪うなと、確かに文には書かれていたのだった。

 

 

 

 秀信達が大阪の知らせを聞いてから二日後。

 秀信は準備の整った手勢で、西へと兵を進め肇めていた。

 しかし、そのさなか。

 大阪からの急ぎの知らせが来る。

 大垣衆はすぐさま情勢を伝えられるように待機しており、秀信の下へすぐさま西の情勢が伝えられた。

 

「何!? 淀殿と秀頼公が!?」

「は! 伊達によって討ち取られたと!」

 

 その報告に、秀信は驚きを覚える。

 そして、勘助へと問いただす。

 

「勘助! どういう事だ!」

「……分かりませぬが、伊達を焚きつける役目は信包殿のお役目。という事は、信包殿が勝手に秀頼公と淀殿を……」

 

 その勘助の推察に、秀則が反応する。

 

「まさか!? 淀殿は自分の姪だぞ!? 幾ら何でも……」

「……いや、それほどまで織田の天下を望んでいたのだろう」

 

 秀則の言葉に秀信が答える。

 

「例え秀頼に織田の血が入っていようとも、それは織田では無く豊臣の天下。後の歴史書には織田の一族と書かれることは無い。これまでは豊臣に織田の血が入っているという事で納得していたのが、三郎のお陰でその考えが変わった。信包殿はそれ程までに織田の天下を望んでいたという事だろう……」

 

 その知らせで雰囲気が暗くなる。

 予定に無い動きに、秀信達は困惑していた。

 すると、勘助が軽く咳払いをする。

 

「なにはともあれ、織田の天下になる事には変わりありませぬ。信包殿の行動は、三郎の意思にそぐわなかったが、織田の天下へ直結致しまする。ここは良い方向へ転がったと捉えるべきでしょうな」

 

 秀信は暫く考えたのち、頷く。

 

「……そうだな。過ぎた物はどうしようもない。行くぞ! 他の者に遅れを取る前に、大阪へと向かう!」

 

 信包の動きは嬉しい誤算であった。

 そして、伊達政宗はまだ秀信達の動きを知らない。

 最後の決戦が、迫っていた。

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