第134話 大阪脱出

「ここらで良い。引くぞ!」

「待て!」


 黒ずくめの男は加藤清正に向けて刀を投げる。

 清正は難なくそれを躱すが、加藤清正の視線は切れた。

 そして視線を戻したその時、既にそこに黒装束の男達は居なかった。

 すでに二人を襲った伊達の兵も既に姿は無かった。


「秀頼様! 茶々様!」

 

 加藤清正はその場に倒れている二人に駆け寄る。

 

「……秀頼様」

 

 秀頼の息は既に無く、息絶えていた。

 

「清正殿! 淀殿はまだ……」

「茶々様! お気を確かに!」

 

 片桐且元の言葉で加藤清正が淀殿に駆け寄る。

 

「清正……殿……秀頼は……」

「……」

 

 淀殿の手は冷たく、意識も朧気であり、もはや助かる見込みは無かった。

 

「……問題ありませぬ。傷は思ったよりも浅く、命に別状はありませぬ、今は眠っておられるだけ。何も心配はいりませぬ」

「……よか……た」

 

 そして、淀殿は息絶える。

 加藤清正は、薄っすらと涙を流した。

 

「……茶々様、秀頼様。必ずや、仇は取りまする」

「清正殿。早く行かねば、我々も危険にござるぞ」

 

 鍋島直茂のその言葉に清正は頷く。

 

「うむ。だがその前に、政所様をお救いせねば。あの方ならば独自に対応しているはずにございまする」

「そうですな……龍造寺殿、ついてきてくれるだろうか」

 

 龍造寺政家は頷く。

 

「無論にございまする。直茂、兵を与える。兵を回して退路を確保しておけ。北政所様の下へは加藤殿の手勢と残った儂の手勢で行く」

「畏まりました」

 

 鍋島直茂は頷くと、すぐさまその場を後にする。

 手勢を引き連れ、城門へと向かう。

 

「場はまだまだ混乱しておりまする。されどあまり時はかけられませぬぞ」

「龍造寺殿。感謝致す」

 

 加藤清正は頭を下げる。

 

「さ、参りましょぞ!」

 

 

 

「慌てるでない! 急ぎ武具をつけるのです!」

 

 北政所は自分の下へ逃げ集まってきた兵達に指示を出す。

 

「伊達の兵も指揮が乱れている様子。この状況は想定していなかったのでしょう。そして、敵味方を区別するのは武具をつけているか否か」

 

 豊臣の兵は殆どの者が装備を外しており、伊達の兵は武具を身に着けていた。

 それによって敵味方がはっきりとしていたのだ、

 

「政所様! 支度が整いましてございます!」

「では、あなた達はここに敵は居ないと付近の伊達の兵に触れ回りなさい。くれぐれも気づかれぬように」

 

 武装した兵達は頭を下げるとその場を後にする。

 

「この僅かな時間で皆も逃げる準備をしなさい! 必ずや誰かが助けに来てくれます!」

「政所様!」

 

 すると、先程の兵が一人帰って来る。

 

「どうしたのです!」

「そ、それが……」

「政所様! ご無事で何よりにございます!」

 

 すると、清正達が現れる。

 

「清正! 無事でしたか!」

「は! 龍造寺殿らの助けにより多くの者を救えました。鍋島殿が退路を確保しておりまする。早くこちらへ」

 

 しかし、北政所は動かない。

 

「……秀頼と茶々様はどうしたのです? あなたならば先にそちらへ向かうでしょう?」

「……それが……お亡くなりになられました」

 

 その清正の言葉に政所は言葉を失う。

 

「我等が駆けつけた頃にはもう……」

「あと少しでも早ければ……」

 

 龍造寺政家が拳を握りしめる。

 

「……いえ、良いのです。悔やんでる暇はありません。私達も早く逃げましょう!」

「……は!」

 

 かくして、清正達は無事に大阪城を脱出する。

 淀殿と秀頼は死に、伊達政宗の天下となった。

 しかし生き残った者達の伊達への恨みは凄まじく、後々に大きな影響を及ぼす事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る