第72話 縁談

「…………」

「…………」

 

 秀信と百々の捜索隊により確保された三郎と福は半ば無理矢理連れ戻され、祝言を上げていた。

 そして、二人共終始無言のまま祝言は終わった。

 三郎は秀信からお叱りを受けていた。

 

「三郎! お主がもっと歓迎しなければ噂も広がらぬぞ!」

「しかしな……」

 

 秀信からお叱りを受ける三郎。

 しかし三郎も反論が出来ないので甘んじて受けていた。

 

「……理屈は理解できるし、良い案だと思う。だが、どうしても嫌だと思ってしまうのだ」

「……仕方無い」

 

 秀信は諦め、腰を落ち着ける。

 

「まぁ、仕方無い。今宵は二人きりで、話すがよかろう。出会いは悪いものでは無いようだしな」

 

 三郎は勘助を見る。

 勘助は岐阜に戻ってきており、事の経緯を既に聞いていた。

 

「……一体いつの間に帰ってきてたんだ……」

「九州での仕返しだとでも思って下され。」

 

 三郎は大きくため息をつく。

 

「仕方が無い。諦めるとするか……」

 

 

 

「……改めて、織田三郎にございます」

「……斎藤福です」

 

 三郎の自室で互いに顔を合わせ、改めて自己紹介をする。

 そして、暫くの間沈黙が流れる。

 

「……はぁ」

 

 すると、福がため息つく。

 

「ど、どうかされましたかな?」

「……まず、何故敬語なのですか? 私達は夫婦ですよ?」

 

 そう言われ、三郎は返す。

 

「……そちらも、敬語ですが?」

「……ふふ」

 

 すると、福が笑う。

 

「はぁ、疲れた。肩肘張ってたのが馬鹿馬鹿しい。望まぬ結婚なんて……と、思ってたけど、あなただったら別に緊張しなくても良いですね。どうやら、縁談を望んでいなかったのはそちらも同じようですし」

「……申し訳無い。このようなことになってしまって」

 

 三郎は頭を下げた。

 

「……某は、それぞれが好む相手と結婚することが出来る世の中を目指したい。つまり、政略結婚が必要のない世の中。戦など無い世をつくりたいと思っていた。それが、この有様だ……結婚を策の一つとして使いたくはなかったんだが……」

「……」

 

 三郎がそう言うと、福は顔を近づけ、三郎の顔をよく見る。

 

「……な、何か?」

「……あなた、変わっていますね」

 

 満足したのか、福は元の位置に戻る。

 

「戦の無い世。良いでは無いですか。その為に私の力が必要というのならば、力を尽くしましょう。あなたの為ならば、私も力を尽くせましょう」

「し、しかし……」

 

 それでも戸惑う三郎に福は答える。

 

「あなたが、私の父や未亡人だということを気にしていると聞きました。ですので、その事は全て忘れて下さい。息子、正勝とは離縁します」

「……は!?」

 

 その福の提案に流石の三郎も戸惑う。

 

「それならば、私は未亡人でもありません。自ら望んで稲葉の家を去ったのです。気にする必要はありません……あなたならば、戦場で死ぬことは無いでしょう。……私を、一人にはしないで下さいね。」

 

 そう言うと福は三郎に抱きつく。

 福は少し震えていた。

 

(昔、山崎の合戦で明智の家の人間を失って、家族と呼べるものが身近にいない時を過ごしてきたんだ……仕方が無い……か)

 

 三郎はそっと抱き返す。

 

「無論に御座います。我等が大願、成就するまでは決して一人にはさせませぬ。生涯、あなたの夫婦として尽くしましょう」

「三郎殿……」

 

 すると、三郎は外から視線を感じた。

 その先を見るが、只の暗闇で何もない。

 

「……」

「どうなさいましたか?」

 

 三郎は福からそっと離れ、ゆっくりと近づき、刀を抜く。

 

「ま、待て!俺だ!勘助だ!」

 

 すると、暗闇からから勘助が現れる。

 

「なんで、あんな所に?」

「……どうなるか心配でな」

 

 三郎は刀を収めることは無かった。

 

「出ていけ!とっとと出て行け!」

「言われずとも出ていく!だから落ち着け!」

 

 三郎は刀を片手に勘助を追い詰める。

 少し良い雰囲気になった所を見られたからか、邪魔をされたかはわからなかったが、とにかく三郎は続けた。

 

「……ふふ」

 

 すると、その様子を見ていた福が笑う。

 

「仲がよろしいのですね」

「……仲が」

「……良い?」

 

 二人は互いに顔を見合わせる。

 

「そういう所が、ですよ」

「……お前も、らしく無いな」

「……そうみたいだな」


 かくして、三郎の縁談は功をそうした。

 しかし、三郎の望む所であるかどうかは、わからなかった。

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