第32話 秀則と有楽斎

 佐和山裁定より数日前。


「……父上。接近する敵が。」

「……追手か?」

「……分かりませぬ。」

 

 関ケ原より東。

 大垣城へと至る道中の小さな寺に隠れる者達がいた。

 名を織田有楽斎。

 織田信長の弟であり、長男である長孝と共に東軍として関ヶ原に参陣しており、僅かな手勢で活躍していた。

 が、東軍が敗走した事により有楽斎達も敗走。

 東へ逃げ、今は小休止を取っていた。

 

「しかし、旗印は織田。」

「……秀信か?我等を討ちに来たか……。」

 

 有楽斎はしばらく考えると頷く。

 

「うむ、会おう。皆には決して刀を抜くなと伝えよ。」

「は。」

 

 

 

「お久しぶりに御座います。有楽斎様。」

「秀則であったか。久しぶりだな。」

 

 有楽斎は千利休に茶道を学び、利休十哲にも数えられる文化人であった。

 そんな有楽斎が秀則に茶を差し出す。

 差し出された茶を秀則は飲む。

 

「有楽斎様は東軍に付かれたと。関ヶ原に居られたのですか?私は前線には赴いておりませんので。」

「そうか。様々な所を転々とした。細川、井伊、藤堂等とな。戦況が戦況だけに、忙しかったわ。」


 秀則は茶を飲み干すと、軽く咳払いした。

 

「有楽斎様。一つ、お話が御座います。」

「……何だ?」

「我等は、織田家はもう一度天下を取るつもりです。我が兄秀信と、優秀な軍師がその為に奔走しております。今一度、織田家一門で結束し、天下を取りませぬか?」

「……天下。」

 

 有楽斎もお茶を飲み干し、考える。

 

「……その優秀な軍師というのは?信用出来るのか?」

「……恐らく今生きている誰よりも戦の才も、外交の手腕も、謀略の才も優れておりまする。」

「そんなにか……。」

「は。恐らく表向きは豊臣家中を掌握する所から始める筈。つまりは、我が兄秀信が五大老や五奉行等の重要な立場に立つということ。後々、根回しが終わった頃に立つことになるでしょう。」

 

 有楽斎はしばらく考える。

 そして、結論を出した。

 

「分かった。その男が信用出来るかどうかは会ってみなければ分からぬが、お前の言葉を信用しよう。我が兄、織田信長が目指した天下。我が一族がもう一度それを目指すというのは、感慨深い。力を貸そうぞ。」

「ありがとうございます!では、まずは岐阜城を取り返そうと思っております。大垣城の兵を引き連れて関ヶ原の敗残兵が戻る前に岐阜城を取り返しまする。」

「うむ、よき考えじゃな。」

 

 有楽斎は立ち上がり、外に出る。

 そして、兵達が待つ場所へ向かった。

 

「皆の者!我等はこれより豊臣方として徳川と戦う!まずは岐阜城を取り返す!我が兄が天下布武を掲げた城、岐阜城を織田家の手に取り返すのだ!織田家の名を天下に知らしめるぞ!」

 

 戸惑いつつも、しばらくすると軍勢から鬨の声が上がる。

 皆、心の何処かでは織田家の立場に不満を持っていたのだ。

 

「まずは大垣城へ参りましょう。そこで兵を集めまする。」

「いや、先に書状を書く。」

「書状?」

 

 有楽斎は頷く。

 

「織田秀雄殿。そなたの叔父上、信雄殿の息子だ。」

「……成る程、秀雄殿は越前大野を治めている。上手く事が進めば岐阜城の奪還戦に間に合うやも知れませんしな。」

 

 有楽斎は頷く。

 

「信長公の弟であるこの儂が必ずや岐阜城を取り返してみせようぞ。」

 

 織田家一門衆は徐々に集まりつつあった。

 織田宗家の名の下に。

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