第12話 赤坂夜襲

「よし、準備は良ろしいか?」

 

 島津の問いに頷く。

 深夜、眼の前には徳川本軍。

 島津と我等織田勢が夜襲の任を受けた。

 

「かかれ!」

 

 一斉に鬨の声を上げ、東軍に攻めかかる。

 自身も自ら槍を振るい、敵を討ち取っていく。

 

「な、何事じゃ!」

 

 夜襲の標的となったのは此度が初陣の松平忠吉であった。

 徳川家康の四男でもある。

 

「慌てるな!慌てるでない!落ち着け!」

「……大将があのように騒ぎ立てては狙ってくれと言っているような物よ。行くぞ!」

 

 島津義弘は僅かな手勢を率いて混乱する敵兵の中を突き進む。

 敵は島津の勢いに気圧され、成すすべ無く忠吉までの道を開けていた。

 

「松平忠吉殿とお見受け致す!ご覚悟!」

「ひっ!」

 

 鬼島津の勢いに忠吉は怖気づき、その場に尻餅をついた。

 義弘が、刀を振り下ろす。

 

「忠吉様!」

「む!?」

 

 すると、騒ぎに気が付いた敵軍が駆け付ける。

 あれは、井伊直政だ。

 島津義弘の刀は井伊直政によって受け止められた。

 

「我等も遅れを取るな!この織田中納言についてこい!」

「ちっ!忠吉様!こちらへ!」

「う、うむ!」

 

 秀信の機転により、救援に駆けつけた井伊勢の横腹を突く。

 井伊直政は松平忠吉を助けると、すぐさまその場を後にした。

 

「敵襲!敵襲だ!」


 騒ぎを聞きつけた他の敵も続々と集まってくる。


「秀信。ここらが潮時だ。」

「三郎……うむ、島津殿!」

「あぁ、異存はない。」

 

 すぐさま踵を返し、引く。

 

「追え!敵は小勢ぞ!決して逃がすな!」

 

 振り向くと、敵勢がこぞって追いかけてきていた。

 旗印は……多すぎて分からない。

 が、先頭は池田、藤堂らであろうか。

 後は友軍を信じるしか無い。

 

 

 

「来たな……。」

 

 南宮山に着陣した長宗我部盛親。

 関ヶ原の戦いでは本来、吉川広家の寝返りにより参戦することすらできなかった武将である。

 

「殿、長束正家殿もいつでも行けるとの事です。」

「うむ、位置的にも我等が先に仕掛ける。そこで崩れた敵を長束殿が更に奇襲する。良い案じゃ。」

 

 同じく南宮山に布陣した長束正家は長宗我部よりも北に布陣していた。

 すなわち、島津、織田勢が引き連れてきた東軍に先に長束勢が仕掛けては長宗我部勢が仕掛けることは出来なくなるのだ。

 

「よし、今ぞ!出陣じゃ!」

 

 頃合いを見計らい、長宗我部勢が山を降りる。

 

「突っ込め!」

 

 山を降りた勢いそのままに島津勢を追撃する敵を攻撃する。

 

「な、何だと!?」

 

 敵は突然の襲撃に戸惑いを隠しきれず、陣形に乱れが生じた。

 敵はいきなりの奇襲に次々と討ち取られていく。

 

「長束様も仕掛けたようです!」

「よし!この戦、勝てるぞ!」

 

 すると、反対側からも鬨の声が上がる。

 

「よし、本軍も仕掛けたな。一気に突き崩せ!」

 

 敵は一気に浮足立ち、その場を逃げようとするものが後を立たなかった。

 島津、織田勢らも反転し、敵を殲滅していく。

 

「……おかしいな。」

「どうされましたか?」

「敵が少なすぎる。」

 

 長宗我部が言う通り、確かに島津、織田勢を追撃していた部隊は少なかった。

 長宗我部は赤坂に目をやる。

 そこには、未だ無数の旗印が立っていた。

 

「これは……どういう事じゃ!?」

 

 

 

「釣り野伏せ?」

「は。」

 

 徳川本陣。

 後の征夷大将軍、徳川家康に拝謁する人物がいた。

 井伊直政である。

 

「直政、あの程度の小勢ならば、全軍でかかれば罠であろうとも蹴散らせたのでは無いか?敵総大将の毛利も来ておらぬ今、石田三成を潰す絶好の機会と考えるが。」

「は。某もそのように考えまする。が……。」

「直政!はっきりと申せ!」

 

 鬼のような形相を浮かべるは猛将本多平八郎忠勝。

 五十余度の戦に出て傷を一つも負わなかったという猛将である。

 

「夜襲を仕掛けてきたのは島津、先程も申し上げた通り釣り野伏せを得意とする連中です。そして織田。」

「織田……。」

「私は岐阜城において、織田中納言の知略が如何に優れているかを目の当たりに致しました。ここで深追いは危険でしょう。戦功を焦って既に行ってしまった池田、藤堂勢には悪いですが、様子見と行きましょう。」


 その直政の報告を聞き、家康は頷いた。

 

「うむ。そなたの申す通りにしよう。が、見捨てたとあっては他の者に示しがつかぬ。救援のためにということで全軍を近くまで動かそう。他の者の心が離れてはこの戦は勝てぬからな。」

「はっ。」

 

 直政は頭を下げるとその場を後にする。

 

「織田……秀信か。」

 

 家康は爪を噛んだ。

 

「油断は出来ぬ……か。」

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