第8話 舞兵庫

「この戦、無駄に出る必要はない。田中殿に任せておけ。」

「では、我らは?」


 東軍、黒田長政。

 秀吉に仕えた軍師黒田官兵衛の息子である。

 

「後方におれば良い。ここで兵を消耗させたくはない。」

「はっ!」

 

 既に渡河は追え、田中勢が敵に追撃をかけている。

 敵の数はせいぜい一千。

 大した数ではない。

 

(それよりも、岐阜城が気になる。岐阜城に籠もるはかの織田信長公の御孫。侮ることは出来ない。)

「殿!」

 

 すると、陣に伝令が駆け込んでくる。

 

「どうした?」

「て、敵です!後方より敵が!」

「何だと!?どこの兵だ!?」

「旗印は、織田!」

 

 その報告を聞き、振り返る。

 そこには確かに織田の旗が立っていた。

 

「岐阜城に籠もっていたのではないのか!?」

 

 すると、陣の横から鬨の声が聞こえる。

 そして、別の伝令が駆け込んできた。

 

「ご報告!織田の旗が我等が陣のすぐ横にも!」

「くっ!してやられた!」

 

 既に兵には動揺が広がっていた。

 しかし、逃げ出す者が居ないのは大軍であるが故の安心感からだろうか。

 包囲されていないのは、せめてもの救いか。

 

「くっ……どうする……。」

 

 

 

「こ、これは!?」

 

 杉江勘兵衛が指揮する殿軍にも、その状況はすぐに伝わった。

 敵兵に動揺が広がっていた。

 

「な、何事だ!?」

 

 すると、杉江勘兵衛は敵陣の中で狼狽える馬上の武将を見つけた。

 敵将である。

 

「今じゃ!攻めかけよ!」

 

 その隙を見のがさす、殿軍は遅滞戦術から一転、攻勢に転じた。

 

「なっ!?しまっ……。」

 

 馬上の武将は流れ矢に当たり、落ちた。

 それを受け、敵勢は一気に崩れた。

 

「今じゃ!更に押せ!押し戻せ!」

 

 

 

「ん?」

 

 大垣城へと後退する軍を指揮する舞兵庫こと前野忠康。

 撤退を開始した彼らにも後方の状況の変化は伝わった。

 

「あれは、織田様の旗!」

 

 森九兵衛の指差す方を見ると、そこには確かに昔見慣れた織田の旗が立っていた。

 

「どうやら、城を出て眼の前で戦っていた我等に加勢してくれたのか。」

「敵勢の横にも織田様の旗が!」

 

 半ば包囲された形になっている。

 流石は信長公の御孫。

 ならは、やることは一つであった。

 

 

 

「我こそは岐阜中納言が家臣、木造長政!かかって参れ!」

 

 木造長政が自ら槍を振るい、敵勢を蹴散らしていく。

 奇襲を受けた黒田勢はまだまだ態勢を立て直せていなかった。

 

「木造殿が出過ぎておるな。松田殿、兵を率いて敵勢左翼を突いてくだされ。」

「相わかった!」

 

 松田が兵を率いて行く。

 敵左翼側には百々が率いる別働隊がいる。

 あわよくば敵を潰走させられる。

 

「此度の戦は敵を引かせるだけで良い。あまり無茶はさせるなよ。」

「わかっております。」

 

 秀信の言葉に秀則は頷く。

 百々から指導を受けていた秀則が指揮を取っていた。

 無論、総大将は秀信てある。

 

「お、黒田勢が引くようですな。」

「藤堂勢もそれに従い引いたな。秀信様。そろそろ頃合い、友軍と合流し、大垣城へ引きましょう。」

「うむ、三郎の言う通りに……ん?」

 

 すると、黒田勢の引く先に別の軍が動いていることに気が付く。

 

「あれは……舞兵庫殿!」

「成る程……戦況を見て潰走する敵勢を攻めるか。流石だな。」

 

 秀信に正対し、進言する。

 

「ここは殿軍と連携して田中勢を打ち倒しましょう。」

「撤退する黒田、藤堂勢は舞兵庫殿にお任せいたしましょう。」

「うむ、そうしようか。一気に攻めよ!」

 

 これで、関ヶ原の状況が大きく変わるだろう。

 だが、まだまだだ。

 もっと優位な状況を作らねば。

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