第六話 聖女の告白

__ザッカルング共和国ミノ県エイルマ市ルルッカス一番街四一番地__555年8月26日



 エリオット・サザランが生きたのはクローナ歴三百年代の終わりから四百年代前半あたりだ。イモゥトゥの新生年齢を考慮すると、イヴォンがエリオットに救われたと言うのは当然彼の晩年だろうと推測したが、彼女の口からは想像もしていなかった事実が語られた。


「処刑されかけたというのはわたしの前の人生でのことです。わたしはおそらくクローナ歴四三〇年頃に一度新生し、今二度目の新生を迎えようとしています。前の人生のことは、数年前に新生前症状が出始めてから交霊で見るようになりました。最初はそれが自分の過去だとは思いませんでしたが、今は確信しています」


「自分の視点で見るの?」


 パヴラが尋ねた。


「そうです。前の人生でもわたしはイヴォンと呼ばれていました。わたしが交霊で見たものと、サザラン領の記録を踏まえた上で推測も含めてお話します」


 そう前置きして彼女が始めた話は、四百年代初頭に〝狼少女〟として処刑されかけたところから始まった。


「わたしが捕まったのは廃村となったウチヒスル村の近くでした。ウチヒスル村は現在フォルブス男爵領となっていますが、クローナ歴二七一年に奇病が発生し、周りの森ごと燃やして廃村になった曰くつきの村です。わたしが捕まった四〇二年当時も許可なく立ち入ることはできませんでした。

 記録によると、狼少女はウチヒスル村を囲う森で狼と一緒に行動していたらしく、隣のカラック村の住人がそれを目撃し、不浄の獣として捕まえて処刑することになったのです。

 処刑の実施記録が残っていますが、当時、エリオット・サザランはわたしを処刑したことにして伯爵邸の一角に匿いました。

 彼は前伯爵の父親が早逝したため十七で伯爵位を継ぎ、わたしを助けたのは二十ニ歳の時です。前伯爵夫人も亡くなっており、その当時彼はまだ未婚だったため伯爵家にいるのは使用人ばかりで、屋敷の中でも隔離された一角にいたのがリュカ――先ほど交霊で見たルーカスです。

 彼はまだ三歳くらいでしたが、子どもらしさはありませんでした。わがままも言わないし、泣くこともありません。笑いはしますが、どこか皮肉めいた笑顔でした。

 それも仕方のないことかもしれません。わたしとリュカは『安全のため』という理由で外部との接触を禁じられ、顔を合わせるのは伯爵と彼の執事のバーナビー・タナーくらいで、タナーさんはわたしとリュカの教師でもありました。

 伯爵はある時わたしに『実験に協力してほしい』と言ってきました。きっと、彼はわたしがイモゥトゥだと察して、利用するために助けたのでしょう。エリオット・サザランは不老不死に執着しているようでした。もしかしたら、イモゥトゥを研究することで自分も不老不死になろうとしたのかもしれません」


「リュカがその産物ということは? あれだけ似ているのだから、エリオットが自身を使ってイモゥトゥを作ろうとしたのかもしれない」


 アカツキの問いを「そうかもしれません」とイヴォンはあっさり肯定し、「でも」と続ける。


「リュカは完全なイモゥトゥではなかった。老いないし、もしかしたら死なないのかもしれないけれど、病気がちでは永遠に屋内に引きこもっていなければならない。まるでリーリナの沼ではありませんか。

 リュカのためか、完全なイモゥトゥを作るためか、伯爵はわたしを使って研究することにしたのでしょう。身体に傷をつけられたり、怪しげなものを飲まされたり、血を抜かれることもありました。これは実験の名残です」

 

 イヴォンは四本しか指のない左手をわたしたちに向け、さらに話を続けた。

 

「クローナ歴四〇八年にウチヒスル城が完成すると、わたしとリュカはその城に転居しました。伯爵とタナーさんもです。伯爵は結婚し、妻のアリシアと双子の息子ライナスとネイサンがいたのですが、妻子はサザラン伯爵本邸に残し、伯爵だけウチヒスル城で暮らし始めました。おそらく、夫婦仲はあまり良くなかったのだと思います。

 城で暮らすようになったあと、わたしはようやくタナーさんからクローナ神話について教わり、イモゥトゥという存在を知りました。そして、『あなたはおそらくイモゥトゥだろう』と言われたんです。自分が普通ではないと知り、人間も狼のように老いて死ぬのだと理解しました。

 わたしはタナーさんに『リュカもイモゥトゥか』と尋ねましたが、答えてくれませんでした」


 イヴォンがゴブレットに口をつけたのを機に、アカツキが「ひとつ聞いてもいいかな」と手を挙げた。


「その当時、イヴォンがリュカのことをイモゥトゥだと考えたのは彼の成長が止まったから?」


「交霊で自分の過去を見てもその時に何を考えていたのかまではわかりません。わたしは視点人物が『リュカはイモゥトゥか』と尋ねた場面を見ただけなのです。

 リュカをイモゥトゥだと考える理由はあったのでしょうが、単にサザラン家で同じ場所に隔離されていたからかもしれません。

 ……リュカのことはわたしもよくわからないんです。過去を交霊で見るようになって、リュカ視点で交霊できないか試したのですがうまくいきませんでした」


「えっ、イヴォンは視点人物を選べるの? それってすごくない?」


 オトはパヴラに同意を求め、彼女も驚いた顔でうなずいている。本当に視点人物を選べるのなら驚異的な交霊能力だが、イヴォンの答えは違っていた。


「視点人物を選ぶことはできません。リュカは特殊な環境に置かれていましたから、タナーさんとわたしを同時に交霊で見ようとすればリュカ視点になると考えたのです。でも成功しませんでした。

 わたしがリュカのことをイモゥトゥだと断言しないのはこのためです。わたしは交霊感度が高いのですが、特にイモゥトゥの記憶に繋がりやすい傾向があります。でも、彼の記憶はのぞけない。

 それに加え、リュカは交霊されないよう対策しているようです。病弱で人と会わないせいもあるでしょうが」


「交霊を回避するために病弱なふりをしてるんじゃないの?」とオト。


「演技ではないと思います。幼い頃から彼はいつも屋内にいましたし、タナーさんがかなり気を遣っているようでしたから。

 リュカを交霊で見ようとして現れるのは大抵エリオットです。彼がイモゥトゥの交霊能力に気づいたのはわたしが新生前症状を発症した後で、それまでは交霊を回避することなど考えていなかったはず。

 最初に交霊で見たのは伯爵でした。鏡に映った伯爵を伯爵自身が見ていた。その生々しい白昼夢を伯爵に話すと、彼は『これは使える』と歓喜していました。その後、わたしは霧の銀狼団で聖女として交霊をすることになったんです。

 パヴラさんとオトさんにはまだ話していませんでしたが、あなたたちが『犬』と呼んでいる組織は『霧の銀狼団』と言います。ラァラ派信者の一部で構成された秘密組織で、本部はラァラ神殿の地下にあります。

 わたしは祀花守という職に就いていましたが、交霊会のためにすべての時間を勉強に費やすようになりました。交霊で有益な情報を得るには幅広い知識が必要です。語学だけでなく政治や経済、国際情勢についても学びました。サザラン伯爵家をはじめ、霧の銀狼団所属の貴族は交霊で得た情報を元に潤い、栄えていったのです」


「イヴォン以外のイモゥトゥも交霊を?」


 わたしが問うと、彼女は「はい」とうなずく。


「ラァラ神殿にわたし以外のイモゥトゥがいると気づいたのはまだエリオットが生きていた時でした。神殿の下位聖職者の中にわたしと同じように年をとらない人がいると気づいたのです」


「ということは、エリオットはイヴォンを研究して完全なイモゥトゥを作れるようになった?」


 アカツキが険しい顔で聞くと、イヴォンは今回も断言を避けて首をかしげる。


「伯爵は『保護したのだ』と言っていましたが、今思えばそうかもしれません。当時のわたしは単純に仲間ができたことを喜んでいたようですし、居場所もいつからか神殿内のイモゥトゥ専用区域に移っていました。具体的にいつ頃だったのかはわかりません。

 新生後のわたし――つまり、今のわたしは物心ついたときから神殿のイモゥトゥ専用区域で祀花守として暮らし、他のイモゥトゥと一緒に勉強していました。

 このことから考えると、わたし以外のイモゥトゥが交霊するようになったのはわたしの新生前後でしょう。昔のわたしは新生前症状を利用して交霊を行っていたのですが、麻薬で交霊状態に入る方法が導入されていました。

 わたしも麻薬で交霊を行いました。イモゥトゥは何人もいるのになぜわたしだけが聖女と呼ばれるのか、どうして交霊希望者が『おかえりなさい』と言うのか不思議でした。彼らは祭服を着て顔を隠しているのですが、それでも口調や仕草に妙な親しみというか、馴れ馴れしさを感じたのです。それも過去の記憶が蘇って腑に落ちました。

 おかしいですよね。狼少女を聖女だと崇めるなんて」


 イヴォンはゴブレットに口をつけ、空だと気づくと肩をすくめる。パヴラは彼女のためにワインを注ぐと隣に腰掛けた。


「イヴォンは新生を『魂の死』だと思う?」


「どうでしょう」


 イヴォンは慣れた手つきでゴブレットを回し、匂いを嗅いで口に含む。


「パヴラさん、体が死を迎えるとやがて朽ちて形を失うでしょう?

 魂も同じではないかと思います。

 新生が近づくにつれて、自分と他人の魂を隔てる膜のようなものが少しずつ脆くなっていく気がするんです。膜の破れたところから他人の記憶が流れ込んでくるのが新生前症状。膜が完全に消えて魂が形を失うのが新生ではないかと考えています。

 普通の人間はそうなる前に肉体が滅びるけれど、イモゥトゥの場合は肉体が残り、新しい魂が宿る。

 もちろん今話したのは想像ですが、わたしの交霊体験から導き出した結論です。わたしたちの魂は元々どこかに……もしかしたらセタの国にあり、肉体の死か魂の死によってそこに戻るのではないでしょうか」


「例外はあると思う?」


 パヴラはさりげない口調で聞いたけれど、イヴォンが「ユーフェミアさんのことですよね」と単刀直入に問い返した。アカツキは怪訝な顔をしたが、黙したまま話の続きを見守っている。わたしは動揺しつつ、そろそろ覚悟を決める時かもしれないと考えていた。


 もう少し慎重になるべきだったのだ。あんなふうに、中途半端に打ち明けるべきではなかった。


「わたしはユーフェミアさんの姿を交霊で見ました。比較的最近のものと思うのですが、ディドリーの格好をしていて、新生に備えるためペンダントにメモ書きを隠していました。その時の交霊で新月の黒豹倶楽部の存在を知ったのですが、あなたとオトさんともう一人、ジュジュという女性がその場にいました。そして、あなたは二人からダーシャと呼ばれていた。

 先ほどあなたはわたしに『ダーシャは死んだ』と言いましたよね? 『新生した』と。それなのに成人並みの知識を持ち合わせているだけでなく事情も把握していて、ロアナ語まで話せる。どういうことなのかお尋ねしたいです。

 わたしは新生したダーシャさんの体に誰かの魂が入ったのではないかと考えているのですが、その推測は合っていますか?」


 エッと驚きの声を漏らしたのはアカツキだけで、彼はイヴォンの言ったのが推測ではないと気づいたようだ。わたしは観念し、ため息とともにうなずく。


「イヴォンの言う通りよ。わたしはダーシャの体に憑依した別人」


「誰なのかお聞きしても?」


「……ユーフェミア・アッシュフィールドが使用人をしていたエイツ男爵家の娘、セラフィア・エイツ」


「セラ……」


 アカツキはわたしの名前を口にしたのだろうけど、最後はかすれて声になっていなかった。一方、イヴォンはその手からゴブレットを落とし、急に溺れた人のようになって顔の前で手を払う。


「イヴォン、大丈夫?」


 パヴラはイヴォンをベッドに寝かせ、丸まった彼女の背をさすった。それでもイヴォンの震えは止まらず、交霊状態に入ったのかフラフラと手を彷徨わせている。


「リュカ……、やめて、リュカ。……そうだわ! リュカはキャスリンと同じ。……ダメ! 来ちゃだめよ、キャスリン!」 


 イヴォンは両手で顔を覆い、「キャスリンが」と何度も口にしながら嗚咽を漏らした。パブラがキャスリンについて尋ねたけれど、首を振るばかりでまともな返事は返ってこず、興奮状態のイヴォンは過呼吸で意識を失い、部屋はしばらく重い沈黙に包まれた。

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