第90話 夜の外出
「さむっ」
自然と身体が震える。家の外は、夜ということもあって冷たい風が吹いていた。防寒防暑機能が付いているいつもの装備ではなく、普段着だったというのも寒く感じた原因だろう。
もう夏だからと思っていたけど、こんなに寒いならもう少し着るべきだったかな。そんなことを考えながら目的地に向かった。こんな真夜中に、先人してないような女の子が一人外を歩いている。現実世界なら通報待ったなしの案件だが、生憎ここは異世界で一国の王都だ。案外珍しいことではない。
それにしても、こんな時間でも冒険者ギルドは明るいままなんだなぁ。そう思いながら、賑わっている冒険者ギルドを遠くから眺める。ああ、そう言えばあそこって酒場も併設してるんだっけ?お酒かぁ。前世ではそこまで飲まなかったんだよなぁ。この世界でも飲みたいけどこの年齢だし……。この世界にはお酒の年齢制限とかはないけど、流石に未成年飲酒は抵抗がある。お酒はもう少し先かな。
賑わっている冒険者ギルドを横目に、俺は目的地へと進む。賑わっているところを離れ、少し静かな道を進んでいく。今俺が向かっているのは治療院だ。あそこは協会関連の建物が多く、この時間は歩いてる人を見かけないぐらい静かだった。やがて治療院に着き、俺は中に入る。
中に入ってみたはいいものの、人の気配を感じられなかった。職員たちも、今は寝静まっているのだろうか。なんかこう、夜の病院のような怖さを感じた。いや、治療院って現実でいえば病院のことだから間違ってはいないんだけどさ。お化けとかも、この世界だと実際にいるし。……ここにはいないと思うけど。
ともかく、俺は記憶を探りアンナが寝ている部屋の場所を思い出す。だんだん早足になってアンナの病室へと向かう。病室へとたどり着いた俺は深く呼吸をする。そして、俺は病室のドアを開けた。
広い部屋の中にぽつんと置かれたベッド、そのベッドの上でアンナは眠っていた。そのことにアンナはホット息をつく。心配だったのだ。もしまた連れていかれていたら、そう考えたら胸がキュッと苦しくなる。別にギルドを信頼していなかったわけではない。ただ、自分の眼で見て安心したかったのだ。
アンナがいるかどうかの確認、本来であればそれだけでよかったのだが、ふとアンナの寝顔を見たくなった。俺はゆっくりと彼女に近づく。彼女の寝顔は今朝見たものと変わらず綺麗なままだった。そっと彼女の頬に触れる。柔らかく、そしてあったかい。それは、彼女が生きているという証拠だ。
よし、帰ろう。そう思った時、彼女の閉じた瞼がうっすらと開いた。
「カル……ラ……?どうして……ここに?」
彼女は起き上がり、眠たそうに眼をこすりながらそう言葉を紡いだ。アンナが、意識を取り戻した。嬉しさがこみあげてくる。俺は、上半身だけを起こした彼女に手を伸ばし、抱きしめよう……として止めた。
「……どうしたの?」
だんだんと意識がはっきりとしてきたのか、先ほどよりもはっきりと言葉を発するアンナ。そんな彼女は俺の態度に気が付いたのか、不思議そうな視線を向けてくる。
「……本当にごめん」
俺がそう口にすると、彼女は眼を見開いた。そして、微笑んでから口を開いた。
「大丈夫だよ、あの時カルラが来てくれなかったら私はどうなっていたか分からなかったし……。それに、頑張って戦ってくれた」
「そうじゃないんだよ!」
アンナの言葉を遮った言葉は静かな病室に響いた。ちがう、そうじゃないんだよ。
「私が言いたいにはそうじゃないんだよ。いや、それに関しても本当にごめんって思ってる。もっと頑張れば早く行けただろうし、もっと頑張ればラファイエットだって殺せた。でも、そこじゃないんだよ」
暖かい液体が眼から零れ、頬を伝う。そんな感覚を覚えながら俺は言葉をつづける。
「私はあの時、アンナに向かって剣を向けた」
しかも、あろうことか彼女を殺そうとした。紛れもない、俺自身の意思で。
「……うん、覚えてるよ。あの時自分の身体が動かせなかったことも、カルラが私に剣を向けたのも」
「じゃあわかるでしょ!私はさいてーなんだよ。友達を、大事な人を殺そうとしたッ!さいてー、なんだよ……」
ポタポタと頬流れた液体が地面に落ちていく。
「覚えてるよ。カルラが私のために一生懸命戦ってくれたことを」
「覚えてるよ。戦い終わったときにすぐ駆け寄ってくれたことを」
「覚えてるよ。カルラが私に剣を向けた時、すごく悲しそうな顔をしていたことを」
アンナは語り続ける。
「私、嬉しかったのよ。変な魔物に寄生されて助けられない状況になったときでも、諦めないでいてくれた。本当はすぐ殺してしまってもいいはずなのに、すごく悩んでくれた。もう殺すしかないってなったとき、別の人ではなく、カルラ自身の手で殺すという決断をしてくれたのが、嬉しかった」
そう言いながら、アンナは俺の身体に手を伸ばし、抱き寄せてくる。
「でも゛……でも゛……」
「結果良ければ全てよし、あなたが言った言葉じゃない。それに、こう見えて結構元気なのよ」
……いいのだろうか。許されるのだろうか。アンナの方を見ると、彼女は微笑んでくれた。
「被害者……って言ったらちょっと違うかもしれないけれど、私がいいって言ってるから気にしなくていいのよ」
その後、彼女は少し恥ずかしそうにして言った。
「助けてくれてありがと」
限界だった。俺はアンナに抱き着いて泣いた。止めようと思ってもどんどん涙はあふれてきて、そんな俺を宥めようと頭を撫でてくれるのでさらに涙が出てきて。
俺はしばらく泣き続けた。
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