第28話 十年
マリアベルの問いにカミラは黙ってしまった。
『嘘をついたら死』という重いペナルティが課せられた現状、口を開くのは例え真実でも勇気が必要だろう。
ましてやさっきの話はほとんど嘘だろうしな。
そんなカミラにマリアベルは追撃した。
「あれ? どうされました? さあ先ほどの話をもう一度お願いできますか?」
「⋯⋯」
うーむ、容赦ない追撃だな。
カミラは悔しそうに顔を歪めている。
ただ、これはこれで埒が明かない。
それに、マリアベルばかりに任せる訳にもいかないだろう、本来は俺とカミラの問題なのだから。
「マリアベル、もういい。この沈黙が答えだ。そうだろ? カミラ。だから──一つだけ答えてくれればいい」
「何よ⋯⋯何を答えれば、いいの?」
不貞腐れたように聞いてくるカミラに、俺はけじめとなる質問をした。
「この十年──俺を愛している時期が⋯⋯少しでもあったか?」
聞くと同時に⋯⋯俺の頭の中を、この十年が駆け巡る。
王からパーティーのメンバーとして『これが噂に名高い聖女だ』と紹介された時の事。
よろしくお願いします、とはにかみながら頭を下げる彼女に見とれてしまい、しばらく返事が返せなかった事。
俺が深手を負って意識を失い、目覚めた時に、彼女が一晩中治癒魔法をかけてくれていたと知り、自分の気持ちを自覚した事。
彼女がプロポーズを受け入れてくれて、みなに祝福されながら式を挙げた日の事。
エミリアが産まれ、孤児だった俺に、やっと血の繋がった家族ができた、と喜んだ日の事──。
「⋯⋯ないわ、一日も」
「そうか、わかった」
ずっと俺一人が勘違いしてたわけだ。
愛し、愛され、時に喧嘩をしても、家族という絆で結ばれていると。
結局、俺はずっと──あの家で一人だったんだな。
「最後にありがとう、正直に答えてくれて。これで俺も、自分の気持ちにけじめをつけられる」
「はん、何が正直によ。約定で無理やり言わせたクセに」
「そうだな。でも黙っていてもよかったのに、答えてくれた」
「⋯⋯」
「それに免じて、この場でこれ以上なにかする気もない。血が繋ってないとはいえ、十年一緒にいたエミリアから親を奪う気はないからな。お前みたいな奴でも、彼女にとっては母親だ。あの娘をよろしく頼む」
「あなたにそんな事言われる筋合いはないわ」
「ああ、だからもう顔を見せないでくれ。お前も、エミリアも。次はないからな」
お互い沈黙したまま、視線を交わした。
しばらくしてカミラは席を立ち、去る気配を見せたが⋯⋯最後に俺を見下ろしながら、捨てぜりふのように言った。
「アナタのそういう偽善者っぷりが、本当にイヤだったわ。反吐が出そう」
パァン⋯⋯。
ほぼ同時に、マリアベルが立ち上がってカミラの頬を叩いた。
「アナタって人は⋯⋯! ヴァン様が許しても私が許さない! 殺してやる!」
「やめるんだ、マリアベル」
「だって、ヴァン様!」
「いいんだ、今日はこれで」
俺がマリアベルを取り押さえている間、カミラはこちらを冷ややかに見ていたが⋯⋯しばらくしてくるりと振り返り、無言で出て行った。
さて、まずは礼を言わなきゃな。
「ありがとうマリアベル。君の機転のおかげで上手くいったよ」
「いえ、それは良いんです、良いんです⋯⋯けど⋯⋯」
しばらく身体を震わせていた彼女は、ポロポロと涙を流し始めた。
「私、悔しいです。あんな人の為に、ヴァン様の十年が⋯⋯無為に⋯⋯」
「ああ俺だって悔しい、けど⋯⋯それで手に入った物もある、全てが無駄じゃないさ。しかも今は⋯⋯こうやって俺の為に怒ってくれるひとが側にいる」
「ヴァン様⋯⋯私、頑張ります、これから十年、二十年、ずっと⋯⋯」
マリアベルはそのまま、俺の胸に顔をうずめてきた。
その背中に──俺はそっと手を回した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何よ、何よ、何よ、何よ!
帝国からの帰路、カミラの頭を支配していたのは、怒りだった。
ヴァンに対しての怒りもあったが──皇女に対しての怒りは、それを遥かに凌駕した。
高貴な家に生まれ、ぬくぬくと育ち、自分が欲してやまないものを無条件に、努力することもなく受け継ぐ。
そんな小娘に手玉に取られ、惨めな敗走。
このままでは気が治まらない、何とかしなければ。
とりあえず、ヴァンはもう無理だろう。
約定の効果はあの場だけとはいえ、もう自分の所に戻っては来ない。
ならば仕方ない、当初の計画通りにするしかない。
皇帝の后という肩書きには敵わないが、王妃だって充分だ。
王国と帝国では国力に差があるが、それでも国と国。
いつかアルベルトをそそのかし、帝国と諍いを起こし、あの小娘に頭を下げさせてやる。
今はまだ方法など一切思い付かないが、何とかしてみせる。
だからまずは王に会い、アルベルトとの結婚話を進めて貰わないといけない。
帰国したカミラはすぐに王城を訪ね、王への面会を願い出た。
王はすぐに会ってくれた。
そして、開口一番に言った。
「カミラ、先日の話だが」
「はい、お受けしようかと──」
「いや、あれは無しだ」
「⋯⋯えっ?」
「えっ? じゃなくてだね⋯⋯君とアルベルトを結婚させる訳にはいかない」
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