第27話 話し合い

 ずっとつっ立っててもらちが明かないので、とりあえず話し合うための部屋へと移動した。

 まず俺が椅子に座る。

 するとなぜかカミラが横の席に座ったので、俺はあえて何も言わず対面へと移動した。

 カミラが腰を浮かせたころには、俺の隣にマリアベルが座る。

 元妻はたいそう不服そうだった。


「なぜ夫婦で離れて座るの?」

「話し合いなんだから普通だろ? あと、さっきから気になってたが、もう夫婦じゃない」

「えっ? なんでそんな事言うの?」


 はっ?

 何コイツ、ボケてんのかオイ。

 という勇者らしからぬ暴言を飲み込み、努めて冷静に言葉を返した。


「なんでって⋯⋯離縁状はもう出しただろ?」


 そう、俺が投獄されている間にカミラの代理人を通して書類が届いたはずだ。

 実際、俺は金貨二十枚の手切れ金で放逐されたのだ。


「あー、もしかしてこれの事?」


 カミラは懐から書類を出した。

 それはまさしく、獄中で俺がサインしたものだった。


「えっ? 出してなかったのか?」

「いえ、出した──ううん正確に言えば、勝手に出されてたの」

「⋯⋯?」

「あのね、ヴァン。そこから誤解なのよ⋯⋯」

「俺が何を誤解しているというんだ?」

「あなたが投獄中に面会に行った男は、私の許可なく勝手に事を進めたの。以前から彼は私に、その⋯⋯どうやら好意を持ってたみたいで、あなたが投獄されたと噂で聞いて⋯⋯暴走したみたいなの」

「暴走?」

「ええ。私とアナタが離婚すれば、自分に振り向いて貰えるはずだ! って。だから私は慌てて教会に掛け合って、この書類を回収したのよ」

「そうか、じゃあまた出しといてくれ。話は終わりだな」

「嫌よ」

「なぜ?」

「分かってるでしょ? ヴァン。愛してるの」


 カミラはまるで、悲劇のヒロインを気取るように縋るような表情を見せた。


 コイツ、アルベルトのあれをナニした口で、いけしゃーしゃーとほざきやがって⋯⋯。

 復讐する気だったけど、なんならこの場で締め上げてやろうか?

 と思うが、まさか皇帝陛下の別宅で暴れる訳にもいかない。

 もう少し話し合いを続けよう。 


「俺はもう君を愛していない」

「そんな⋯⋯」

「あのさ、俺が王子の部屋で何やってたか見当ついてるだろ? 『場所の記憶を覗く魔法』で、お前とアルベルトがヤ⋯⋯」

 

 っと。

 隣にマリアベルがいるんだった。

 あまりにイラついて忘れてしまいそうになってた。


「君と、アルベルトが俺を裏切り、楽しんでいた姿を確認してるんだ」

「ごめんなさい、そうよね、そう思われるよね、でも、それも誤解なの⋯⋯」

「いや、あんなノリノリの姿見せられて誤解の余地なんて⋯⋯」

「脅されてたの! あんな風に、楽しんでいるように振る舞わないとヴァン、アナタにバラすって! 私、ずっと、辛かった⋯⋯」


 コイツ⋯⋯。

 間違いなく嘘だ、と思う。

 ただここで問い質したところで、どうせこの調子でとぼけ続けるだろう。

 もう、俺の我慢も限界に近い。


 ──と。


 それまで黙っていたマリアベルが、卓上の鈴をチリンと鳴らした。


「まあまあ、お二方とも。あまり興奮なさらず⋯⋯お茶でも用意させますね?」

「あ、ああ⋯⋯」

「ところでカミラ様。先ほどまでの話、まさか嘘が混ざってたりしませんよね?」

「あたりまえです」

「ではこのあとも、この場の話し合いで嘘は一切つかないと、聖女の名をかけて、神に誓うことはできますか?」

「ええ、もちろん。わたくし聖女カミラは、この場の話し合いで、嘘偽りなく話す事を誓いましょう」

「もし、嘘をついたらどうされます?」

「この命を捧げますわ」


 うーん、気のせいかな?

 カミラが宣誓した瞬間、マリアベルが『ニタリ』と笑ったような気がしたが⋯⋯うん、目を擦ってみたら、あの愛らしい笑顔だ。

 うん、気のせいだ。


「では、これを使っても問題ありませんよね?」


 マリアベルは⋯⋯机の引き出しから、『誓約書』を取り出した。


「そ、それは⋯⋯約定コントラクトの?」

「はい。嘘をつかない、ついたら死ぬ⋯⋯この誓約で、特に問題ありませんよね?」

「いえ、あの⋯⋯そのような高価な品を、夫婦間の諍いに使うのは非常識では?」


 これはカミラが正しい。

 約定の神への誓約書は、現代では作れない『失われた魔法技術』の産物で、迷宮などでたまに発見され、高値で取引される代物だ。

 通常は外交の、それも特別な席で使用されるらしい。


 アルベルトにしたって、俺と約定を結ぶ為にずいぶん奮発したのだろう。

 まあ、国庫からくすねたのかも知れないが。


「ご心配なく。帝国では多数の誓約書を確保しております。一枚二枚でどうという事はありませんから、ご遠慮なさらずとも大丈夫ですよ」

「で、でも」


 逡巡するカミラに、マリアベルは嬉しそうに言い放った。


「それに──もう、使ってしまいましたもの」

「えっ?」


 そのタイミングで、隣の部屋から使用人がお茶と──灰になった誓約書を持ってきた。


「差し出がましい真似をして申し訳ありませんが、隣の部屋に待機していた者を仲介役として、約定コントラクトを使わせていただきました。カミラ様も先ほど、キッチリ宣誓してましたよね?」

「あ⋯⋯」


 そうか、さっきの鈴は誓約書を使う合図だったのか。

 事前に示し合わせて隣の部屋で準備させ、マリアベルが誘導してカミラに『宣誓』させた──って事だな。

 額に汗を滲ませるカミラと対照的に、マリアベルは涼しげな顔をして茶を啜り、優雅な仕草でカップを置きながら言った。


「では⋯⋯まずはお茶でも飲んで落ち着いていただいて、そのあとで──先ほどまでのお話、もう一度よろしいでしょうか? 『元!』奥様?」

 

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