第5話 廃城


 調査で判明したガルフォーネの潜伏先は、帝国との国境近くにある廃城だった。

 旧王国時代の物で、城の周辺に人が住まなくなってから数百年が経過している。

 かつては街道だった場所も今は木々によって塞がれ、外界から隔絶された──いわゆる陸の孤島だ。


 戦時の砦としての役目があったため、丘陵地や山岳が選ばれた旧時代と違い、今の城は王国も帝国も交通の便が優先され、平地に建設されている。


 ここも、そんな打ち捨てられた城の一つだ。

 追われる者が身を隠す場所としては、正にうってつけだろう。


 接近を気取られないように、城が目視できる場所から先では隠密ステルスの魔法を使う。

 魔法の効果で、今の俺は端から見れば背景と一体化している。

 姿を消すだけでなく、自らが発するあらゆる音も、足音から呼吸音まで周囲には漏れない。

 

 魔王を倒し、パーティーを解散して以降、調査で人を使うことはあっても、俺は単独で行動する事がほとんどだ。

 密偵じみた魔法もお手の物になりつつある。


 俺の事を誘ってくるパーティーは後を絶たない。

 だがハッキリ言って『四英雄』以外の人間だと、俺にとって足手まといになる。


 リーダーだった王子アルベルトは既に次期王として政務に携わっているし、妻は出産を機に家庭を守る事に専念して貰っている。


 魔法の師だったバーンズ老は既に他界してしまった。


「ふっ⋯⋯そう考えれば、変わらないのは俺だけって事か」


 隠密ステルスのせいで他に聞こえない安心感から、自嘲気味に独りごちる。

 

 俺だけが今も各地を駆けずり回って、戦いを続けている。


 魔王と戦った頃から何も変わらない。

 家での過ごし方、家族への接し方なんてろくにわからないクセに、相変わらず剣で敵を斬り、魔法をぶっ放すのだけは誰よりも上手い。

 敵をどうやって殺すか、それだけは自信がある。

 そして、それが楽しくて仕方がない。


 「救国の勇者」などと呼ばれているが、内実は返り血にまみれた殺し屋。


 娘に邪険にされても仕方無いってもんだ。


 頭の中でさらに自嘲を重ねながら、歩を進めると 廃城の門が見えた。

 門は朽ち果て、外界から城内を隔てるという本来の役割はほとんど機能していない。


 事前に見取り図で調べた限りでは、王族用の逃亡通路などは発見できなかった。

 そのため、ここを迂回して入城するのは難しいだろう。

 実際こうして現地を確認し、周囲の荒れ果て具合から考えるに、仮に隠し通路等があったとしても、探すとなればそれこそ一日二日では終わらないだろう。

 罠の可能性は排除できないが、正面から入城する事を選ぶ。

 妻はああいってくれたが、やはり俺はもう少し家族と過ごす時間を増やしたい。

 今回の件で、あまり時間をかけたくはない。


 主を失って数百年、古城の内部は荒れ果てていた。

 盗掘に晒されたのだろう、一見して価値がありそうな、めぼしい物は見当たらない。

 冒険者稼業だと、廃城などのお宝は貴重な臨時収入だが、今回は期待できなさそうだ。

 俺は床に残る、人が出入りしている痕跡を発見した。

 まだ新しい足跡だ──それも複数の。

 

 頻繁に出入りする場所に罠を仕掛ける事も無いだろう。

 床に堆積した埃に残る足跡を辿り、奥へと進む。


 頭の中で、事前に覚えた古城の見取り図と、現在の位置を一致させる。

 足跡はどうやら謁見の間へと向かっていた。

 そのまま中に入る。


 とうに主を失ったはずの玉座に、新たな主が座して周囲を睥睨していた。


 魔王軍四天王、ガルフォーネ。


 黒衣を纏い、病的に白い肌をした美女。

 絶世と評してよいが、酷薄な印象は拭えない。


 彼女の印象を後押しするかのように、まるで女王にかしずく家臣かの如く並べられた、二十を超える数の死体たち。


 膝をつき、身体をガルフォーネに向けて伏しているが、どれも首から上が無かった。

 老若男女が入り混じったそれは、最近ある村で集団失踪事件として報告された人々だろう。


 謁見の間には、むせかえるような血の匂いが漂う。


 隠密ステルスを解除し、相手に姿を見せる。

 離れていればともかく、この距離で通じる相手ではないだろう。

 実際ガルフォーネは俺を見ても慌てる様子は見せない。


「死体相手に女王気取りか? ガルフォーネ」


 俺の皮肉に、ガルフォーネは忌々しそうな表情を浮かべた。


「ふん。我が王はお前が奪ったではないか、ヴァン・イスミール」

「そうだな。お前もそろそろ──ちゃんと死ね」




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