第56話幕間

幕間•旅館での出来事

「……あの」

「何じゃ?」

「何でしょう」

「いや何とかじゃなくてね!」


浴室だというのにタオルを腰に巻いているのは申し訳ないけれど、今ばかりは許してもらいたい。


何せ今、俺は。


「どうして目隠しされてるのかな?」


コンとウカミの手により半ば強引に目隠しをされているのだから。


4月に入り旅行シーズンを若干過ぎているので、少し安めで駅からそう遠くない場所にある旅館に1泊することが出来た。


美味しい晩ごはんを食べた後お風呂に入る前に明日の予定を聞かれ、温めておいたプランである神戸プリンを食べに行くのだと打ち明けた…その瞬間。


もう幸せで周囲に花が咲き誇るように見えるほど笑顔になったコンにあれよあれよとお風呂場へ押し込まれ、更にウカミもいつの間にか入ってきて。


そして今に至る。


「何故ウカミも居るのじゃ?わしは今から紳人にお礼をするのじゃが!」

「私も同じですよ♪折角の旅行なのに、一神でお風呂なんて寂しいじゃないですかっ」

「むぅ…それは、確かに」


負けるんだ…コンの優しさが故だと思うと、可愛いけども。


「ところで、是非とも目隠しを取って欲しいんだけど」

「そうか…折角じゃしわしの全身でお礼をしてやりたかったが、ウカミもいるのでは仕方あるまい」

「え〜?私と一緒に洗えば解決ですよ♪このマットも用意したんですから!」

「是非とも取って普通にお風呂に入らせてくれませんかね!?」


いつの間に用意したんだろう。あとマットで全身を使って洗われたりしたら、それはもうそういうお店だ。


俺が手を出すには早すぎる!


いつであろうと浮気になってしまうし、その時ばかりは臨死では済まないと思うので行かないけどね。


「まぁまぁ、そう固いこと言わずに」

「あっこれウカミ!?」


おっとりしたウカミと慌てるコンの声がしたかと思えば、突如左右から


むにゅんっふにょんっ。


この上ない柔らかさと程良い弾力のものが俺の二の腕に押し付けられた。


コンの仄かな花の香りと温かな柔肌の熱、ウカミの甘く心を和ませる香りと扇情的な感触


それらは俺の中の野性を目覚めさせるには十分過ぎて。


「!!」


コンとウカミの不意をついて実は後ろ手に縛られていた尻尾から脱出。


そして目隠しを片手で外しながら、呆気に取られる二神ふたりの前で渾身の紳人スペシャルを披露した。


説明しよう!紳人スペシャルとは!


詳細は省くが、あまりの挙動に大道芸とすら呼べないほど奇天烈な挙動である。


格好悪いなんてものではないのであまり使いたくないけれど…此処でケダモノになってしまえば掻き捨てることすらできない恥となってしまうから、それを避けるためならば多少の恥は仕方ない!


「コンとウカミはごゆっくり!!」


去り際にそう言い残し、俺は浴室を出た。


脱衣所で素早くパジャマに着替え頭にタオルを被したまま、敷かれてある布団の一つに尻餅のようにへたり込む。


紳人スペシャルから、この間約20秒の出来事だ。


「……はぁぁぁ…」


折角の旅先でウカミをひとりぼっちにはしたくない。けれど、コンと心ゆくまでそういうことに溺れてしまいたい気持ちもある。


「俺って、変わらないなぁ…」


人間そう簡単には変われないのだと、浴室から離れても火照りの冷めない顔に両手を当てながら呟くのだった。

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