さよなら日常、おいでませ非日常④

「はぁ…今朝は危なかった」

「お主、いつもあんな学校生活を送ってたのか?」

「いつもではないよ…ウカミが来てからかな」

「今週ずっとではないか!?」


コンと初めて登校した日と同じように、屋上扉の前で弁当を摘む。因みに今日は弁当はコンとウカミの分も合わせて、3人分作っている。


作り始めて気付いたのだが、1人分作るのも3人分作るのも大して変わらなかった。


それに半分以上は冷凍食品で手軽に済ませているので、元々の労力もそんなに無い。


しかし即席の弁当を2人に振る舞うのは気が引けるのだが、ウカミは「いつもありがとうございます♪」と笑顔で空の弁当箱を返してくれる。


コンはというと…、


「ん〜、美味しいのじゃあ♪」


耳を忙しなく動かして喜んでいる。どうやらお気に召したようだ。


「はぁぁ…眺めているだけだった弁当を、お主と一緒に食べられるのは幸せじゃな」

「あぁ、俺もだ。コンと一緒だから凄く美味しく思えるよ」


そこまで言い終えて、弁当を食べる箸が止まり不意にコンの目を盗み見ようとする。


「!」


その時、パチリと見つめ合った。コンも俺のことを見ていたらしい。


「……ふふっ」


以前なら恥ずかしくて視線を逸らしていただろう。いや、今も恥ずかしくないわけではない。


けれどそれ以上に、その瞳を細めた笑顔が大人びていて愛おしい。


生徒の喧騒は遠く2人の呼吸だけが近くに聞こえる。俺の目にはコンしか見えないし、コンの目にも俺しか見えないはずだ。


近くには誰もおらず、目の前にいるのは自分の全てを捧げても惜しくないほど恋焦がれる相手。


そうなれば当然…我慢なんて、出来るはずもなく。


俺たちは…イチャつき始めた。


「コン、あ〜ん」

「あ〜…んっ」


俺の弁当から卵焼きを選び、コンの口へ運ぶ。あどけなく開かれたその口の中へ入れると、ぱくっと咥えられた。


もぐもぐと咀嚼する様を見ながら、どうしてもコンの口から引き抜いた自分の箸を意識してしまう。


此処で欲に負けてしまえば、俺は自分からもコンからも認める変態だ。


揶揄われるならまだ良い、それどころか冷たい目線…あまつさえ離縁なんて突きつけられたら俺は早くもこの人生を終えるだろう。


鋼の意志により瀬戸際で持ち堪えていると、コンが陽だまりのように笑いながら自身の弁当からミートボールを差し出してきた。


「ほれ、紳人。あ〜んじゃ♪」

「あ、あ〜…ん」


自分がされる側は結構恥ずかしいんだな…と思いつつ、パクリと頬張る。


程良いソースの甘味と肉の味わいが絶妙でとても美味しい。


「うん、美味しい!」

「…んむ!?そ、そうじゃな!確かに美味しいのう!」


何やら顔を真っ赤にしたコンがしきりに頷く。コンがくれたミートボールを味わうのに夢中になりすぎていたらしい、何処か体調悪かっただろうか?


小首を傾げても、コンは何も言わずに自分の弁当をパクパクと食べ進める。


「まぁ…いっか」


弁当を喜んでくれるなら作り甲斐がある。俺はいつの間にか箸を意識することなく、自分の弁当を平らげていくのだった。


〜〜〜〜〜


「……あれ、雨が降ってる」

「んむ?今朝の天気予報はずっと晴れじゃなかったかのう」


コンを俺の胡座の上に座らせ、後ろから抱きしめていると窓の外がすすり泣き始めた。


予報では今日も明日も快晴だったので干したのだが…端に寄せていただろうか。


「……待て紳人、様子が変じゃ」

「えっ?」


何か警戒するような雰囲気を出すコンに、思わず身構えてしまう。変だと言われても、突然の雨以外は何も…。


……いや、耳を澄ませると現状の異質さが分かる。


。風の音も、遠くで聞こえていた皆の声も。俺とコンから出される音以外、雨の音しか聞こえない。


「コン…これってもしかしなくても…」

「うむ。神の仕業じゃな」


これだけのことを出来るのは、間違いなく神のせいだろう。しかし、これほどのことが出来る神とは一体何者なのか。


「コン、こういうことが出来る神っているの?俺が知ってる限り、コンやウカミレベルだと思うんだけど…」

「いや、わしらのはこういうものではない。この手のは…土地神の類じゃ」

『正解。噂通り頭は回るようね、あなた達』


頭の中に鮮明に声が浮かび、それと同時に鍵がかかっていたはずの扉がガタンと開かれた。


まるで、俺たちを招き入れるみたいに。


何が狙いかは定かではないけど、悪意は感じられない。そもそも悪意を持っているのなら一言も話さず不意打ちで何でもすれば良い。


俺たちは覚悟を決め、俺から先に扉を潜った。


空は曇天、降るは雨。しかし何故か触れる直前で消え去り、服にはシミ一つ付かない。


『不思議なことは無いわ。これはただの人払いの結界だもの』


その中で、燦然と美しく輝きを放つ1人の少女。この現象を引き起こしているのは彼女で間違いないだろう。


「この雨の中にいる者を認識できんという訳か…何故そのようなことをする?」


俺の疑問を代弁するかのように、コンが腕を組んで少女へと問いかける。


『話が早くて助かるわ。それはね…』


地上へと軽やかに降り立った少女は、側頭部から立派な角を生やし腰から流麗な尾を伸ばす竜神様だった。


背丈はコンと同じくらいで、俺より頭ひとつ分小さい。雨色の振袖を靡かせながら、悠然と俺たちの前へと歩み寄り…そして。


「……どうか、私の恋を叶えてぇ!」


そして、突然肉体年齢に引っ張られたかのように大きな瞳を潤ませて縋り付いてきた。


「……なして?」

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