拭えない過去、それでも今は②
「……すまぬ、紳人」
「?」
「わしがもっとその時、力があれば…しかとお主の心を支えてあげられたじゃろうに」
まるでその現場に居たかのようにコンが呻くように謝罪する。そんな必要はないし、もう過ぎたこと…そしてコンは神様として見ていただけのはずだ。
いや…もしかして、違うのか?
ジリ…と鮮明に覚えているはずの悲しい記憶が、燻り始める。
もどかしい。あと少しで掴めそうなのに指の間をすり抜けていくような、そんな感覚。
「コン…でも君は、こうして俺に会いに来てくれた。それでどれだけ俺の生活に光が差したことか…」
「紳人がそう言ってくれるならば、わしも救われる。じゃが、そうではない。
わしとお主は会っているのじゃよ、あの件の車内でな」
「俺と…君が…?」
ジリ、ジリ。暗闇に光が瞬くような記憶がフラッシュバックし、必死にそれを手繰り寄せようともがく。
ウカミが悲しげに俺とコンを見守る中で、コンは。
「紳人…良い子、良い子じゃ…」
その小さな腕の中に、俺を包み込んだ。そして愛おしそうにさす…さす…と撫でられ、意識はフッと闇の中へと消えていく。
〜〜〜〜〜
「……あれ、ここは…」
俺はいつの間にか、真っ暗な闇にポツンと座り込んでいた。
けれど、匂いで分かる。これは…車の中だ。
『う、うっ…うわぁぁぁぁッッ!!!!』
「!?」
グオッと急速に視界が鮮明になる。隣では、シートベルトにしがみつき半狂乱で助けを呼ぶことも出来なくなっている昔の俺が居た。
ガタガタと震え焦点は定まらず、虚空を見つめ何度もお父さんお母さんと泣き叫んでいる。
あぁ…そうだ、俺はこのあと泣き疲れて気絶するんだ。
何度も夢に見た光景に、胸が痛みながらもゆっくり瞼を閉じる。これは俺の記憶だ、こうしていればすぐに…。
『-----紳人』
「ッ!?」
『その場には居なかったはずの声』に、思わず目を見開いてバッと隣を見る。其処には…今と髪の長さひとつ変わらない、幼い俺を抱き締めるコンが居た。
「な、何っ…」
『すまぬ、すまぬ…わしの力では、お主1人を守ってやることしか出来ぬ。何とか、お主の願いを叶えようとはしたのじゃが…父母とも無傷とはいかなかった』
当然今の俺の声が届く訳もなく、コンは涙を流しながら俺を力強く抱き締める。
まだコンを知らない俺が、彼女を見ることも声を聞くことは出来ないはず。しかし幼い俺は、真っ直ぐにコンを見た。
『お姉ちゃん、誰?神様…?』
『うむ…そうじゃよ。お主が願ってくれたから、お主を助けてやれた。しかし、此奴らは…神には祈らなかったのじゃ。
願われなければ、手を出せぬ。今のお主には難しいとは思うがの…』
『それじゃあ…お父さんとお母さんは…!』
絶望に染まっていく俺の顔を、またむぎゅっ!と思い切り抱き締める。それは懺悔か、愛情か。
『大丈夫じゃ、わしが2人の命は繋ぎ止めた。生きておるよ…心配はいらぬ』
『ほんと?お父さんたち、生きてる?』
『あぁ、本当じゃ。さぁ…眠るが良い、紳人。わしがいつもお主の側におるからな』
ぽん、ぽん…と俺の頭を撫でる手が背中へと映り規則的なものになる。それは、子供をあやし寝かしつける母の手そのものだ。
『どうか、自分を責めないでおくれ。生きるのじゃ紳人。幸せに、なるのじゃよ…』
『お姉、ちゃん…』
2人は生きている、俺は悪くない、幸せになってほしいという優しい言葉。俺を包み込むその愛おしい温もりと、仄かに甘い花のような香り。
「そう、だったんだね。壊れかけた俺の心を繋ぎ止めてくれたのは…君だったんだ」
幼い俺が気絶しても慈愛に満ちた微笑みで俺を抱き締め続け、そして今…静かに俺の膝の上に座るコンを見て自然とそう囁いていた。
「……わしには、それしか出来なかった。お主の体は守れても、心までも守ってやれなかった!」
俺の方を見ることなく、コンの慟哭は続く。
「助けてと聞こえた、わしなら出来るとこの力を奮った!それでも叶えてやれなかった、守ってやれなかったのじゃ!
情けない、何と情けない神か…!」
耳と尻尾を伏せて、ギュッと膝の上で俺の神様は拳を握り涙を溢す。
…あの日、後悔を抱いたのは俺だけではなかった。
まだ当時神様に成り立てのコンも、俺の願いを必死に叶えようとしてくれていたのだ。
でも、思い描いた通りにはならなくて。俺が心に傷を残したのを、自分のせいだとずっと苦しんできたのだろう。
もしコンにウカミ程の力があれば、確かに今回の悲劇は避けられたのかもしれない。
けれど、それはコンが責任を負うことじゃないと思う。神様は万能ではない、コンと二度目に出会って早々に気付いたことだ。
「わしに…お主の側に居る資格は無い。なのにわしは、お主のことを…!」
そもそも、コンが居てくれなかったら2人は命まで危うかっただろう。それこそ俺の心は完全に壊れていたに違いない。
……俺と同じで不器用なんだから、この神様は。そろそろ自分を許してもいいだろう、俺も…コンも。
〜〜〜〜〜
2人の記憶から現実に戻ってきた俺とコンは、此方でもコンを膝の上に座らせた体勢になっていた。
憑き物が落ちたように穏やかな気持ちのままに、コンへと囁きかける。
「コンが、もう一度俺に会いに来てくれたのは…あの日出来なかったことをしに来てくれたんだね」
ポタポタと手の甲に大粒の涙を落とすコンが、こくりと頷く。耳と尻尾は力なくへたり込んだままだ。
ふと気が付く。その姿は、俺が初めて目にする姿だった。
「それも随分掛かってしもうたがな…家族とはいえ、自分の庇護下ではない者に力を使ったのじゃ。ルールを破ったとして、お主に接触するのを禁じられておった…」
「その禁固刑が解けたのが、今月の頭だったの?」
再び、こくりと頷く。
禁が解かれるや否や飛び出してきてくれたのだ、それがこの上なく嬉しい。
勿論プリンを盗み食いして怒られたから…という、微笑ましい理由もあるだろうけど。
「コン、こっちを向いて?」
「それは出来ぬ…お主の顔を見たら、また甘えてしまう。次に紳人と目が合ったら…わしは、許されぬ思いを口にしてしまうじゃろう…!」
「君は俺を赦してくれた。なら今度は、俺が君を赦す番だ」
「えっ…----んっ」
くいっとコンの顔を横から覗き込み、金色の瞳を潤ませてキョトンとするその唇に…キスをした。
「んぅ!?」
ピン!とコンの耳と尻尾が跳ね目を大きく見開いて驚く。慌てて離れようとするコン。
でも、コンがあの日そうしてくれたように彼女を強く抱き締めているため逃れられない。
やがて不意に半分ほど目を閉じて力を抜いたコンは、俺の手に自分の手を重ね完全に瞼を閉じた。
俺も瞼を伏せ、コンと静かに唇を重ね続ける。その途中で伝え忘れたことがあったことを思い出し、一度唇を離す。
「好きだよ、コン。俺は君が好きだ」
「……わしもじゃ。わしも紳人が、どうしようもなく好きなのじゃ…!」
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