スニーカー
@ku-ro-usagi
読み切り
靴屋で働いてるよ
あぁでも
ヒールとかローファーでなく
モールとかに入ってるスニーカー専門店
平日はスタッフ1人だけの小さい店舗
そう長く働いているわけじゃないんだけど
お客様が来るとね
身体付きや歩き方
日焼けの仕方に視線の向け方
その人が何のスポーツをやってるかって
勘でなんとなく分かるようになってきた
勿論お客様からのスニーカーに対する質問やお話で分かる時も多いし
スポーツやってる人なら
割りと当てられたりするんじゃないかな
私自身は軽いジョギングをする程度なんだけどね
一緒にお客様の足に身体に合うスニーカー選んで
お客様がいない時でも結構細々忙しいけど楽しい
初めて頭の中に
その景色?情景が見えたのは
家族連れのお父様で
うちの店は子供用は置いてなくてね
もう他のお店で買ったみたいで
靴の入った小さめの箱の入った紙袋を持っていた
うちにはお父様用のスニーカーを買いに来てくれたみたいで
まずは軽くウォーキングでもできるようなスニーカーがあればってご要望だった
色々選んで
試しに履いてもらった時にね
それは3足目だった
お父様と息子さんが
公園の芝生かな?
2人ではしゃいでる姿がふっと頭に浮かんで
それがね
すごく楽しそうだったんだ
お父様の
「いいな、これにしようかな」
って言葉で
「在庫からお出ししますね」
ハッとモールのざわめきと空気が戻ってきた
それからだったな
お客様の足にスニーカーがぴったりフィットした時
お客様が
「いいな」
と思ってくれた瞬間
色んな場面で楽しそうにしている姿がふっと浮かぶようになったんだ
たまにね
スニーカーが合わなさそうに首を傾げていたりする姿も見えたりして
「少しキツかったりしません?」
と訊ねると
「本当は少し、でもこれがよくて……」
サイズがなくて、でも無理に買おうとしてるお客様もいたりした
そんな時は本店から取り寄せしたり他の店から頼んで届くのを待ってもらった
そうしたら段々と
「接客が良かったから」
とか
「○○さんがいたからちょっと寄ってみたよ」
なんてね
そんなお客様もいらしてくれて楽しく仕事してたんだ
あの日は春先の雨の日だった
生暖かくて妙に湿気があって
浮腫みやすい私の身体はすこぶる影響を受けて
身体が重めで怠かったのを覚えている
そして
雨だからと言うのは言い訳かな
平日の雨降り
客足も少なくて
爽快に歩ける走れるイメージが浮かばないからか
お客様も素通りするばかり
細かい業務はあるから淡々と仕事をこなしてはいたんだけど
売り上げは全くだった
閑古鳥鳴いてた
そんな時
午後は2時過ぎだった
男の人がお店に来たんだ
幾つくらいだろう
パッと見は27、8?
30超えでもおかしくないかも
身長はそんなに高くない
でも
短めの髪もワックスで軽く整えてて
そんなにというか肌も全然焼けてない
カジュアルなスーツ姿で足許は革靴
室内競技の人かな
仕事は自営業?
全然分からない
この店を目指してきたわけではなく
たまたま通りすがりに入ってみた
そんな空気を感じた
歩き方の癖もなくて
今日のお洋服なら二階の革靴専門店の方が合いそうな感じ
「ジョギングシューズを探してるんですが」
日本人らしい控え目な問い掛けで店内を見回してきた
運動不足でと苦笑いしたその人は
シャツの下のウエストは
でもこれっぽっちも出っ張ってなくて
細いのではなく引き締まっているのが分かった
運動不足とは思えず
なんでそんな嘘を吐くんだろうとは思った
謙遜?
分からないや
接客をしていると
息をするように嘘を吐く人なんていくらでもいることを知ったから尚更ね
でもお客様はお客様だ
嘘吐きだろうが何だろうが関係ない
そのお客様は黒いスニーカーを好んだ
確かに黒は引き締まるし格好いいよね
「ご試着をどうぞ」
とボックスに座って貰って足を通して貰った時
それは
いつもみたいな楽しいものではなく
ゾワッと全身にすごく嫌なものが駆け抜けた
それで一瞬
ほんの一瞬見えたのは
夜の河川敷
正確には早朝なのだと思う
男の後ろ姿
黒いジャージにスニーカー
歩きやすそうで
男が機嫌良さそうなことも伝わってくる
でも
なのにどこかおかしい
それは
男が
この男が片手に持っているもの
テレビか映画で見たことがある
スタンガン
「少し大きいかな」
男の声に
「はい、1つ小さいサイズをお探ししますね」
私は現実に
今に戻されて
少し離れた場所で
目当てのスニーカーのサイズのシールが貼ってあるスニーカーの入った箱を探すふりをしながら
(何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ)
どうしようどうしようと奥歯を噛み締めながら
震える手を握った
だって
私
あの河川敷知ってる
私が夕方や早朝に走ってる道だった
そしてあの景色がぶつ切れる間際
現実に引き戻される瞬間
私は
あの男の視線を通して
いつも着ている白いジャージ姿の自分を見ていた
ポニーテールをリズミカルに揺らしながら
爽快に走っている後ろ姿
スピードはそんなに出ていないから
男が少し走ればあっという間に追い付く
男が様子を見ているのは
走っている私が
もう少し先へ進んだ
もうずっと外灯が切れている緩いカーブ
車通りもなく民家もない
そこは
スタンガンで脅せばどうとすることもできる
最悪の場所
男が私をすでにターゲットとして今接触しているのか
この先の近い未来の河川敷でたまたま
「今日はこの女にしよう」
と決めたのか
それは分からないけれど
「お客様、大変申し訳ありません」
今日の売り上げは本当にカラッカラで
少しでも売り上げが欲しいのは本当だったけれど
「お客様のサイズが、売り切れておりまして……」
と
私は
代替え案も出さないただ無能な店員を演じた
本当はサイズの在庫はあるのに
男は残念そうな顔をしたけれど
「そうですか、じゃあ、また別の機会に」
あっさり引き下がってくれた
頭を下げて見送りながらも震えが止まらなかった
これであの男と繋がる縁は切れたのか
それとも他の店でスニーカーを買い
一瞬見たあの悪夢に繋がるのか
私はしばらくの間
白いジャージに袖を通すことをやめ
水色のジャージを来て車でジムまで向かい
ランニングマシーンで走ることにした
景色を風を匂いを地面を感じながら走ることは楽しかったけれど
あの一瞬の悪夢を見てから
例え昼間でも1人で走ることが怖くなってしまった
あの男はあれ以来店先には現れることはなかった
私は相変わらずお客様の足にぴったりとスニーカーが合った時の
楽しそうな一瞬の情景が浮かぶことが出来ているし
そのお陰か
私個人の売り上げも少しずつ上がってきていた
しばらくしてから
ジムで知り合い仲良くなった女性と
時間を合わせて昼間に2人で公園やジョギングコースを走れるようになった
ただ
あの河川敷だけはどうしても走れなくなり
車でも避けていた
そんな日が続いていたのだけれど
つい先日
父親が足を捻挫したとかで気が弱っているらしく
「少し顔を見せてあげて」
と母親からの要請で久々に実家に顔を出した
案の定
えらく引き留められて帰りが遅くなった深夜
早く帰りたかったこともあり
私は車だから大丈夫だろうと
久しぶりに河川敷に沿った車道を走っていた
桜の時期は綺麗でとても好きだったのに
そんなことを思いながら
例の緩いカーブに差し掛かる手前
ふと
遊歩道に人影が見えた
その人影は
短髪に黒いジャージに黒いスニーカー
こちらの車の音に気づいたその後ろ姿が足を止め
振り返ってこちらを見た
その振り返った男は確かに
あの時の客で
あの時のような穏やかな微笑みなど欠片もなく
外灯の下
無表情でただじっと
通りすぎていく私の車を目で追ってきていた
男が片手に何を持っていたかまでは見えなかったけれど
私は逃げるようにアクセルを踏んだ
そして
(あぁ、そうだ)
「引っ越そ」
そう口にしていた
独り言にしては大きな声だった
まるで自分に言い聞かせるように
たった3ヶ月前に更新したばかりだったけれど
そんなことはどうでもよくて
仕事場のあるモールを挟んだ反対側に引っ越した
それから私は
ごく稀に
悪夢を見るようになった
それは毎回同じ夢で
男物の黒いスニーカーに目立たない赤い血が飛び散っている
ただそれだけの
そんな夢を
稀に
見る
スニーカー @ku-ro-usagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます