続 村の少年探偵・隆 その12 汚染

山谷麻也

第1話 憂鬱の春

 I街道の左右に、小さな商店街が軒を連ねていた。I川を渡って山道に入ると、千足せんぞく村の入り口までは、出会う人はまれだった。

 子供たちは道草しながら、帰宅した。植林された杉が大きくなり、道の下手しもてのものは子供たちの背丈くらいに育っていた。

 春先には、重く垂れた杉の枝を棒で叩くと、パーッと煙が立った。杉花粉である。意味もない遊びではあるが、子供たちにとっては春の風物詩のひとつだった。


 通学路の周囲に、杉林が広がっていった。

 隆の家の奥にも、杉林はあった。それは昔からのものだった。下草が刈られ、枝打ちがされて、よく手入れされていた。後は雑木林が延々と広がっていた。

 この雑木林に、人の手が入った。村人は山林の所有者から許可を得て、木を伐り、炭を焼いた。木炭は貴重な現金収入となった。


 伐採されてハゲ山になった後に、杉が植林された。一本いくらと報酬が出たらしく、隆は小学生のころ、苗木を山奥まで運ばされた記憶がある。重労働だった。


 こうして、四国の山地だけでなく、日本中が「緑化」されていった。わざわざ、枝を叩いたり揺すったりしなくても、ちょっとした風で花粉が大量に飛ぶようになったのである。

 戦後の復興に膨大な量の木材を必要とした。しかし、成木になるにはおよそ40年の年月を要する。この点に限っても、あまりにも場当たり的だった。


 修司の母親は春が嫌いだった。いや、嫌いになったのである。

 春になると、しきりにクシャミを連発する。目を真っ赤にらしている。

「もう、目ん玉取り出して洗いたいくらいや」

 などと、恐ろしいことを言っている。


 修司の父親・勲おじさんには、原因は分かっていた。

「そこらじゅう、杉林にしたんやから、健康に悪いわ。だいたい、自然界のバランスは崩したらいかん」

 おじさんは怒っていた。

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