5.「私」の家と魂

「家」と呼ぶより「屋敷」と呼んだほうがいいだろう。馬鹿みたいにデカい建物。これは俺の体が小さくなったからじゃない。

 本当に大きい。


 当たり前のようにデカい門があって、そこから一分ぐらい車を走らせている。敷地もバカ広い。これが「私」の家族の家だそうだ。


 家につくとパパ上が後部座席のドアを開けて出迎えてくれた。

「おかえりエリカ。待ってたよ」

 言葉と共にこちらに差し出されたダンディハンド。ぎょっとしたが避けるわけにもいかないのでしっかり握ってエスコートされる。

「ただいま戻りました」

 そういうとダンディは微笑んだ。正解みたいらしい。


 ダンディに手を引かれながら歩く。

 あれ? これいつ手を離せばいいの? 車から降りたら終わりじゃないの? と困惑しながらも離すタイミングを失った手は繋いだままだ。

 しかしダンディだからか、嫌な感じも歩きづらさも感じない。


 この感じだと、男にエスコートされるのが日常になるのかもしれない。少し気が滅入る。



 ◆ ◆ ◆



 朝の病室。


 五月の朝日を浴びながら俺は山城さんとの会話を思い返していた。

 ……とりあえず今はエリカさんのフリをして生きる。というかそうする以外の道がなくなってしまった。


 誰も乗っていなかった車との事故というのも意味不明な上に、その事故の相手である俺がこの子の体に入ってます! と言ったところで余計な混乱が生まれる。

 その上、この子の魂も見つけられていない。

 客観的に見てもこの子の頭がおかしくなったと思われて終わりだ。

 

 だが、俺が生きていたことを証明できるモノや人がいれば、俺しか知らないことを「私」の口から言える。そうすれば多少の信憑性も生まれる。

 そのためには俺の家や勤務先に問い合わせて確認するのが手っ取り早い。

 ただ、それは「私」の中に「俺」が入っている、ということを証明するだけだ。

 それでエリカさんが戻ってくるわけではない。


 エリカさんの魂なのか精神なのか、なんなのかはわからないが、それを見つけて「俺」を追い出す方法も探さないと意味がない。


 なので急いだところであまり変わらない。落ち着いて行動することにした。

 とりあえず一度、このまま退院してエリカさんの家に行ってみる。そこで何かが見つかるかもしれない。

 今は不自然な動きをして両親に勘ぐられて動きづらくなることを避けたい。

 時間はかかってもいい。


 そう考え、用意された白いワンピースを無心で着込んだ。



 ◆ ◆ ◆



 結局、手を繋いだまま家の中まで入った。

 しかしまぁ、デカい家だ。なんせバカ広いエントランスが存在する。すげぇワクワクする。

 見たこともないデカさってそれだけで心踊る。俺の男の子の部分が今すぐに屋敷の探索と言う名の冒険に出たいと暴れている。

 だが、ここでワクワクしているのがバレたら不自然だ。

 そう、ここは自分の家なのだから。

 無表情を貫くんだ。


「エリカ、なにか良いことでもあったかい?」

 駄目だったみたいだ。


 そうだ、忘れないうちに

「あ、あの、山城さんのことなんですが、許してあげて貰えないでしょうか」

「山城を? 許すもなにもないと思うが……」

「先日お話したとき、自分から罰を貰いに行くようなことを言ってましたから……」

「先日? エリカは山城に会ったのかい?」

「あ、はい。私より大きな怪我だろうと思って様子だけ見に行って……」

 驚愕の眼差し。

 アッヤバイ。これはやったかも。でも何がおかしいかわからない。

 心臓がバクバク跳ね上がってる。手、手汗でバレそう。

 怖くなって癖で引きつった笑顔をみせてしまった。


 父は「私」の顔を見てふっと笑った。

「そうか、そうか……。山城の件は大丈夫だ。何を言われても罰を与える気はないからね。安心していい」

 ちょっと安心した。よかったね山城さん。


 しかしマズイ。事故のことや俺の体が消えたこと、憑依のことと、考えることがたくさんありすぎて、これまでの「リョクエンジ エリカ」さんについて調べることを忘れていた。

 いや、忘れていたというか調べようもないし時間もなかったんだが。

 今、ものまねする相手のことをまったく知らないでものまねしようとしている。


 今のだってなにがおかしかったのかすらわからない。改善の余地がない。これではいつ不自然に思われてもおかしくない。バレたらどうなる? 気味悪がられる? それで済むか? いや最悪なのは病院に逆戻りで行動範囲を狭められることだ。何もできなくされたら何も調べられなくなる。こうならないように細心の注「エリカ、私はまだ仕事があるので一度部屋に戻るよ。一人で大丈夫かい?」

 パパ上に話しかけられた。

「はい、大丈夫です」

 無難に答えておいた。


「じゃあ、私は先に行くよ。今日はゆっくり休んで」

 ダンディがしゃがんで近づいてきた。

 なにをするのかと思えば「私」の額にキスしてきた。


 そして笑顔を向けて去っていった。


 おでことはいえ、たいして知りもしない男にキスされたが、嫌な気持ちはしなかった。

 それがダンディだからか、この体の父親だからかはわからない。



 ◆ ◆ ◆



 やっとエリカさんの部屋を見つけた。


 迷いながらもついでに家を探索していた。

 冒険したくなったわけではなく、本当にどこが「私」の部屋かわからなくて迷っていた。

 ちなみに外見の通りにデカかった。


 ただ、家族が生活すると思われるスペース自体は少し大きいぐらい。いや、それでも十分デカいが。外から見た印象よりもこじんまりしているだけ。

 そりゃ何でもかんでもデカくしても住みづらいだけだよな。巨人じゃないし。


 さて、エリカさんの部屋の入り口は特に特徴はなかった。他の部屋の扉と違いはない。

 でもなぜかここがエリカさんの部屋だと思う。そういう確信がある。

 が、不安だ。そっと扉を開き、ゆっくりと覗き込む。


 誰もいなかった。でもここだ、という気がした。


 中に入って扉を締める。


 女の子っぽい匂いが微かにする。

 自分の匂いなのかすらもわからない。

 懐かしくも、なんとも感じられない、部屋の匂い。


 広い部屋だった。

 そして、ガッツリ目に少女の部屋だった。

 どこに目を向けてもピンクが飛び込んでくる。

 勉強机、着せ替え人形、本棚、ぬいぐるみ、おままごとのおもちゃ……

 極めつけは天蓋付きのベッド。実物を初めて見た。空想上のモノではなかったらしい。


 THE・お嬢様

 それがこの部屋を表現するのに相応しい言葉だ。


 床や棚を見ても掃除が行き届いているのがわかる。

 少しだけ、部屋を見て回ることにした。



 ◆ ◆ ◆



 部屋を見て回ってみたが、特になにも思うところがなかった。

 家を散策しすぎただろうか。体が疲れているのを感じる。


 天蓋付きのベッドに倒れ込む。ふかぁってなった。最高のベッドだ。

 そのまま仰向けになって考える。


 おそらく、この体は頭の回転が早い。

 前の俺がそもそも頭の回転が早くなかった可能性や、加齢で脳が劣化を始めていた可能性もあるが、この体は前の俺より思考スピードが早い。


 代わりに少し疲れやすい。

 子どもの体がこういうもんなのか、この子に体力がないのかはわからない。

 どちらにせよ、俺の以前の体より圧倒的に体力がない。俺は体力自慢でもなんでもない、非力タイプだったので、小学生とはいえ、それ以下なのはこの子の将来を考えると少し不安だ。

 いらぬお節介なのはわかっているがそう思わざるを得ない。


 ふぅ、と一息吐き出し、天蓋をぼーっと眺めながらまた思考を回す。

 こんな部屋を見せられてしまえば、どうしても考えてしまう。

 六歳の女の子のことを。


 あの勉強机で勉強していたのだろうか。

 

 あの人形で遊んでいたんだろうか。

 

 あの絵本を読んで過ごしていたのだろうか。

 

 習字の道具もある。習字もやっていたのだろうか。

 

 このベッドで、眠っていたのだろうか。


 しかし、どうすれば彼女の魂を見つけられるのかがわからない。

 これがまったくわからない。


 そう、まったくわからない。


 仰向けのまま、目を瞑って考える。



 入れ替わりの物語であれば、大方入れ替わるための儀式がある。頭をぶつけた拍子に入れ替わるなら、同じことをする。

 俺たちも同じことをすればいいのかもしれない。

 と、考えたところで、もう片方の肉体が消えているし、そもそもあの事故をもう一度は不可能だ。俺もこの体じゃ運転できない。また山城さんに大怪我負ってもらうわけにもいかない。

 というより、この体で死ぬような危険なことはマズイ。魂が見つかったとしても戻る場所を失う。


 そうだ、この体の中に魂が眠っているだけって可能性もある。

 それをどうにか目覚めさせるか?

 脳内で話しかけてみよう。


 おーい、エリカさ~ん!

 起きてくださ~い!


 ……反応はない。

 そりゃそうだ。こんなんで起きるんだったらさっさと体の主導権を奪っているだろう。





 ふらっと魂が戻ってくるかもしれない。

 そうだ、そもそも自分の体なんだし。勝手に戻ってくるんじゃないか?

 ……楽観的すぎるか。





 あっ、お祓いとか、そういうのをやってみるか。

 今すぐはできないが、やってみる価値はあるんじゃないか?



 ……お祓いってことは俺、悪霊扱いなのか?

 それはそれで気に食わないが、まぁこの子にとっては悪霊も同然か。


 一番可能性はありそうだが、一番気に食わないな……





 ……………………





 手詰まりだ。もうネタ切れ。

 俺の想像力の貧困さには呆れる。


 結局、お祓いが一番可能性ありそうってところに行き着いた。

 でもなんとなく、そんなことで解決しない気はしている。

 そもそも俺は悪霊になったつもりはない。


 ふぅ、とまた一息ついて目を閉じる。


 もう考えるのも疲れてしまった。眠てぇ。

 子どもの体は不便だ。なにかとねむくなる。

 ……

 …………





 瞬間、ひらめきが体全身を貫いた。

 青天の霹靂。

 まどろみが吹き飛ぶ。


 そうだ、なにも魂が人間にだけに宿るわけじゃない。

 モノにだって魂は宿るはずだ。

 彼女の魂は、なにか形代かたしろみたいなものに囚われているんじゃないだろうか。


 おおっ!! それっぽいぞ!!!

 とりあえず、事故当時の荷物を洗いざらい見ていこう。なんだったら一つ一つに声をかけて念じてみよう!


 あっ!!! 待て待て!! 部屋に人形があるじゃん!!!

 あの着せ替え人形とかそれっぽいぞ!

 こういうのに魂って入るもんなんだよな~!

 よし念じてみるか!!


 お~い! エリカさ~ん!!

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