俺が正義だ!
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俺が正義だ!
暗い路地を男が走っていた。
息を切らせ、汗を拭おうともせず、ただひたすらに足を動かし続けている。
明かりのない暗い路地だった。
月明かりさえない夜の中で、なぜ自分を追うものの姿が見えるのか分からない。
自分と同じ二本足で走る何か。
分かるのは相手が速足以上の速度で追ってきているという事だけ。
乱れた自分の息づかいと激しい鼓動が五月蠅い中、やけに鮮明な金属音が近づいている。
―――殺される。
男は確信した。何かは分からないが、とにかく殺されようとしている。
そう理解出来るだけの何かが、もうそこまで来ている。
走る自分の足がもつれ、ポリバケツの中身をブチ撒けながら転んだ。それが男にとって、運の尽き。
直後、闇の中から光沢のある装甲を身に着けた何者かが姿を表した。
それはまるで甲冑を着込んだ騎士のようであり、同時にSF映画に出てくるロボットのようでもあった。
倒れている自分に影がかかり、それが男に覆い被さる。
「な、何だ。お前は……」
怯える男に、騎士は告げた。
「スマホを出せ」
抑揚のない声は機械のようであり、男が見た闇夜に浮かぶ騎士の姿は冷たい機械仕掛けであった。
「ちょっとスカートの中を撮っただけだろうが! それぐらい別にいいだろう!」
悲鳴を上げる男を、騎士の足が容赦なく蹴りつける。
まるでサッカーボールのように吹き飛ばされた男が地面を転がっていく中、男のポケットからスマホが転がり落ちた。騎士は、それを拾い上げフォルダーにある画像を確認した。
画面には、女性のショーツを撮った画像が映し出されている。
騎士がそれを一瞥した後、容赦なくそのスマホを握り潰した。まるで煎餅でも噛み砕くような乱暴さだった。
「悪を確認した」
騎士は腰にある柄を握る。
すると青白い放電が刀身と化し眩い光が溢れ出す。糸のように細い稲妻がいくつも刃に絡みつき、周囲に静電気をまき散らしていく。
凄まじいスパーク音は火が弾ける音に等しかった。
「た、助け……」
男は懇願した。
「成敗」
騎士は躊躇いもなく、男に向かって真っ向から一閃を放つ。
強烈な閃光と放電が弾ける音が夜を白く染め上げていく。
衝撃は男の身体を叩き斬り、ビルの壁を破壊した。破片が周囲に飛び散り、周囲の路地に破壊と混沌がもたらされる。
壁が崩れて生まれた闇の中で、騎士は甲冑を鳴り響かせながら背を向ける。
その時、ビルの隙間から月明かりが差し込んだ。
騎士の輪郭が闇の中に浮かび上がる。
無骨なまでに飾り気のない姿は、全身が装甲で包まれている事もあって甲冑の騎士のようであり、同時にSF映画のロボットのようであった。
月明かりに照らされながら歩き去るその姿を、見ている者は存在しない。
だがもし誰かが見ていたならば、恐らくこう思ったに違いない。
それはまさしく《正義の騎士》だと――。
◆
青年は、驚いた様に目を覚ました。
6畳1間の安アパートの一室は、遮光カーテンの隙間から朝日が差し込み薄暗い。
青年は、すぐに枕元にあるスマホを引き寄せる。
アラームの設定時刻は午前5時50分だ。設定時刻より10分早い起床は、つまり早朝と呼ぶに相応しいだろう。
――健康的な起床だ。
寝ぼけ眼でそう思うと、出勤のための身支度を始めた。
爽やかな朝の風が顔を撫でた。
少しひんやりとした気温は清涼感を感じさせ、ほのかな緑の匂いを運んできた。
聞こえている小鳥のさえずりは一日の始まりを告げるに相応しい。
朝日がそっと路地を照らし出す。
遠くに見える川にかかる朝焼けの鉄橋は、まさに絵画のようであるし、川土手に生えている木々の葉は風に揺れている。
まさに快晴。清々しい朝だ。
そんな風景の中をスーパーカブC70に乗った青年が走っていた。
服装は安っぽいジャケットにジーンズと簡素な上下。
年の頃は20代後半と言ったところ。
その体つきは華奢でありながら、健康的であり、筋肉の線がほのかに浮かび上がっていた。顔立ちは柔らかく、特に目元が優しげだ。
目は大きく、温かみのある茶色で、まるで善意と思いやりがにじみ出ているかのよう。長いまつ毛が瞳を優しく引き立て、目尻には微笑むような小さなしわが浮かんでいた。
顔の輪郭は柔らかく、丸みを帯びた輪郭が穏やかな印象を与える。
温和な表情がもたらすのは安心感であり、青年が善人であることを悟るには十分であった。
青年の名前を、
4ストロークエンジン特有の排気音が響く中、英雄は慣れたハンドルさばきでカーブを曲がり、信号で一時停止をする。
横断歩道を渡る二人組の女子高生は、英雄のカブを見て、クスクスと楽しげに笑っている。
「カブよ」
「私の彼はナナハンよ。昭和カブなんてダサいわね」
女子高生達の批判に英雄は気にした様子もなく、穏やかな表情を浮かべたままアクセルを回して発進した。
「ダサいか。ガソリン1リットルあたり50kmと良いバイクだと思うんだけどな」
怒った様子もなく不満をこぼしながらも、英雄は周囲の景色を流していく。
やがて、ひまわり保育園が視界に映り込む。
歩道には保護者に連れられた子供達が、英雄に気づくと親しげに手を振ってくる。
「先生だ」
誰かがそう叫ぶと、子供達が一斉に英雄を呼ぶ。
それに英雄は微笑みを浮かべながら、「おはよう」と返していた。そんな平和な朝の風景が、あった。
英雄は、この保育園の保育士なのだ。
保育室に入った英雄は子供達に挨拶をした。
爽やかな笑顔で迎えられた子供達は、早速英雄に懐くように集まってくる。
中にはよじ登って来る子供もいるが、英雄は咎めず好きにさせる。
それでも別に嫌だと思わないのは、単に彼が子供に好かれているからであろう。
子供達と遊び、一緒にお弁当を食べ、子供達をお昼寝させた英雄は、ようやく事務所へと息抜きに向かった。
自分の机に座って項垂れていると、眼の前にお茶が差し出される。
「お疲れ様」
暖かな湯気が立ち上がる湯飲みだけでも、英雄の疲れた心は安らぐ。それが温かい笑顔と共に差し出されれば、英雄の疲れは吹き飛びそうだった。
一人の女性が居た。
彼女の名は
髪を後ろにまとめあげている為かうなじが良く見える美人で、彼女が浮かべる穏やかな微笑みは安心感がある。
そして何より大きく盛り上がった胸が抜群の色気を醸し出している。その色っぽい姿と母性から、自然と落ち着いた気持ちにさせてくれるのだ。
「どうしたんです、その髪のリボンは?」
美沙子は男性の英雄の髪が、ピンクのリボンで不器用に結ばれているのを見て尋ねた。
英雄は恥ずかしいそうに頭を掻いた。
「美香ちゃんが、自分と同じリボンをして揃いにしてくれたんですよ」
英雄の言葉に、美沙子はクスクスと笑った。
「広野先生はモテるんですね」
美沙子の言葉に、英雄は苦笑いを浮かべる。
自分に好意を抱く子供がいる事は嬉しい事だが、当然それが恋愛であるはずがないと英雄は理解している。だがそれでも非モテな彼にとっては、モテるという出来事は望外の喜びであり、その思いを否定できるはずもない。
(これが高梨先生だったらな……)
英雄はそんな事を考えつつ事務作業をしている美沙子の横顔を盗み見た。
すると美沙子は何かに気づいて顔を上げる。
英雄はビックリして顔を背けるが、美沙子が目を向けたのはテレビの方だ。見れば緊急速報のテロップが流れている。
《南都銀行で強盗事件発生》
ニュースキャスターの説明を聞いて、美沙子は眉をひそめる。
すると関連ニュースが流れた。
南都銀行立て籠もり事件発生。警察が交渉をするものの、犯人は重火器で武装。行員のみならず利用客も人質として囚われ中。
ということだ。
美沙子は眉をしかめた。
「銀行強盗ですって。怖いわ」
美沙子は英雄の方に目を向けた時には、彼の姿は無かった。
英雄は廊下を抜けると、スーパーカブÇ70のアクセルを空吹かしする。
エンジンが高鳴るのを聞くと、心が高揚していくのが分かった。
カブは今日も機嫌が良い。
「悪め」
英雄の声は低く、その顔つきもいつもの温和なものではなかった。鋭い目付きと引き締まった表情は、まるで歴戦の兵士のようでもあった。
次の瞬間、カブのタイヤはホイルスピンしながら発進する。白煙と砂ぼこりを巻き上げながら、英雄は全速力で走った。
「変形」
ボイスコントロールによる音声認証で起動する。
エンジンは超小型原子炉が起動すると共に、ナノテクノロジーと形状記憶合金によって再現されたカブのボディが形状を変化していく。
それは外観に限らず機械工学の原理を応用した軽量高強度合金製フレームや高張力鋼部品が構造を変形させ、超高出力走行や急加速急旋回を可能にさせる。
カーボンファイバーと特殊軽合金製のボディが露出し、エアロダイナミクスを採用したフォルムへと変わっていく。
これによって排気量が72ccしかなかったカブは、排気量8500ccの最高時速1200kmモンスターマシンへと変貌した。
英雄はアクセルをひねり、ギアを上げると一気に加速した。
30秒もしない内に時速200kmに達し、その速度でエンジンを温める。
「変身」
ベルトに隠されたスイッチを入れることで、変身装置が起動。
スーツの基本はグラファイトコンポジット製であり、胴体から下半身にかけて覆う。そこから身体の各部に宇宙合金製とセラミックによる複合装甲が装着される。
両肩部、胸部分、両上腕部、左右脛部を守るアーマー。
関節各部には超小型電子モーターが内蔵され、スーツ内の人工筋肉との併用で常人の数十倍ものパワーを発揮する。
頭部は甲冑を彷彿させるヘルムで覆われる。
目元は防弾防爆バイザーで覆われライフルでも貫通する事はない。
電子レーダーを応用したバイザーは、高速に流れる周囲の情報を的確に読み取り映像として処理する。
これ程の装備を物質の分子間距離を畳み、圧縮することで実現してみせている。
英雄はその超科学の結晶ともいえるヒーローへと変身したのだ。
――これが《騎士》の姿であった。
(行くぞ)
心の中でつぶやきながら、別の意味でのスーパーカブに乗ったまま幹線道路を疾走する。
◆
銀行前の風景は混沌とした状況に包まれていた。
昼間の大通りであるにも関わらず、一台の車両も人通りも無い。
警察車両や機動隊の装甲車が銀行の周りを囲み、赤色回転灯の赤い光が瞬いている。
拡声器を持った刑事・宮田
「犯人に告ぐ。貴様たちは完全に包囲されている。大人しく投降しろ!」
だが犯人側が大人しく応じることはなかった。
「うるせえ!」
銀行入り口で覆面や目出し帽を被った2人の強盗が女性銀行員1人を盾にし、トンプソン・サブマシンガンを頭上に射ちまくた。
犯人達は、恐るべき重武装をした強盗団だ。
世界最高峰の刀剣・刀、対戦車ロケット発射筒・M20 スーパーバズーカ、ルイギ・フランキ社が開発した軍用ショットガン・SPAS12、イギリス軍が採用していたブレン軽機関銃などの武器で溢れていた。
オレンジの火が上がる度に、金色の空薬莢が雨あられと床に降り注ぐ。哲を含めた警官達はネズミのように身を伏せるしかなかった。
強盗達が威嚇射撃をしていることは分かっているが、 45ACP弾を毎分 600~1200発を連射するサブマシンガンの前では、防弾チョッキすら意味をなさない。
硝煙と発砲炎、
「さっさと逃走用の車を用意しろ!」
強盗団のリーダー格らしき男が叫ぶ。
その声は女性銀行員の悲鳴や恐怖を引き出そうとしている。
リーダーは銀行中をみると、奥の金庫から現金の入った袋が次々と仲間が運び出しているのを見て計画通りに進んでいる事を確認し、薄笑いをした。
哲は人質がいることに歯噛みをしていると、警官が進言してくる。
「警部。ここは犯人の要求通り逃走用の車を用意してやりましょう」
哲は強盗に対し、丁寧形を使う警官に怒鳴る。
「バカ野郎! 犯人の要求に簡単に応じてどうする。人質という存在がある限り、奴らの要求は際限なく増え続けるだけだ。車の次は、海外逃亡用にジェット機の確保するよう要求してくる。そうなってからじゃ遅いんだ!」
哲の言葉に、警官も確かにと同意するしかない。
今ここで逃走用の車を用意しれば、もはや銀行強盗は警察を恐れることは無いだろう。後は指を咥えたまま、カルガモの行進のごとく着いて行く事しか出来なくなる。今でさえ手も足も出ない状況であるのに、ここで銀行強盗が調子に乗らせてしまっては大変なことになるのだ。
「クソ。どうしたらいいんだ……」
哲はバリケードにしているパトカーを叩いて怒りの矛先にした。
その時、別の警官が携帯型無線機から連絡を受けていた。
顔が青ざめる。
「警部! 大変です。《奴》が来ました!」
その警官の叫びは、哲の顔色をすぐに変えさせるものだった。彼は警官に詰め寄る。
「何だと。右か左か!?」
哲は左右に広がる道路を睨みつけた。
左から来るか、右からか、そのどちらかで状況は劇的に変わるだろう。
だが、どちらからも《奴》の姿は見えない。
「後ろです……」
警官の言葉に、哲は背後を振り返った。
道路の真正面から、ミサイルの如き速度で向かって来るバイクが1台。
そのバイクはスーパーカブ。
《騎士》だ。
スーパーカブはまるで光のような一筋の軌跡が空を切り裂く。バイクのエンジン音は轟音と化し発生した
街路樹は根本からへし折れ、ショーウインドウのガラスは粉砕される。
舗装道路には地割れのような亀裂が走り、スーパーカブが走り抜けた後は、まるで竜巻のような暴風を生み出す。
「退避! 総員退避せよ!」
哲は叫ぶ。
その声に反応して、警察官は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
強盗犯は意味が分からなかった。
「おい。貴様ら人質を放って、どこに行こうと……」
強盗リーダーはそこまで言って絶句した。眼の前に嵐が迫ってきたからだ。
「え!? 何?」
人質の女性は、これから起きる出来事を予想出来ずに呟いた。
次の瞬間、爆弾と化した風が銀行に向かって叩きつけられた。銀行のガラスは粉々に吹っ飛び、壁や柱がまるで柔らかい豆腐のように粉々になる。
強盗団は全てが壁や天井に叩きつけられて倒れ伏した。
まるで爆撃でも受けたかのようだ。
リーダー格の男が頭を振りながら瓦礫から身を起こす。
周囲を見ると、仲間も人質もケガもなく生きていた。
奇跡と思っていると、銀行正面にバイクから降りる《奴》の姿を見た。
装甲は厚く、鋭いエッジと角を持ち、甲冑を近未来的デザインにしたかのようだ。
一言で言い表すなら《騎士》と言えた。
「な、何だお前は!?」
強盗の一人が叫と、彼は答えた。
「
それだけ言うと、銀行に向かって歩みを進める。
「ち、近づくな! こっちには人質がいるんだぞ!」
リーダー格の男は、女性銀行員を盾にした。案の定、女性行員は助けを求めた。
「助けて!」
すると《騎士》は歩みを止めた。
(予想通り)
強盗達は内心でほくそ笑むが、《騎士》の様子がおかしいことに気づく。彼は足元に転がっていたM20スーパーバズーカを持ち上げると各部をチェックし始める。
「おい。テメエ何してやがる!」
強盗の一人が吠えた。
《騎士》はM20スーパーバズーカを肩にかついだ。それの意味することは一つしかなかった。
「こ、こっちには人質がいるんだぞ!」
強盗は女性銀行員を指差した。彼女は恐怖のあまり悲鳴さえあげられなかった。
しかし《騎士》は、まるで相手にならないといった態度で言い放つ。
「知らんな」
そして、《騎士》は手にしたM20スーパーバズーカの照準を女性を盾にする男の頭に合わせたのだ。
その動きにリーダー格の男は動いた。
次の瞬間、89mmロケット弾が飛び、爆発が銀行入り口を完膚なきまで破壊せしめた。
爆煙が収まりつつある中、《騎士》は瓦礫を踏み分けて銀行内に侵入した。彼の出現に強盗のみならず、人質となっていた人々も怯えた。
強盗の一人が、ブレン軽機関銃を《騎士》に向かって射つが、装甲によって、そんなものは毛ほどにも感じない。
《騎士》の目が光る。
強盗団の人数は4人。
《騎士》は腰にあった柄を手にすると、激しいスパークと共に青白い刀身が伸びた。
高次元電圧増幅回路がイオンを取り入れプラズマを生成。強力な磁場制御によって刀身形状を維持。絶縁体を問わず、あらゆる物質にダメージを与える。
「ライトニングブレード」
《騎士》はそう言うと、軽く一振りする。
ブレードの発する音に、強盗団は怯える。
「何だ。こいつ」
「人質がいるんだぞ」
「お前、正義の味方だろ?」
強盗達は、口々に言うが《騎士》は敵を確認した。
「正義の味方ではない。俺が正義だ。正義の執行は、ありとあらゆる事において優先される」
《騎士》は強盗団に告げた。
その冷たい言葉に、その場に居る全ての人々を震わせた。《騎士》は、ゆっくりと近づいていく。
「……こいつ。
強盗のリーダーは理解する。
【
地球環境保護や動物愛護などの目的を掲げてはいが、その活動に優しさはない。
実際には、放火、爆破、破壊、略奪、脅迫、誘拐、拷問、傷害、海賊行為。法治国家のおける反社会的行為を確信犯的に正当化する主張を展開する。
「自分が正しいと酔いしれてるだけの自己顕示欲の塊だぜ」
強盗は恐れたが、《騎士》は全く動じない。彼はブレン軽機関銃を持つ強盗の一人に向かって走り出す。
それはまるで閃光のようだった。
稲妻のような剣筋が振り下ろされ、銃撃を担当していた強盗を袈裟斬りにする。300万ボルトの刃が通り抜けた男は、悲鳴を上げる間も無く感電し崩れ落ちる。
1人目。
「殺せ!」
強盗団は手にしていた銃器を狂ったように射ちまくり始めた。
《騎士》はライトニングブレードを手に、左右に体を揺すりながら疾風のように駆け抜ける。
銃火の中を平然と動く姿は、まるで神話の英雄が歩む戦場を往くような威容を放っていた。
目にも止まらぬ速さで近づくとライトニングブレードを一閃する。
《騎士》のライトニングブレードが空を切り裂く音が銃声と交錯し、その一撃が空間を貫く。
一振りの瞬間。
刃は男の脳天から股下まで
2人目。
ライトニングブレードの刃が空間を貫き、青白い光が弧を描く。その一瞬の中で、《騎士》の姿が一層輝きを放ち、まるで雷神が戦場を踏みしめるような威厳を漂わせる。
そこに刀を持った男が刀を振り上げて斬りかかる。
《騎士》は振り向きざまにライトニングブレードを横様に振る。
雷光の太刀筋が光速で放たれる。刃は輝きながら空間を切断し、稲妻のような一撃となって強盗の腹を斬り感電させる。
3人目。
倒れる仲間を見た強盗のリーダーは震えあがる。
何が何だか分からないままに目の前の敵が動く。仲間が倒れていく恐怖だけが重なっていくのだ。
その時、リーダー格の男が叫んだ。
トンプソン・サブマシンガンを構えると、乱射する。
何十発という弾丸が《騎士》を襲う。
しかし、もはやそれは意味が無かった。
《騎士》は銃弾をものともせず、ライトニングブレードを正面から突き付ける。
自分の理念と行動に揺るぎない精神が乗った一撃。
その一撃で、リーダー格の男は生まれて初めて死を覚悟した。
ライトニングブレードの切先が男の胸を捉える。
深々と刃が突き刺さったとき、強盗は全身を青白い稲妻に貫かれた。
絶叫を上げたかどうかも分からない内に、男は崩れ落ちた。全身の穴という穴から煙を上げ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
4人目。
《騎士》はライトニングブレードを振り下ろす。
その姿を、人質となっている銀行員や警察官達は呆然と見ていた。
これは何だと叫びたいが声さえ出せない。人間という種の底知れぬ恐怖を感じているのだ。
「正義は勝つ」
そんな視線など、まるで気にしないかのように《騎士》は
◆
薄暗い部屋の中で、4人の人物が居た。
冷たい空気が流れる部屋には、家具などの調度品は一切なく、狭い空間を壁が取り囲んでいる。
この部屋は閣議室などとは比べ物にならない厳重な警備が敷かれている。
退役した潜水艦内ではあるが、何重ものセキュリティと盗聴対策が施されている。限界潜度まで潜水したことで船体は軋み音を上げ、ここが人の住みえぬ異界であることが改めて認識させられる。
日本の中枢に位置する人物達。
内閣総理大臣、官房長官、総務省長官、防衛省長官。
皆が重苦しい沈黙の中、口を開いたのは総理大臣だ。
「《甲冑騎士》か」
その言葉に、他の3人も無言でうなずき、官房長官が述べる。
「絶対正義を行う存在です」
すると総務省長官が被害状況を口にした。
「南都銀行内は、ほぼ壊滅。倒壊しなかったのが不思議なくらいです。周辺にも瓦礫や衝撃波が襲った形跡があり、周辺のビル数棟はガラスが割れ、壁も半壊。銀行強盗6人、銀行員24人、利用客10人、警察関係者78人は軽症者こそ出ているものの死者が出ていないことが奇跡と言えます」
全員が額や首筋から多量の汗を流していた。
「完全自立稼働の正義。あれを制御することはできません」
防衛省長官は額に手を当てたまま言う。
内閣総理大臣は苦々しく口する。
「福田
総理の言葉に、《ダッカ日航機ハイジャック事件》に全員が押し黙る。
【ダッカ日航機ハイジャック事件】
1977年9月28日に、日本赤軍が起こしたハイジャック事件。
犯人グループは人質の身代金として600万ドル(当時の為替レート〈1USD≒約266円〉で約16億円)と、日本で服役および勾留中の9名の釈放を要求。
福田赳夫首相はこれに対し「一人の生命は地球より重い」と述べて、身代金の支払いおよび「超法規的措置」として、収監メンバーなどの引き渡しを行うことを決めた。
日本政府は、完全にテロに屈したのだ。
なお同年10月13日発生したルフトハンザ航空181便ハイジャック事件では、西ドイツ政府は対テロ特殊部隊GSG-9を突入させる。
突入僅か5分でハイジャック犯4人のうち3人を射殺・1人を逮捕して人質全員を救出。
GSG-9隊員1名とスチュワーデス1名がそれぞれ軽傷を負っただけで事件を解決することに成功し、一躍その名を轟かせるとともに世界中の特殊部隊に影響を与えた。
このような対応の違いにより、日本政府はテロに悩まされた国際社会から「日本はテロまで輸出するのか」などと批判を浴びることとなった。
これによって政府は極秘裏に《甲冑騎士計画》を発動。
すなわち、警察でも自衛隊でもない、法律や憲法に拘束されない正義を行う超法規的存在を作り上げることだ。
身体機能を数十倍に向上させる強化戦闘服と、あらゆる場所へ急行させる高速マシンの開発。
そして、それを装着し正義を実行する人間の改造。薬物を用いた催眠療法に心理矯正手術を行い、悪に対して激しい憎悪をみなぎらせるようになった
それが《甲冑騎士》だ。
「被験者の記録は完了後に抹消済。手術や計画に関わった人間の記憶操作もしています。及び装備に関する製造は、世界48ケ所で部品を作り、それを組み合わせて製造した物のため、製造記録もありません。
本人には全身複雑骨折でも一週間で歩ける細胞内再生機能を持たせ、強化戦闘服やマシンが破損や損傷のダメージを負った場合も、自己修復機能素材とリペア機能を持ったナノマシンが導入されており、一切のメンテナンス及び補給を必要とせず完全自立稼働することが可能です」
防衛省長官が淡々と報告する。
その内容に総理大臣は顔をしかめつつも、諦めたように天井を仰ぎ見る。
「……求めた通りの機能ではないか。誰も
その言葉は、全員の代弁であった。
総理は訊く。
「ところで、彼にどこまで意思があるのかな」
官房長官が答える。
「人格は失っていません。あれだけの破壊活動を行っておきながら死者や重症者が出ていないことから、人に危害を加える事は性格によるものと推察されますが……」
官房長官は言いよどむ。
「何だね」
総理大臣は訊く。
「正義を執行する倫理観にブレーキはありません。彼が悪と判定した場合、花を踏み潰す子供だろうが、汚職をした会社員だろうと差別も容赦もないということです」
その言葉に総理は笑う。
「なら、我々の場合は……」
分かりきった事だか、聞かずにはいられなかった。
「正義に、一切の例外はありません」
官房長官の言葉に全員が沈黙した。
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