第18話 もう1つの祟術

 サナユキたちがオーガの死霊と戦っている頃。

 中野のビルでは3人の男たちが盛り上がっていた。


 オボウチ、短髪の男、スーツの男である。


「殺れ! そのままぶっ殺せ!」


 オボウチがスポーツ観戦でもするかのようにヤジを飛ばす。

 短髪の男も同意するように膝を叩いた。


「さすが元No.2だな! 3つも祟術を持ってて、高威力。しかも相当にタフだ」


「そりゃそうだろ。死霊に堕ちる前の呼び名は『鉄鬼』だったくらいだからな。時間の問題よ」


「そうだな。あ、言いこと思いついた。あと何分で終わるか賭けようぜ」


 短髪の男が手を叩く。


「いいぜ」

「乗った。面白そうだ」


 3人は勝ちの決まったゲーム賭事とじに興じようとしている。

 

 その様子を冷静に見つめる男がもう1人。

 木と同化しかけているカンヌキだ。


 あまりに浮ついた様子に、堪らず口を挟む。


伊都いつ伊賦夜いふや


「ああ? 何だ?」


 突然、言葉を発したカンヌキへ、3人の視線が注がれた。


「彼の祟術の名だよ」


 オボウチの眉が釣りあがる。


「2つ? あのガキサナユキは武具系だから呪術系も持ってるってことか?」


 カンヌキが首を振る。


「いや、呪術系ではない。はじめは見間違えかと思ったがね」


「……どういうことだ?」


 オボウチが立ち上がり、カンヌキへと近寄った。


「1つは煉獄れんごく。あまりに輝かしく、その輪郭りんかくしか捉えられなかった。もう1つは暗く深い奥底。底なしの奈落だった」


「いったい何の話だ? 祟術を2つ持っているって話じゃないのか」


 カンヌキが憐れみの視線を3人へと向ける。

 その瞳は、これから起こるであろうことを予見していた。


「そうとも鑑定の話だ。初めて目にしたよ、というものを」


 呆けた口となるオボウチ。


「は?」


 祟術にはいくつかの階級があり、どれだけ力が蓄えられるかが決まっているのだ。

 特級というのはその最上位を表す階級であった。


 オボウチは、汗を浮かべながら、無理やり笑みを作る。


「あの腑抜けが、それほど深い怨みを抱え込めるわけがない」


「そうとも。伊賦夜いふやはまだ眠ったままで、伊都いつも片鱗しか力を表していない。もしかすると、このまま目覚めること無く、終わったかもしれないね。誰かが不用意に死霊の血肉を注がせなければ」


「誰か……って、嘘を付くな! 俺をそうとしてんだろ!? ああっ!?」


 オボウチがカンヌキの胸ぐらを乱雑に掴み上げる。


「嘘だと思うなら、自分の祟術を見給みたまえ」


 オボウチが恐る恐る見返す。


 宙を舞う黒い水鏡には、オーガの胸へと深く刃を突き立てるサナユキの姿があった。




 ◆ ◆ ◆



「やっと……はぁはぁ……倒れた」


 サナユキは刃をオーガから抜く。

 オーガの巨体が地面へとズシンと音を立て、倒れ込んだ。

 相変わらず騒がしい存在である。


「その刀。尋常じゃないほどの切れ味ね。チコの牙は殆ど通らなかったのに」


 倒したことを確信したコトハが近づいてきた。


「死霊を吸えば吸うほど、鋭くなるみたいだ。この刀」


 サナユキは刀の切先を上に向け、刀身を眺める。


「なら、その大きい死霊を吸ったら、どれくらいになるのかしらね」


 コトハが地面へと倒れ込んだオーガへと目をやる。


「いや、これは刀には食わせない」


「どうして? チコは食べてももう強くならないわよ」


「違いほうに食わせる」


「違うほう?」


 サナユキの左腕を前へと突き出した。


「何やってるの?」


 全く理解できないという様子のコトハ。

 構わずサナユキは左腕に意識を溜め続ける。


 ――お前が求めていたものだ


 祟術は怨みの力。

 右腕から刀を取り出すときと同じように、不平、不満、未練、後悔などの感情を左腕に埋まったものへ与える。


 最初は、それが何なのか分からなかったが、今なら予測できる。

 祟果と呼ばれる実が埋まっているのだろう。


 異界に初めて落とされたときに、食べさせられた


 1つは刀の祟術。

 もう1つは左腕に埋まっている。


 その左腕の祟果に負の感情が満たされていく。


 ――来い


 強く念じた時、サナユキの左腕から何かが生えた。


 黒い木だ。


 生えた木は歪な形をしていた。


 まるで雷。


 蛇のようにうねったかと思うと、枝が一瞬飛び出しては縮む。

 変則的にその形を変化させ続けている。


 ――出来るはず


 雷のような黒い木をまとわせ、左手でオーガの亡骸へと触れた。

 直後、黒い雷が遺体へと吸い込まれていく。


 そして、つぶやいた。


「黄泉帰れ」


 オーガの胸が迫り上がり、跳ねる。

 心肺蘇生の電気ショックでも味わったかのように。

 そして、再び音を立てて、地面へと落下した。


 オーガの体は全身を弛緩しかんさせたままだ。


「黄泉帰れ」


 オーガが雷に打たれたように、再度、跳ねる。


 だが先程とは違うことが1つ。

 地面に落ちる前に、腕で体を支えたのだ。


 オーガの目が開く。


「まだ生きてたの!?」


 呆然と見ていたコトハが距離を図るように後ろへと下がった。


「大丈夫」


 ゆっくりと起き上がったオーガが、サナユキへひざまづく。


「え? え、え?」


 サナユキはオーガのひたいに軽く左手で触れる。

 直後、死霊の全身から黒い雷がほとばしりはじめた。


 その雷がサナユキの左腕へと吸い込まれていくのだ。


 ――何かが流れてくる


 力だけでも、肉だけでもない。

 あえて言えば、存在そのもの。

 オーガという存在すべてを喰らい尽くしたように感じる。


 全身を稲妻に変えたオーガが、すべてサナユキの左腕へと吸い込まれていった。


「これが式神か。不思議な感覚だな。自分の体の一部が増えたみたい」


「……式神に調伏したの? あの死霊を?」


「そうみたいだね」


 混乱して頭を抱えるコトハ。


「というか、何で!? 何で、右腕と左腕に祟術があるの!? 呪術系や鬼化系、憑依系も持っているってこと!? 5つもあるの!?」


 普段だと絶対に言わないような追い立てる口調だ。

 よほど予想外のことが起きたらしい。


「ないよ。2つしか」


「だって! 隣合った場所じゃないと祟術は覚えられないって、カンヌキさんが!」


 始めて異界へ連れ込まれた時、2粒の果実を口にさせられた。


「わかんないけど、多分、2つ同時に食べさせられたからじゃない?」


「そんなの……ありえない。だって――」


 尚も興奮するコトハに向かって、サナユキは手で制止した。


「話は後にしようか。まずは外へ出よう」


 サナユキが円形ドームの端を指差す。

 指し示した場所には、宙を舞う黒い水たまりがふわふわと浮いていた。


「……それもそうね」


 登ってきたときにオーガが立っていた場所あたりまで近寄ると、はっきりとその形を捉えた。


 墨汁を垂らした黒い水たまりを、真横にしたものがひとりでに浮遊していたのだ。


 大きさとしては大人1人がやっと通れる程度。

 オーガの巨体では通れなかったのだろう。


「戻ろう」


 サナユキの掛け声にうなずくコトハ。


 黒い水たまりへと頭から入り込むと景色が一転する。

 廃墟とかしたビル群を覗く空中庭園だ。


 更にすぐ近くには驚愕の表情を浮かべているオボウチら3人の男と、笑顔で出迎えるカンヌキがいた。

 割れたタイルの上へと降り立ったサナユキとコトハ。


「お前……本当に、あ、ありえねぇッ!!」


「オボウチさん」


 日本刀を向ける。


「わ、悪かった、許せ! あれは仕方なかったんだ!」


 他の2人の背中へ隠れるように後退りするオボウチ。


「許せ? 母を手にかけておきながら?」


「ひっ!」


 オボウチは走り始めた。

 ビルの中へと逃げ込むつもりだろう。


 サナユキは慌てた様子もなく、左手を上へと掲げる。


 すぐさま黒い稲妻が、空を駆け巡った。

 オボウチが逃げ込もうと目指した出入り口のすぐ前で、落雷する。


 黒い雷光が爆ぜ、光の中から出てきたのはオーガである。


「ひゃァッ!?」


 空気が抜けたような声と共に足が止まるオボウチ。

 対して歩いて近づいていくサナユキ。


「祟術を沢山持ってるんでしょ?」


 短髪の男とスーツの男は、すぐ横を歩いて通り過ぎるサナユキの視界に入らないように動くことすらできず固まったまま。


「お、俺のは、戦闘向きじゃないんだ! ゆ、許してくれッ!」


 逃げ道を失ったオボウチは文字通り右往左往する。

 そして、足を滑らし、床へと転がった。


 転げたオボウチのすぐ横へと立ったサナユキ。

 そして、刃を振り上げる。


「サヨウナラ」


 その刃を振り下ろそうとした時。



「待って! サナユキ」


 声を上げたのはコトハだった。


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 いつもお読みいただき、ありがとうございます。


 大変心苦しいご報告なのですが、しばしの間、休載させていただければと思います。

 https://kakuyomu.jp/info/entry/next_notice_2405


 公私ともにイベントが重なったこともあり、無理に執筆を進めても作品のクオリティーを担保できないという考えに至りました。


 再開した際には、より一層、皆様に楽しんでけるように頑張りたいと思います

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