第17話 援軍

「はぁはぁ」


 肩で息をするサナユキとコトハ。

 周囲には死霊の骸が無数に転がっている。


 動くものは一体もいない。


「終わった……のか」


「そうみたいね。早く吸収してしまいましょう」


「ああ」


 サナユキは刃を地面へと突き刺す。

 すると刀から床を這うように根が繁り周囲の死体へと絡みついていく。

 骸の半分ほどを一気に吸収した。


 案の定、少しの力しか上がらない。


「もっと強い死霊が必要だな」


 途端、違和感を覚えた。


 ――左腕が熱い?


 刀を作り出しているのは右腕の祟術である。

 そこから吸収できずに溢れ出た力が、左腕へと流れ入るように感じるのだ。


 左腕を見つめる。

 違和感はあるが、特に動きに支障があるわけではない。

 今は、思考の片隅へと追いやった。


 ――外に出たらカンヌキさんに聞いてみよう



 チコも死霊たちの祟果を一口ずつ食べていく。

 まるで落ちた肉を一個ずつ摘むように。


 数体の死霊が空気に溶けるように狼へと吸い込まれていくと、チコに更に変化が起きる。


 チコの足に緑色の炎のような揺らめきが灯ったのだ。


「チコの脚に火が点いた?」


「何かの祟術を顕現させたんでしょ」


「死霊から吸収したのか?」


「いえ、元々持っていた素養が開花したような感じるわ」


 コトハの顔は浮かない。

 式の才能が開花したのであれば、喜ぶべきことだろう。


「これで頭打ちみたいね」


「頭打ち?」


 コトハがチコの頭を撫でる。


「祟術には階級があって、吸収できる力に上限があるの。私の祟術、狼陣は準2級だから、このあたりが限界みたい」


「階級……死霊を吸収しても、もう力が上がらないってこと?」


「そうよ」


 サナユキは自身の剣を見る。

 既にそこらの死霊を吸収しただけでは力は上がらない。だが、上限があるようには感じない。


「サナユキ。あれどうする?」


「あれ?」


 促されるように周囲を見回すと、先程まで視界に入っていなかったものが現れていた。


「階段、か……」


 黒いモヤの奥に螺旋階段が見える。

 最初からあったのか、それとも死霊を倒したから現れたのか。


 壁も天井も無いのに階段だけが黒いモヤを貫いている。


「ウウウッ」


 チコが唸り声を上げた。


「かなり強い死霊がいるって。あと僅かに外の臭いもするらしいわ」


「この上が出口ってわけか」


「行く?」


 コトハが見詰めてくる。


「当然」


 2人は螺旋階段へを上がり始めた。

 黒いモヤに包まれ全身も視界も包まれる中、無言で上がっていく。


 そして突然、一気に視界が開ける。


 階段を上がった先にあったのは丸い空間であった。


 広い野球場のようなドームで、上も下も横も石のようなもので覆われている。

 太陽もライトも無いにもかかわらず、視界はそれほど悪くない。


 ――居る


 サナユキたちの反対側に何かが立っていた。



「鬼化系の死霊ね。下の階とはレベルが違うみたい」


 いつも冷静なコトハの声が僅かに震えている。


「そうみたいだな」


 サナユキの2人分ほどあそうな上背に、熊のようにせり出した口と牙。

 何より2本の巨大な角を持っている死霊だ。

 30メートルほど離れているのにもかかわらず、威圧を垂れ流しており、異様な雰囲気を漂わせていた。


 ――オーガ


 昔遊んだゲー厶に出てきた魔物に似ているように思う。

 もっとも死霊たちのように影でできてはいなかったが。


「グオォオオオッッ!!」


 オーガが吠える。

 まるで大型肉食獣の声たちを束ねたような声に、耳を塞ぎたくなる。



「まず俺が前へで――」


 コトハへ連携を伝えようとしたとき。


 


 視界が揺れた。




 次の瞬間に襲ってきたのは、猛烈な衝撃。

 胃からすべてを吐き出しそうだ。



 自分の体が吹き飛ばされていることに、遅れて気がついた。


 ――体当たりされた!? あの距離をッ!?


 コトハの言葉を発する前に、オーガは既に巨大な斧を振りかぶっていた。

 武具系の祟術まで持っているようだ。


 大斧の刃のすぐ下にはコトハがいる。


 ――危ないッ


 斧がコトハの頭上へと振り落とされようとしていた。


 サナユキは飛ばされながらも、手を地面へと擦り付け、ブレーキをかける。

 だが、慣性の法則に則って、体はコトハがから遠ざかっていくだけ。


「間に合わない」


 斧が下りる直前、突風が吹き荒れた。


「何だッ!?」


 風に煽られたオーガの体が一瞬だけ硬直する。


 暴風のなか、狼が地面を滑るように駆け抜け、そのままコトハをくわえて、俊足で離脱する。


 ――チコの祟術か


 風が止むと同時に斧が振り下ろされる。


 爆音。


 刃が石に当たったとは思えない。

 鉄球を重機で壁にぶち当てたかのような音が鳴り響く。


 そして、石でできた床が割ける。


 数メートルはあろうかという亀裂ができたのだ。


 ――なんて馬鹿力だッ


 冷たさとともに、掌にわっと手汗が吹き出す。

 それでも、見ているだけでは何も進展しない。


 ――負けてたまるか!


 サナユキは着地と同時に、床を大きく蹴る。


 体が軽い。


 祟術持ちの死霊を何体も食べた。

 今までとは比べ物にならないほどの速度。


 またたく間にオーガと肉薄する。

 近くでみると、まるで大人と赤子である。


 大斧をぐオーガ。


 それを更に低く屈むことで回避。


 すぐさまと刃を上へと向ける。 

 刃の反対側であるむねへと左手を添えた。


 そのまま思い切り地面を蹴り、刃をせり上げる。

 オーガの腹から胸にかけて、刃が深く沿っていく。


 「やったか!?」


 一気に肩のあたりまで飛翔したサナユキ。


 そのとき。


 オーガの右肩から黒い木が生えていた。

 まるで枯れ木のように空洞があり、大砲のようでもあった。


「クソ……呪術系まで持ってたのか」


 黒い木の先端へと光が集まっていく。

 僅かな時間で、極限まで力が圧縮された。



 そして、爆ぜる。



 直撃に備え、体をあらん限り硬直させたとき、サナユキの体が何かに引きずられた。


 コトハの式チコだ。

 サナユキを咥え、風をまといながらが猛スピードで爆発から逃げる。



 直後、圧縮された炎が周囲の酸素をむさぼり食うように、巨大な火柱を立てていた。


 赤く照らされただけの顔を思わず覆いたくなる。

 以前戦ったスーツの男が放つ炎とは比べようもない焦熱。


 チコに引きずられる形で、オーガから距離をおき、コトハの隣まで戻る。


「悪い、チコに助けられた」


「全然いいわ。それより想定以上に強い」


 至近距離で放ったためか、放ったオーガ自身からも白煙が上がっている。

 ダメージを負い、すぐに追撃してくる素振りはない。


 だが、目はずっと2人を睨みつけている。

 絶対に逃がすつもりがないのだろう。


「祟術、持ちすぎだな。あれ」


「武具系、呪術系、鬼化系の祟術。ということは、心眼系か憑依系を持っている可能性があるわね」


「どういうこと?」


「祟術を摂り込むのには順番があるの。自分の祟果があると近い箇所じゃないと、祟術が根付かないから」


 サナユキたち怨霊が使う超常の技、祟術。

 その根源である祟果が埋まっている体の部位により、ある程度系統が決まっている。


 武具系の祟果は右腕。

 呪術系の祟果は右肩。

 鬼化系の祟果は心臓。


 そうすると、心臓から左へ進み。左肩に祟果がある憑依系。

 または頭上方向へと上がった、目に祟果がある心眼系。


 これらの2つが候補となる。


 逆に言えば、左腕にある調伏系や額にある祈祷系などは、ある程度除外してもよいということだ。


「もちろん祟術を増やすのは命懸けよ。3つでも十分だけど」


 2人は今にも回復して動き出しそうなオーガを見つめた。


「……コトハ。チコに陽動を頼む。チコの速さなら直撃はしないはずだ」


「わかったわ」



 サナユキの刀を握り、再び走り出す。

 その横を狼チコが伴走。


 衝撃から戻ったオーガが大斧を振りかざす。


 そして、渾身の力を込め、叩き下ろした。

 暴力的ともよべる破壊力を伴って。


 サナユキとチコはすかさず左右へと散開。


 砕け散る床の破片を無視しながら、サナユキは背後へと回る。


 反対にチコは風をまといながら、オーガの正面で攻撃を引き付ける。


「今だッ!」


 サナユキが飛び上がる。

 脱力からの一気に力を解放。


 体重と全身の瞬発力を重ねた渾身の一撃だ。


 刀で背後からの一閃。


 刃が肩から尻にかけて突き刺さり、オーガを斬り裂いた。


 そのとき、左腕に痛みが走る。


 ――何だ


 コトハの声が響き、腕を鎖で引きずられた。


「サナユキ!」


 直後、斧が通り過ぎる。


「集中して! 死ぬわよ!」


「あ、ああ」


 日本刀のような刃を作り出す右腕の祟術。

 それとは違うものを左腕に感じ手仕方がない。

 じんじんとうるさいほどにうずく。


 サナユキは再び刃を構えて、オーガへと刃を走らせる。


 斬。


 刃を突き立てる度に左腕の違和感が強くなっていく。


 斬。

 斬。


 次第にそれは、違和感ではなく感触へと変化した。


 斬。

 斬。

 斬。


 感触が感性を呼び起こし、感性が仄かな欲望へと変貌。


 斬。

 斬。

 斬。

 斬。


 そして、研ぎ澄まされた何かが、明確な欲望として形を成した。



 『存在を喰わせろ』



 間違いない。

 左腕にある何かが死霊の肉を求めている。 


 それが何なのかわからない。

 だが、それは自身にとって向き合わねばならないもののように思える。



「ああ、待ってろ。喰わせてやる」

 


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いつもお読みいただき、ありがとうございます。


大変心苦しいご報告なのですが、しばしの間、休載させていただければと思います。

https://kakuyomu.jp/info/entry/next_notice_2405


公私ともにイベントが重なったこともあり、無理に執筆を進めても作品のクオリティーを担保できないという考えに至りました。


再開した際には、より一層、皆様に楽しんでけるように頑張りたいと思います

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