第14話 鑑定

「生霊は遅かれ早かれ、いつか必ず死霊にちる。君もだ、サナユキ君」


「俺が……死霊に?」


「生霊となった時点で結末は決まっている。だが、人としての生を全うしてから死霊になるか、怨みに飲まれ人を止めて死霊になるかは決められる」


 あんな自我があるのかさえも分からない化物になどになりたくない。


 そもそも自身は他者を怨んで生霊になったわけではない。

 ただ退魔師に無理やり、黒い実を食べさせられ、祟術を植え付けられただけではないか。


「カンヌキさん、どうにかならないんですか!?」


 黒い木に埋まった老人が微笑む。


「あるよ」


「それは……それはなんですか!?」


「真っ当に生きなさい。人としての生を」


「そうすれば死霊にならずに済むんですか?」


「いや、死霊にはなる。だが人生を生きた後なら、死後に続きがあるとも考えられなくもない。道教では尸解しかい、陰陽道では泰山府君祭たいざんふくんさいなどと呼ばれて、秘奥ひおうの1つでもあったくらいだよ」


 死霊に転生して、異界を彷徨う魍魎もうりょうになる果てるボーナスステージなどいらない。


「……そんな考え方はできないです」


「力を付けておけば自我は保てるらしいが、抵抗感はやはりあるだろう。後は私のように木となるか、かね」


「カンヌキさんには悪いですが、どちらも成りたいとは思えません……」


 木に埋まった老人が少し迷いながらも口を開く。


「あまり確証の無いことは言いたくないのだが、人に戻る方法もある


「あるんですか!? なんですか、それは!?」


 サナユキが食い気味に尋ねる。


「異界は階層になっていることは知っているかね?」


「地下があるんですか?」


「物理的に繋がっていないよ。違う位相いそうがあると言った方が適切かね。より強い力を手に入れれば、より下層に引きずり込まれる。そして、異界のには人に戻れる方法がある、という噂を聞いたことがある」


「……噂……ですか」


「そう、ただの噂や迷信。下層へ行くほど凶悪な死霊たちがうごめいている。地獄に自ら足を踏み入れるようなもの。死霊にならないために本当に死ぬのは本末転倒だよ。だから、今ある生を大事にするべきだ」


「そう……かもしれません」


 カンヌキの言っていることは分かる。

 先程の話からすれば、自我は維持できる方法もあるのだろう。

 なら考えようによっては、ボーナスステージと言えなくはない。


 だが、死霊となることに悩まさせられ続ける人生は、果たして人として真っ当な生を送っているといえるのだろうか。


 ――すぐには納得できない


「若い時に悩むことは大事だよ。自分の中で消化するまでに時間がかかることは人生には多い。だが、私には残された時間は少ない。君に教えられることはできるだけ教えたいのだが、どうだろう?」


「……はい」


 そう答えたものの正直、今、話を聞いても集中できなさそうだ。

 どうしても死霊となってしまうことが頭から離れない。


「祟術のことは覚えていた方がいい。ここで生きていくためには」


「そう……ですね」


「よかった。君は強い心を持っている」


 朗らかに笑みを浮かべる老人。


「祟術には系統があることを知っているかね?」


「はい、コトハたちから少し聞いたことがあります」


「では祟術たたりじゅつの根源である祟果たたりかが埋まっている体の位置で、系統が判断できることは?」


「……いえ」


ひたいなら治癒系、右腕なら武具系、左腕なら調伏系というように体の箇所と系統は一致する」


 サナユキは自身の右腕へと視線を落とした。

 右腕からは黒いツタが生えており、その先に繋がる日本刀は自分が握っている。


「サナユキ君は右腕で武具系、コトハ君は左腕で調伏した狼、サエ君は額から治癒系だね」


「確かに。そう言えば、右肩から炎を出したり、浅黒くなって凄い力を使っていた人たちがいましたが」


「右肩なら呪術系で炎や雷なんか扱うね。今風に言えば魔法タイプかな。浅黒いのは鬼化系で心臓に祟果があって全身を強化する。左肩は憑依ひょうい系で相手を操るタイプだね」


「つまり祟術の種類を知っておけば戦いとなっても、どんな攻撃が来そうかは概ね予測がつく、と」


「御名答。問題は複数の祟術を持っている者たちだね」


「他人の祟果たたりかというのを食べた人たち、でしょうか」


「その通り。だから常に選択肢を捨てないこと。たとえば相手が鬼化系だからといって遠距離攻撃や精神攻撃の可能性を除外してはいけない」


 今のところ複数の祟術を持っている者と戦いになったことはない。

 だが、間違いなく居るのだろう。

 実際、サナユキをここへと連れてきた者たちは、他の生霊を捕まえて祟果を生産するだけの存在に変えようとしている。


「わかりました。武具系、調伏系、治癒系、呪術系、鬼化系、憑依系の6つの系統を覚えておきます」


 カンヌキは満足そうに頷いた。


「あと1つ、感知に特化した心眼系というのがある。よければサナユキ君の祟術を【鑑定】させてくれないか」


「祟術を鑑定?」


「伊達に長生きしてなくてね。私もいくつかの祟術が使えるんだ」


 カンヌキの目の瞳孔の周りに何か黒いものが動く。


 ――花だ


 瞳孔を中心として、黒い花びらが咲くように模様が目に広がった。

 広がった花びらは水仙を思わせる。


「君の祟果たたりかが埋まっている右腕をよく見せほしい」


 言われるがまま右手を差し出した。

 カンヌキは花が咲いた両目で凝視する。


「くッ!」


 直後、カンヌキは眩しがるように目をひそめる。

 まるで閃光でも見てしまったしたように。


 それでもカンヌキは目を細めながら見続ける。

 苦悶の表情に染まっていくカンヌキ。


 ――鑑定って、そんなに大変なのか?


 カンヌキの目から黒い涙、もしくは黒い血が流れ始めた。


「だ、大丈夫ですかッ!?」


「はぁはぁ、大丈夫だ」


 カンヌキは疲弊しきったようにまぶたを閉じる。

 しばらく息を整え、自身が感じたことをゆっくりと咀嚼そしゃくしているように思う。


 そして一頻ひとしきりして、目を瞑ったまま語りかける。



「サナユキ君……君は何者なんだ?」



 その声は僅かに恐怖に染まっているように感じた。



「俺はただの――」



 サナユキが異界へと来るきっかけとなった話を離そうとしたとき。


 急に屋上の扉が開いた。



「おい、新入りッ!」



 短髪の男とスーツの男が屋上にある唯一の扉から現れた。

 つい先程。戦いになった馬鹿力の男と炎を操る男だ。

 彼ら自身の怨みの対象を殺め、間もなく死霊へと堕ちる者たちでもある。


 必然、警戒度が上がった。

 ここは魔狼とその仲間の拠点である。

 いつか来るとは思っていた。



「あのジジイ、まだ木になってねぇのか、気持ちわりぃ」


 短髪で金髪の男が近寄る。

 腕を振るたび、黒いタンクトップしたでは盛り上がった胸筋がうねる。


「貴方の祟果を早く収穫したいのですが」


 スーツの男も近寄った。

 対照的に病的なほど細く、ほほけ目の下にくまがこびりついていた。


 ――コイツら


 サナユキは手を握りしめる。

 その様子に気がついた短髪の男が見下すように笑う。


「ここは俺等の城だぜ? やる気があるならやってもいいがな」


 短髪の男が指をパキパキと鳴らす。


 目の前の2人となら十分に戦える。だが、これ以上は無理だ。

 特にあの魔狼と呼ばれていた死霊には手も足もでないだろう。


「クソッ」


 サナユキは手にした日本刀を霧散させた。

 今はチャンスを伺ったほうがいい。


「臆病モンだな。まだチキンの方がプライドありそうだぜ」


 短髪の男が頭を指さしながら笑う。


「……仲間が多いと随分と威勢がいいな」


 サナユキが言い返すと短髪の男が青筋を浮かべた。


「ンだとッッ!!?」


 スーツの男が呆れながらため息をついた。

 そして自身の背後へと声を掛ける。


「おい、こいつでいいのか?」


 ――まだいるのか


 目を凝らすと、2人の奥に人影がある。


「ああ、間違いない。お前らのような下っ端にしてはいい仕事をしたじゃないか。捕まえるのはもう少し時間がかかると思ってたんだがな」


 その優越感に染まった声には聞き覚えがあった。


「シンジさんの金魚のフンが……」


 スーツの男が小さく愚痴をつぶやいた。


 2人の後ろから現れたのは小太りの男だった。



「何で、あんたが……生保内さん」



 そこには現世でよく知る男が居た。

 店の金を横領しているオボナイの生霊だった。


「最近、随分と粋がってたじゃねえか。俺の事を疑ってんだろ?」


 オボナイが薄ら笑いを浮かべて歩み寄る。


 ケイに続き、オボナイまで異界にいたとは。

 いや正確に言えばケイと違い、オボナイは生霊であり、現世とは表裏一体の存在ではある。


「生保内さん、何で生霊なんかに……」


「そりゃあ、憎い相手がいたからな。もう殺してやったが」


 薄ら笑いがニチャっとした笑いに変わった。


 ――目が……黒い


 眼球が真っ黒い。

 つまり現世の誰かを憎み、異界でその人を殺めたという証拠である。


「知りたいか? 誰だか?」


 更に歩み寄り、手が届きそうな距離まで詰められる。




「お前の母親だよ」



「……え?」


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