第13話 決められた将来

 突然の襲撃。 

 振り向いたその人は、よく知る男だった


「ケイ……なんで……」


 異界にいるはずのない友が白い鎧を纏っていた。

 崩れる体を無理やりひねり、再度凝視するが、間違いない。


 なぜ、なぜという疑問ばかりが頭を駆け巡る。


 ケイも同じ様子。

 白い鎧を纏った友の表情は驚愕に染まり切っていた。


「サナ……ユキ……なの、か? 」


 戸惑いながらもケイが歩み寄る。


 刀を持たない左手の指先を震わせながら、自身が斬り裂いたサナユキを見ていた。


 後、数歩で手が届きそうというとき、青白い光が走る。

 ほぼ同時に、空気を裂く破裂音が鳴り響き、地面を振動させた。


 それが落雷であったことに気がついた。


 「なんだ」


 足に力が入らず、地面へと伏せていくサナユキ。

 流れる血と共に徐々に薄れていく意識の中、意識を強く保ちながら周囲を探った。



 すると20名を超える人影がある。

 白い鎧ではなく、黒い木を体から生やしていることから退魔師ではなく生霊だろう。


 ――生霊がこんなに


 生霊たちの中心にいる一段と大きな影が、ゆっくりと進み出た。


「彼らは僕の仲間なのでね」


 静かだが、相手を威圧するような低い声だ。

 全く耳にしたことなど無いが、どこか知っている人のように感じてならない。


 その形は人ではなかった。


 人狼。

 毛深い黒い毛皮に覆われていた狼男が話していた。


 ケイの表情が再び峻厳しゅんげんを帯び、刀を構える。


「【魔狼】と配下どもが何でこんなところに。根城がある中野からは離れてるだろ」


「少し野暮用でね。それより、退いてくれないか? 退魔師と言えど、この数を相手にすると無事では済まないだろう?」


 ケイが不敵に笑う。

 いつもの友の姿と重なり、白い鎧だけが異様に浮いている。


「やってみるか?」


御免被ごめんこうむりたいね。死霊や生霊ならともかく、退魔師などと戦っても何の得もない。どうしてもと言うなら、やぶさかでは無いが」


 人狼と配下たちが一気に殺気立つ。


 ケイはそれらを慎重に見回し、刀のつかを握り直した。

 そして、最後に地面に倒れたサナユキを横目で確認し、剣先で差す。


「分かった。サナユキ……この生霊だけは俺が引き取る。それで手を打つ」


「ダメだ。そいつにはがある」


 魔狼と呼ばれた人狼が、即座に却下する。

 呼応するように、今にもなだれ込みそうな配下の生霊たち。


 交渉が決裂したことは、誰の目に見ても明らかであった。


「ふう」


 ケイが浅く息を吐き、呼吸を整える。

 そして、サナユキの手を握ると、急に走り出した。


 逃走だ。

 交渉が決裂するや否や、ケイはサナユキを連れて逃げだした。

 最適解である。交渉は議論ではなく、目的を達成する為にある手段にすぎない。交渉という手段が無理筋となったのならば、他の手段をとればよい。


 ――肩が抜けるッ


 無理やり引きづられるサナユキが旗のように真横に揺れる。


 だが、走るケイのすぐ隣に影が追いついた。


 人狼だ。


 ――早すぎる


 残像を残すほどの俊足。

 先ほどの凄まじい速度で生霊たちを斬り伏せたケイよりも、更に早い。


 人狼は、サナユキを掴んだケイの手へと爪を放った。


「チッ」


 ケイが苦々しそうな表情を浮かべ、サナユキを手放す。


 豪速の中で繰り広げられる一瞬の出来事である。


 急に手を離されたサナユキは、空中へと放り投げられる形と成った。

 だが、それもすぐに止まる。


 サナユキの頭を人狼が握ったからだ。

 まるで自分の頭がトマトにでもなったかのように感じてしかたない。人狼のさじ加減1つで握りつぶされる。


 人狼が一言。


「去れ」


 ケイは歯ぎしり音がしそうなほど口を噛みしめながら、廃墟の間へと消えていった。


 親友の姿が消えたことで、辛うじて留めていた意識は、視界が霞むのと時を同じくして急停止する。

 そして、サナユキの意識は途切れた。



 ◆ ◆ ◆



 はたと目が覚める。


 上に見えるのは曇天どんてんの空。

 灰色の雲が辺りを覆っていた。


「くっ」


 意識を取り戻すと当時に、右肩に痛みが走る。

 傷は消えていたが、完治したわけではなさそうだ。


 その痛みが先程のことが事実であると告げていた。


「……ケイ」


 分かりきった回答を思案しようと頭が、まず働いた。

 ケイが退魔師であることは明らかだ。

 自分を異界に突き落とした退魔師の仲間でもある。

 信じたくないという気持ちから、別の可能性を模索している自分に呆れてしまう。


 ――現世に戻ったら聞かないと


 本人へに直接聞くしかない。

 そのためにも一刻でも早く現世に戻らなくては。



「やあ、目覚めたようだね。傷はどうだい?」


 どこからか声がした。


「誰?」


 無理やり上体をお越り、周囲を見渡す。


 どうやらここはビルの屋上らしい。

 眼下には明かり1つ着いていない廃墟と化した街が覗く。


 屋上には5本ほどの木が生えている。

 植栽しょくさいではなく、タイルを突き破って根を張っているようだ。


 ――気のせいか


「ここだよ」


 声がした方へ振り向くと、信じ難いものが目に飛び込んだ。


 ――木に人が埋まっている……


 黒い木の幹に、四肢を埋め込まれた初老の男だ。

 四肢は木と一体化し、境目すら見分けられない。


 思考が止まりかけたのも束の間、サナユキは慌てて距離を取った。

 右手から黒い木を生やし、素早く日本刀を形作る。



「さっきの人狼か!?」



 初老の男は穏やかに笑みを浮かべたまま。


「私は魔狼などではないよ。東京の端で静かに生きてきただけの生霊の端くれだ」


 黒い木に手足を埋め込まれた老人。

 怪しすぎるが、敵意は感じない。


「俺をどうするつもり……ですか」


「どうするつもりもない。ただ、傷を負ってこの【果樹園】に運び込まれたから、治療しただけだよ」


 確かに傷は消えている。

 サエと似たような祟術を持っているのだろう。


「すみません……気が立っていたもので」


 サナユキは日本刀の刃を下へと向けた。


「この状況だから無理もない。私はカンヌキ 一文ヒトフミ。君は?」


「サナユキと言います」


 黒い木に捕まったカンヌキへと歩み寄る。


「懐かしい気配がするね。コトハ君やサエ君と知り合いかい?」


「コトハやサエを知ってるんですか?」


「もちろん知っているとも。彼女らが異界に生まれ落ちたときに、生き方を教えたのは私だからね。彼女たちは元気かい?」


 急に友人の知人だと言われても信じ難いが、今は状況がわからない。話を続けることにした。


「え、ええ、2人は元気ですよ。毎日、一緒に死霊を狩ってます」


 急にカンヌキの顔が曇る。


「どうしたんですか?」


「私の事は忘れろ、と言ったのだがね」


「忘れる?」


「彼女たちは、おそらく救おうとしているのだよ。魔狼に捕まった私を」


 コトハやサエは手を貸して欲しいと言ったが、何に手を貸せばいいのか、何度か聞いてはみたが、はぐらかされた。

 死霊を狩っていることから、何かしらの力が必要なことであるだろうと予測はしていたが。


 確かにあの魔狼という生霊と事を構えるのであれば、力が必要だろう。


 だが、それは無謀としか言いようがない。

 魔狼とケイのやり取りを直接目にしたが、どれだけの死霊を狩れば、実現できるのかすら想像もできない。


 黙りこくるサナユキに対して、カンヌキが話を進める。


「ここを拠点にしている魔狼やその他の生霊たちはタチが悪い連中だ。すまなかった、君を巻き込んでしまったようだ」


 まだ10代中頃の自分に、初老のカンヌキが頭を下げる。


「……コトハやサエも無理やりは連れてこなかったと思います」


 異界で生きていく為に、どのみち力は必要である。

 ある程度、力を付け、慣れてきた時に打ち明けられていたであろうことは想像に難くない。


「でもちょど良かった。カンヌキさん、今から木から切り離します。一緒に出ましょう」


 サナユキは刀身の真っ黒な日本刀を浅く構えた。

 だが、カンヌキは首をふる。


「この木は私自身だ。切り離すことなどできはないよ。このまま、いずれ木になる」


「人が……木に?」


「そう、怨みに飲まれた者の末路だ。受け入れてはいるよ。もっとも魔狼たちにそうさせられたことも事実だが」


「どうして木に」


「そこの木を見てみたまえ」


 よく見れば屋上にあるすべての黒い木は、カンヌキが埋まっている木とよく似ていた。

 それだけではなく、サナユキやコトハが祟術を使う時に体から生やす木とも酷似している。


 幹も枝も葉も押し並べて黒い。

 枝の先へ視線を移すと、1粒の黒い実ができていた。


「黒い実……」


「そうだよ。あれは【祟果たたりか】と呼ばれるもの。あの実を食べて、木となった生霊の祟術が習得できる」


 実には身覚えがあった。

 小粒のヒメリンゴもししくはサクランボほどの黒い果実。


 1ヶ月ほど前、初めて異界に放り込まれたとき、女の退魔師に無理やり食べさせられたものだ。


 まさか人から作られたものだったとは。


「うっ」

 

 気持ち悪さから吐き気がこみ上げた。

 酸っぱいものが喉の奥をヒリつかせる。


「文字通り、怨みを抱えた生霊の成果だね。自身の怨みを世の中にばら撒き続けるだけの存在でもある」


 カンヌキの話を完全に飲み込めたかは定かではないが、どうやら魔狼たちはここ【果樹園】で祟術を覚える実を作っているらしい。


「魔狼たちは、何のためにそんなことを」


「ここの生霊達は怨んだ対象を呪い殺してる。目が真っ黒だったろう?」


 カンヌキが同情と侮蔑を露わにした。

 魔狼達の目がどうだったかは見てはいないが、サナユキと対峙した3人の生霊の目は確かに黒かった。


「呪い……殺す?」


「そうだ。卵を見たことはあるかい?」


 ここで言う卵とは、異界のあちこちに落ちてる目がある卵であろう。

 初めて異界に入ってきたときから何度となく目にし、最近では気にすらしなくなっていた。


「はい」


「あの卵の持ち主は、現世にも当然いる。だから異界で卵を殺せば、現世の人も死ぬ」


「異界での死が……現実になる?」


 異界は現実とは別物だと思っていた。

 現実のコトハは、サナユキのことなど知らなかった。ゆえに、影のような世界だと思っていた。


 だが、カンヌキの話が本当であるなら、異界と現世の人間は命を共有していることになる。


「死因は衰弱死、心臓発作、自殺なんか色々だけどね。元々、生霊は強い怨みを持っている存在だから、多くは手を血に染めてしまう。残念ながら」


 強い怨みを持っている人間が、罪にも問われない、立証もできない空間で、怨んでいる人間の命をてのひらに握っているのだ。

 そのまま握り潰す人間がいることは、十分に想像できる。


「だが、当然デメリットもある。人を殺した生霊は数年のうちに死霊にちる。ここの連中は、死霊に堕ちる前に力を蓄えておきたいんだよ。知性の無い怪物には誰だってなりたくないからね」


 死霊が元人だと、コトハが言ったときから、そんな気はしていた。

 この世界に人は生霊と退魔師しかないのだ。

 どちらが死霊に近いかなど考えるまでもない。


「自業自得なのに、他人を犠牲にしてでも、自分だけは生き残ろうとしているなんて」


 サナユキは手を強く握りしめる。


「私も似たようなものだよ。死霊ではなく木になることに安堵しているくらいだ」


「……カンヌキさんは違います。だって目が白いってことは、誰も殺していないってことでしょう?」


「そうか……サナユキ君、君はまだ知らないんだね」


「何をですか?」


 カンヌキはサナユキの瞳をまっすぐに見つめた。

 一呼吸おいて、ゆっくり語りかける。

 今から大切なことを伝えると暗に示すように。




「生霊は遅かれ早かれ、いつか必ず死霊にちる。君もだ、サナユキ君」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る