第12話 邂逅

 次の日、サナユキは異界にいた。


「今日は1人で行ってくるよ」


 拠点の廃墟で1人靴紐を縛る。


「どうしたの?」


「ちょっと広い範囲で狩りをしたいんだ」


「あんまり無理はしないようにね」


「大丈夫」


 サナユキは右腕から黒い木を生やし、黒い日本刀を作り出した。


 店を手放さないと決めた。

 そのために現実の問題に対処する必要がある。

 普通に考えれば、ただの高校2年生が、思いだけで社会と渡り合うのは不可能だ。


 ――あと1ヶ月と少し。できるだけ力を付けないと


 精神力の向上は生活に変化をもたらした。

 それでもまだ足りない。もっと知識や機転がいる。


 サナユキの目標は2つ。


 1つ、異界で精神力向上を図る。

 1つ、現世で生保内の資金流用の証拠を抑える。


 時間がない。


 サナユキは全速力で走り始めた。


 すぐに道の先に1体の死霊が歩いている姿を捕らえた。

 走る速度は緩めない。


 走りざまに1体だけで歩く死霊を切り捨てる。


 足を止めることなく、すぐに吸収しながら疾走し続けた。


 ――やっぱり


 力の向上は感じられない。


 コトハの推測では、力の取り込みは、加算され続けるわけではないらしい。

 ある程度、強い能力を取り込むと、それ以下の能力をいくら吸収しても上がらなくなる。


 異界では、筋力や頑丈さ、瞬発力、反応、感覚が強化される。

 現世に持ち帰れる力である精神力も、頭の回転や記憶力のように細かく分かれている。


 例えば記憶力が優れた死霊の精神を取り込んだ後に、それ以下の記憶力を持った死霊をいくら吸収したところで微塵も記憶力は上がらない。


 ならば、どうするか。


 サナユキは1つの仮説を持っていた。



『強力な死霊は、強靭な精神を持っている』



 以前、1体だけ狩った祟術持ちの死霊を取り込んだ際、異界でも現世でも大きく能力が向上した。

 つまり、これ以上の力を得るためにやることは必然。


 ――祟術持ちを狩る


 街を駆けながら耳を済ます。

 前回倒した死霊は、罠を張って地下に隠れていた。


 他の個体が同じなのか、あの個体がたまたまそういった狩りをしていたのかはわからない。

 ともかく拠点の周辺だけを探していたのでは見つかるものも見つからない。



「少し遠くへ行ってみるか」


 線路の高架橋沿いにある通りを東へと進んでいく。

 現世なら車が渋滞し、数分毎に上を電車が走る通りは、静けさが覆っていた。


 隣の駅の近くへと来た時と、耳に誰かの声が飛び込んだ。


 ――怒声?


「そっちに行ったぞ!」

「来いやッ」


 人の声だ。

 とても小さい声だが、確かに聞こえる。

 

 異界でコトハとサエ以外の生霊を見たことがない。


 ――行ってみよう


 声に惹きつけられるように、駆け足が早くなっていく。


 車1台やっと通れるほどの狭い商店街へと足を踏み入れ、駅がある方へ走り出した。


 すぐに廃墟と化した駅へとたどり着くと、声は明瞭となる。


「抑えろよ、ボケッ」

「そう言われてもね」

「は、早くしてよ!」


 声が聞こえるのは3人。

 女の声が1人、男が2人。


 ――ロータリーの方か


 駅構内の南北を繋ぐ自由通路へと入る。

 バスの停留所がある反対側へと、慎重に進んでいく。


 誰も居ない改札を過ぎたころ、3人の様子を捉えた。


「いた」


 金髪に染めた短髪の筋肉質な若い男。

 痩せこけた30代スーツ男。

 メガネの太った中年の女。



 ロータリーの真ん中で死霊と戦っているようだ。

 死霊は2体。



 痩せたスーツの男の右肩から黒い木が生えている。

 太った中年の女は左肩から。


 だが、金髪の男はどこからも木は生えていない。


 ――金髪の人は祟術を持っていないのか?


 死霊が鋭い爪を、金髪の男へと振り下ろした。

 避けれるようには思えない。

 というより、金髪自身が避けようと思っていないようだ。



 殺られる。そう思った直後。


 金髪の男は腕で、死霊の爪を


 ただの足の踏み込みでアスファルトを凹ませ、巨大なコンクリートの壁を弾き飛ばす異形の一撃を。


「そう何度も食らうかよッ!」


 金髪が死霊へと蹴りを入れる。

 すると、異形が弾き飛ばされ、近くの売店へと突っ込んだ。

 

 けたたましい音を立てて、売店のトタン屋根が崩れ落ちた。


 ――なんだ、あの力


 よく見れば、金髪の男の肌はやや灰色がかかっており、血管がひどく浮き出ている。



「よくやった」


 スーツの男が前へと出る。


「お前のためじゃねぇッ!」


 金髪の言葉を無視し、スーツの男は右肩に生えた木の先端を死霊へと向ける。


「焼け死んで」


 そう叫ぶと同時に右肩から生えた木の先端に火が灯る。


 火は一瞬で燃え盛り、火柱となる。

 上空へと舞い上がった業火が、空で蛇のようにくねる。


 そして、売店から這い出た死霊へと襲いかかった。

 一気に炎に包まれた死霊が暴れまわる。


「つ、次……早くッ!」


 太った中年の女が声をあげる。


 残り1体の死霊が、女へと飛び掛かっている。


 死霊の体がくの字に曲がり、地面へと叩きつけられた。

 鈍い音を立てて砂利へと体がめり込む。


「しつけぇッ!」


 金髪が背中から殴り倒したのだ。


「そ、そのまま」


 太った中年女の左肩から1本の伸びる黒い木。

 タコの触手のように柔軟に動く。


 そして、地面へと抑えつけられた死霊の後頭部に刺した。


「これで……お、おしまい」


「まじで疲れるぜ」


 金髪の男は終わったかのように、抑えつけていた腕をどかした。


 ――何で安心してるんだ?


 死霊はまだ生きている。


 だが、動かない。

 まるで地面にはりつけられたように。


 その姿はまるで土下座でもしているようだ。


「離れて」


 スーツの男が少し離れたところから、炎を立ち上らせる。


「お、おい! 待てよ!」

「ひぃ」


 短髪の男と中年の女が逃げのを待たず、スーツは炎の放つ。

 炎の包まれた死霊は、土下座したまま全身を焼かれ、動かなくなった。


 金髪の祟術は、腕力の向上。

 スーツの祟術は、炎の操作。

 中年女の祟術は、自由の剥奪。


 そんな所だろう。


 ――あれも祟術。色んな種類があるんだな


 以前、コトハとサエが言っていた。


 祟術には、7つの系統がある。

 どの系統を発現するかは、どんな怨みにより発生したかによって分かれるらしい。



「焼き殺す気か! ああッ!?」

「そ、そうよ!」

「そうだよ、死んでくれて構わない。その方がせいせいする」

「んだとッ!?」


 仲間内の悪ノリというよりも、本当にいがみ合っているようだ。


 ――何だ、仲間じゃないのか?


 よく観察するように更に目を凝らす。


「うっ」


 すると、異様なものに気がついてしまった。


 ――何だ、あれ……目が……黒い


 3人共、目が真っ黒なのだ。


 瞳孔や角膜がではない。

 眼球全てが真っ黒なのだ。



「……誰か、いるのか?」


 金髪がサナユキがいる方へと声をかける。


 ――まずい


 金髪の男は筋力だけではなく感覚も鋭いようだ。


 生霊すべてがコトハやサエのように、友好的かはわからない。


 むしろ、


 死霊という外敵が闊歩かっぽしている場所にもかかわらず、コトハやサエは他の生霊たちと交流を持っていない。

 おそらくメリットよりデメリットの方が大きいからだろう。


「出てこい。いるのは分かってる」


 一か八か。

 右手に握りしめた刀をより一層固く握る。


 サナユキは駅の柱の影から出た。


 3人の視線が集まった。


「こちらに敵意はありません」



 敵意がないことは事実である。

 ただ、信頼もしていないというだけだ。


「……生まれて、そんなに時間が経ってねぇな」

「そうだね。目もまだ白いみたいだし」

「ちょうどいいわ」


 3人が下卑げびた笑みを浮かべた

 黒い眼球が、より不気味さを引き立てる。


 不穏な空気が流れる。

 サナユキは相手を刺激しないよう努めて冷静に話を続けた。


「この周辺で祟術持ちの死霊を探してい――」


 説明しようとした時、金髪が地面を殴り飛ばす。

 砕けたアスファルの欠片がサナユキへと襲いかかる。


 ――痛ッ


 額や手の皮が割け、血が流れる。


 飛礫つぶてが周囲の建物へと降り注ぎ、ひょうが降ったような音が木霊した。


 スーツの男が前へと出てくる。

 

「焼いてやる!」


 炎の渦だ。


 ――問答無用かよッ!


 交渉や会話どころではない。

 これでは死霊と大差ないではないか。


 サナユキは思い切り地面を蹴り、炎を避ける。


「ビンゴ」


 避けた先にいたのは血管を浮き上がらせた金髪の男。

 隆々りゅうりゅうと盛り上がった筋肉を震わせて、両腕を振り上げていた。



 斬れる。


 腕を振り下ろされる前に。



 冷静かつ冷徹に状況を捉える自分がいる。

 だが、忌避感きひかんが動作を遮った。


「チッ」


 刀を振れない。


 サナユキは寸でのところで、鉄球のように振り下ろされた拳を避けた。


 刃で人を斬る。

 現世の常識では、決してやってはならぬこと。

 それも剣道をやっていた者であれば、なおさらである。


「い、いま」


 声に反応すると、太った中年女が近くにいた。


 ――気取られ過ぎたッ


 女の左肩から伸びる黒い木が槍のように突き出される。


 それがサナユキの左肩に突き刺さる。


「ぐッ!」


 激痛。

 熱した鉄の棒でも押し当てられたかのような感覚だ。


「や、やった!ひ、ひざまづきなさい!」


 頭に何かが流れ込んでくる。

 まるで寄生虫が脳に居着き、体に直接、命令をしているかのようだ


 女の声に無条件で反応してしまいそうになる。


 ――思い通りにさせるか!


 左肩に刺さった、女の黒い木を斬り裂いた。


「ぎゃぁあああぁぁぁッッ!!」


 中年女が醜い叫び声を上げた。


 左肩に刺さった黒い木が、空気へ溶けるように消え失せる。

 同時に頭の中にいた何かも消滅し、体の自由が戻った。



 サナユキは距離を取る。


 深く息を吸い込み呼吸を整えた。

 そして、刃を構える。

 忌避感を無理やり思考で抑えつけながら。



「次は斬る」



 刃の切っ先は金髪の男とスーツの男に向けられていた。


「チッ。武器が無いと何もできねぇ武具系が! めんどくせぇ」

「良い祟術じゃないか。あの


 苛立つ金髪と楽しげなスーツ。


 ――祟術を貰う?


 不思議な言葉に違和感を覚えるが、頭の片隅に追いやった。

 今は悠長に考えている場合ではない。

 戦いに集中しなければ。


 サナユキと2人との間に緊迫した空気が流れる。


 先に動いたのは金髪とスーツ。


 金髪の男が走りながら腕を振りかぶる。

 その背後で、右肩の黒い木に炎を灯すスーツ。


 ――来い


 喉が乾き過ぎて、気道が張り付きそうだ。

 それでも刀を強く握りしめた。


 人を斬るために、日本刀を振り上げる。



 そのとき。



 突如、スーツの男が吹き飛ばされた。


 白い影が駆け抜ける。


 あまりの速さに「何が起きた」と、思考する時間もないほどだ。



 金髪の男は仲間が倒されたことに気がつくひももなく、突然現れたにより背後か斬り伏せられた。



 コンマ数秒。

 思考ですら無い、反射に近い感覚で、サナユキは刃を正中へと戻した。



 直後、ギッと言う音と共に、熱い何かが体を通り抜ける。

 祟術の刀がに斬られた、という感覚とほぼ同時。


 次の瞬間、右胸から肩にかけて血が吹き出した。


 先程とは比べようもない程の痛みが、駆け廻る。


 咄嗟の判断で刀で防御していなければ、命を刈り取られていただろう。


 ――危なかった


 それでも立ち上がれる傷ではない。

 血の気が引き、全身が凍りつきそうなほど寒い。


 崩れ落ちる体で、サナユキを駆け抜けたへと目をやる。



 それは白い鎧を着た人間。


 退魔師。


 怨霊を狩ることを生業にしている者たちだ。

 サナユキを異界へと落とした女もそうだった。


 だが、振り向いたその人は、よく知る男だった





「ケイ……なんで……」

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